第四幕 偽善の誓い ②
「撃てぇええええええ‼ ここから先は絶対に通すなああああああ‼」
「隊長ぉおおおお‼ あの野郎、こちらを見向きもしません‼」
「それでも止めろ⁉ バベルが破壊されたら聖來都市は終わるんだぞ⁉」
「突破されますッ‼ 退避、退避ぃいいいいいいいいいいいい」
圧倒的パワーを振るう巨人に砦を突破された。もうこれで後はない。
バベルまで数分もしない内に到達してしまうだろう。
バベルの崩壊は都市の守護の恩恵が崩れ、都市の崩壊を意味する。
追いかける事も出来なく立ち尽くしていると──緋色の靄が通り去った。
「……今……なにか通らなかったか?」
「隊長⁉ 爆薬が無くなっています‼」
「な、なんだとおおおおお‼」
そんな怒鳴り声を耳にし、都市を飛び回る俺の視界に巨人を捕えると、猛スピードを加速させる。
その時に警備ドローンも視えない筈の巨人を追尾していた。
それよりも速く、高層ビルを水平に駆け上がり、空高く飛んだ。
「うッ!! なんて非効率な動きをッ!?」
「『……かっこつけようとするからです。下手したら死にますよ』」
うん。重症でボロボロの状態で前代未聞の高跳びに挑戦すべきじゃなかったね。
死にそうなくらい痛い。傷口も開き、体内もどこか異常を起こした。
だがこれもロマンの為なら尊い犠牲だ。誰しも、生きとし生ける者は一度は空高く飛んでみたいという渇望を描く、欲深い生き物である。
巨人の頭上を飛び越えて、雑居ビルの屋上にフェンスを突き破きながら着地する。
『……………………ふ……』
緋霧の接近に巨人も驚愕するように進撃を止めた。
それはもう呆れたように、親し気な巨人の視線がオレに向けられる。
「──悪いな。オレはあんたを悪から救いに来た。恨むなら恨んでくれ」
『……春公君、……君って人はどうして』
戸惑っている巨人なんて笑いモノではあるが、本音を言えば笑う余裕などない。
オレの行いは先生にとって迷惑な行為であり、オレの行いは綺麗ごととは言えなかった。
今もなお覚悟なんか決まっていない。止めるという行いに対しての責任から目を逸らして、逃げ出して、今この場に立っている。
「知らなかったか? オレは欲張りだから、自分の手で拾えるなら拾いたい。……全部拾いたいんだ」
先生を殺さければならないという現実から逃げ、救い取るという理想を追い求める強欲さを誰が否定できるのか?
誰にも否定させない。誰であろうと許さない。許してはいけない。
この欲望こそが自分なのだから。その願いを否定して、逃げる事はもうやめよう。
人生、開き直った方が案外簡単に歩ける。そう考えるだけで世界の見方が変わった。
世界は醜悪な部分だけでは成り立たない。この世界には尊く美しい部分もあるのだと。
「……あんたが教えてくれた事を無駄にしてたまるかよ」
『………………私はもう止められない。止まる事が許されない。私は君を殺めたくないが……障害として立ちはだかるなら何度でも振り払おう。だから、どうか死なないでくれ』
巨人の右腕が上がるだけで圧倒的な生物の差が恐怖心を煽らせる。
どう足掻いても、勝てるビジョンが浮かばない。身体も限界を超えていた。
けれどどうしてか不安はない。あるのは希望的観測、理想論だけ。
今はそれだけでいい。
そして──空高くから落下物が巨人の視界を爆散した。
S
『──────‼』
突如として奪われた視界に巨人の膝が地面に着いた。
な、なにが起こった? どこかの部隊が爆発物を巨人の眼に向かって投げた?
いやありえない。警戒を怠っていなかったし、あの爆発物は空から真下に落ちてきた。
上空にヘリなどの飛行物体も確認出来ない。なら導き出される答えは目の前の彼以外にいない。
あの時、私の上空を飛んだ時に爆発物を上空に投げたのだろう。それも私の行動を予測して、ピンポイントで視界に被弾するように計算したのだ。
なんともまあ出鱈目な能力なのだろう。今の春公のそれは未来視に限りなく近い。
だが……これだけでは私を止める事は出来ない。
鬼木の思考が一瞬錯乱するが、すぐに冷静になり、右目だけをコンマ一秒で再生させる。
そして又も正面から巨人に向かって跳躍している春公を視認すると、すぐさまに避ける。
「──ッ」
『……君は力哉に似ている。だからこそ来て欲しくなかったよ』
空中では逃げられない春公にさっきと同じように巨人の腕を振るう。それだけで春公はもう止まる。
止まる筈だが…………不敵にニヤリっとする春公に巨人の背筋が凍った。
「先生。多分だけど父さんならオレと同じように行動したよ。だってオレはあの親父の血族だからな」
コンっと空中で足場に到着した春公に、巨人は瞠目する。
あろうことか、春公は空中を飛ぶ警備ドローンを足場に利用したのだ。
「──解放」
β
──今のハルヒロさんの身体では長期戦は混乱でしょう。短期戦にしても生半可な攻撃では倒す事は不可能です。ならば『一撃』で仕留めましょう。
警備ドローンに着地した時、俺の脳裏につい先刻の会話が蘇る。
──ハルヒロさん。はっきり言ってこの術はおすすめ……いえ、やめておいた方が賢明です。私はハルヒロさんのエレメンタル、魂そのモノに干渉します。今のハルヒロさんの精霊力では正直、あの巨人には通用しないでしょう。ですのでハルヒロさんが未来に生み出すであろう精霊力を強引に引き出します。どういう意味だと思われるでしょうから、簡単に言えば、〔あなたの寿命を大きく削って必要分の精霊力を開放する〕という自身を削る前提の諸刃の剣なのです。それでも行いますか?
という警告にあの時のオレは躊躇いもなく首を縦に降っていた。
どうしてそこまでやるのか? 自分の寿命を削ってまでやることか? と悪魔が囁いたが、そんなのを全部無視した。
多分、そこまでやらないと、全部を拾う事なんて出来やしないと思ってしまったのだ。
自己犠牲? 偽善行為? 今はそれすらも受け入れる。
「──解放」
「『ハルヒロさんのエレメンタルを解放します。衝撃に備えてください』」
その綺麗な声を耳に俺の奥底から何かが強引に引きずられる感覚が襲い掛かる。
脳が揺さぶられ、視界も揺らぐ中で、世界の鼓動が小さくなったのか、スローモーションになった。
「もう二度とこんな気持ち悪いのはごめんだな」
引きずられたモノが右腕に収束するように膨れ上がった。
もくもくと膨らむ緋霧は巨大な腕に変貌する。
『なにッ』
「オレはあんたを悪から引きずり出す」
今にでも追撃のモーションを取っている巨人の動きは遅く、パワーは弱い。これは春公相手に手加減をしているからだ。
それに対し、オレは足場を整え、構えも万全である。
「ヘイズバーストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
緋霧の正拳が巨人の右腕を消し飛ばした。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ』
大気を都市全体に歓声が響き渡る。
巨人は右腕を失った事でバランスを保つ事が出来ずにビルに倒れ込んだ。
これで決着か? いやそんな簡単な話はない。
巨人の目は死んでなんかいなかった。例え右腕を失っても、この巨人は止まらない。
絶対に立ち上がってくる。先見の目を使わずともわかる。
再び、巨大な緋霧の拳で追い打ちを掛けようと、脳に命令を出すが。
「ググググググッッ」
身体が限界を超えて、魂までも削った身はその命令を拒絶するように激痛と痺れで縛られた。
今まさに意識を保てるだけでも奇跡だ。ただ、執念だけでこの場に踏み止まっている。
最後の追い打ち。それだけな筈なのに道は遠い。
そして最悪な事に赤霧の能力は徐々に消え始めている。
──頼む。もう少しだけ消えないでくれ。
その篝火に懇願する中で巨人は静かに立ち上がろうとしていた。
何度も、何度も、命令を出すが、受け付けて貰えずに激痛が増していく。
腹の奥が燃焼するように熱い。これ以上続けていたら死んでしまうのではないかという危険信号が鳴りやまない。
もう無理だと、意識を手放そうと……
──誰かの為に、強く在れッ!!
最後の最後まで誰かが俺の背中を押した。
「こんじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
バランスが崩れ、オレの足は警備ドローンから落ちる。
そこで身体を強引に捻ると、赤霧の手のひらは巨人の胸部横を叩くように両断され、ビルを巻き込むように貫通した。
巨人の目は最後信じられないように目を見開いて、やがて光を失うように地に墜落される。
止まらない巨人はそこで漸く動きを停止させられ、巨人の残骸は赤霧に吞まれ消失すると、それを見ていた者達は拳を振り上げる。
喉が張り裂けんばかりの絶叫が木魂になり歓声が都市中に響き渡った。
この時ばかりは誰もがあの赤霧のヒーローに感謝する中で、オレは最後の力をふり絞り割れた窓からビルに侵入する。




