終幕 オレとカノジョのヒーロー活動
普通に暮らしたかった。普通が良かったのだ。
悪いやつを殺し回りたくもないし、人を傷つける事もしたくなかった。
けどこの世界ではこの現状が普通の事なのだと教えられた時は嫌な気分がした。
だからオレはこの世界にいたくなかったのかもしれない。なにかしらの反逆の形を探していた。
それがまさか正義のヒーローをする事になるとは考えもしなかった。
「……それにしてもこのホットケーキというモノは美味ですね」
とオレをそのヒーローに仕立てようとする元凶は呑気にホットケーキを食していた。
宇宙人少女を眺めて、テラス席でネット新聞を広げると、鬼木時雨の事件が書かれてあった。
そこにはまだ鬼木時雨の状態までは書かれていない。
「なあ鬼木先生は最後……人に戻ってたよな?」
「……『ヴィラン』の急所を突いたお蔭で、彼の中にあったヴィラン因子は消滅した筈ですよ」
「そうか」
そうだといいなと少しだけ報われる。
「人の心に浸食したヴィランを解析して消し去るなんて、万能すぎじゃないか? 宇宙人」
「万能……」
なにごとか考え込むセイラはミルクティーを口にしながら告げる。
「わたしにも出来ない事はあります。例えば都市を創造したり、都合のいいように人の認識を改変したり、魂に干渉出来ても上書きする事なんて出来ません」
「それはそうだ」
冗談を言わなそうなセイラの冗談に思わず苦笑してしまう。
「じゃあボクがアインベルンッ!!」
「ずるいよぉ。ならボクはきょじんだね」
広場で子供達が遊んでいた。一人は赤いマフラーに赤いお面をしている。
「ボクがこの都市をまもるんだ」
「ふははは、やってみろ」
「いくぞー、ミストパーンチ」
「はい。バリアー」
「うわあああああ、せこいよおおお」
と微笑ましい光景だった。
──アインベルン。この聖來都市の危機に立ち向かった謎に包まれた霧人間。
それは子供達にとって正義のヒーローのように映っているのだろうか?
アインベルンの事も当然のように一面に取り上げられた。都市の英雄だといういい意味の事も、鬼木時雨の後継者、もしや『インビジブル』ではないかという悪い意味でも口論があっている。
だが少なくともアインベルンの存在に賛同してくれる人達は存在している事に嬉しく感じていた。
「柄じゃないけどな」
久しぶりにコーヒーを飲むも、やはりどこかが違って、苦い。
「こんな所でも鬼木先生のコーヒーを飲みたくなるなんて重傷だな」
「……ハルヒロさん、それは人として正しい機能でしょう。私だってこのホットケーキが無くなれば、再び食べたいと思います」
「……それは一緒にするのか?」
と思わず笑ってしまうと、カップをテーブルに置いた。
「話は変わるが……」
「なんでしょう?」
本来ならもっと早く切り出す案件なんだが、無理に精霊力を使った影響でここ最近は寝込んでいたから出来なかった事を切り出した。
「オレを……セイラのパートナーにしてくれないか?」
「………………はい? もう承諾を受けたと思っていたのですが」
真面目に切り出す台詞にポカーンとするセイラ。
「いやこういうのは改めて口で交わす事だろ?」
「ハルヒロさん……古いです」
「お前は宇宙人で、この世界の住人じゃない奴が古いなんて概念はねーだろ」
時代に疎いオレより上を行く宇宙人相手に謎の矜持が動くが「ゴホン」と冷静に話を戻そう。
「……それでなんだが、オレとセイラがこれからパートナーとやっていくわけだが……」
「なんですか?」
「ありがとう。オレはお前と出会えて、前に進めた」
鬼木先生はセイラと出会っていなくても計画を進めていた。
仮にセイラに出会わなければ、きっとどうしようもなく腐っていっただろう。
抗体薬を摂取しても、『ヴィラン』に堕ちていたのかもしれない。
「…………」
目を見開いて固まっているセイラは今なにを考えているだろうか?
今見る表情には少なからず感情が見て取れる。
『ヴィラン発生。直ちに避難指示に従って避難を開始してください』
空気を読まない都市の警報が鳴り響いた。
鬼木先生の抗体薬は世界中にばら撒かれた。世界中の『ヴィラン』を完全に滅ぼす兵器ではないが、ここ一週間の世界ヴィラン発生率が大幅に下がった。
それでも世界から『悪』は消えてはいない。
「……退屈しないな。この都市は」
「そうですね。また新聞の一面は私達のモノですね」
「頭が痛くなってきた。どうしてこうなった?」
明らかに普通とはかけ離れている現状に思わず笑った。
きっとこれからもこういう事で退屈しない日々がやってくる。
そしていつか全部を笑い話で語れる現実をあの世で楽しく話してやろう。
そう今ようやくオレはこの醜悪な世界を受け止めた。
「ハルヒロさん。やってやりましょう。わたし達のヒーロー活動を」
「始めようか。オレ達のヒーロー活動を」
頬が緩むのを我慢するようにセイラに手を差し伸べる。
ダンスにも誘うように差し伸べる手をセイラは少しだけ微笑みを浮かべて手を取る。
「……?」
繋がれる手の温かさを感じて、セイラはもう片方の手を胸に当て、疑問を抱くように首を傾げている。
まるで初めて抱く感情に戸惑っているようだ。
「「βηφΔЭγ」」
赤い霧のヒーローに変貌する──アインベルンは聖來都市を飛び回る。
こうしてオレと彼女によるHERO活動が始まった。




