第三幕 透明悪 ⑤
鬼木時雨はただ理解できないように状況を観ていた。
「……まさか、春公君があの赤い霧の正体だったのか。それにあのエネルギーは……」
突然、飛び降り自殺をしたかと思いきや、唐突に変身してここら一帯に集結させた『インビジブル』を刹那の間に撃退されていた。
元々、春公君には他を圧倒できる実力を持っているのは知っている。力哉の息子であって当然とも言えるが、だからといって『ヴィラン』を殴り飛ばす程の人間からかけ離れた身体能力はしていなかった。
それがどういう原理で、どういうエネルギーで、どういう想いで、私が作り上げた『インビジブル』を倒せるのかと、何度も考察しては答えなどではしない。
「なんだとしても春公君にはあれには勝てない」
あの騎士は透明悪の中でも最強の個体である。都市最強の東橋の戦闘技術の全てのデーターをインプットした怪物である。それに加えて、人よりも数倍の戦闘能力を備え持っている事から、いくら最強と謡われた東橋家でも容易に倒すことができない。
「どんなに君が頑張っても、もう私は止まる事はできないんだ」
β
飛ぶ斬撃がビルの主柱を両断すると、瞬く間に崩壊する。
東橋剣術を知っていなければきっと避けられなかっただろう。飛ぶ斬撃に一閃で無数の斬撃を生み出す神業はどれも初見殺しに近い。
「『ではハルヒロさん。今から認識阻害を展開しますので、一気に仕留めてください』」
「いや必要ない」
「『え?』」
珍しく戸惑っているセイラを無視するようにオレは悪騎士へと駆け出した。
「『なにをやっているのですか!?』」
剣の達人に接近戦を挑むなど無謀な事を選択するパートナーに動揺するように声を荒がえている。
そうこうしている内に悪騎士の間合いに踏み込むと、悪騎士が面白そうに笑っている気がした。
『────ッ』
間合いと言ってもまだ30Mもあるが、そんなのは相手からしたら関係などない。
現に飛ぶ斬撃の雨が降り注いでいる。
「ぐッ」
なんとか致命傷は避けているが、軽い斬撃は俺の瞳でも捉える事ができない。
そもそも飛ぶ斬撃には色がなく、空間が少しだけ歪んでいるという不可視の斬撃を見分ける事はとても難しい。悪騎士の視線から推測して避けるしかないのだ。
「そう考えたら、容易だな」
軽い血飛沫が舞いながら、確実に前に足を運ばせた。ようやく剣の間合いに入るやギアを上げるように一気に加速する。
『──ッ』
上等だと言わんばかりに上段から音速に袈裟斬る。
東橋剣術 十の舞『八咫烏』。一閃の剣戟が無数の斬撃と化し対象を八つ裂きにする頭が逝かれた舞を放たれたら防ぐ術はない。
ならば簡単だ。防がなければいい。真向勝負しなければいい。
右足を踏み込み、腰を捻りながら右手を突き出すや、くるりと反転すると、ザンっという不気味な音が響いた。
Ζ
『…………?』
悪騎士は重心が勝手に前に倒れている事に疑問に思っていると、足の感覚が消えてっている事に気付いてしまった
自身の身体が両断されている事に。
『────ッ? ──ッ?』
悪騎士は理解出来なかった。
どうして舞を披露した悪騎士が斬られているのだろう?
わからない。どうして最強を手にした黒騎士がどうして倒されなければならない?
最強が負けるなど道理が通らないだろう?
『──?』
どこだ? いない、イナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイ。
生まれながら悪騎士と共に生きた相棒が手になかった。
「悪いな。お前からしたら反吐が出るやり方だが、これが俺のスタイルだ」
そんな憎らしい声に首をぐるりと向けると、そこには緋色の敵が相棒を握っていた。
ああ、そうか、そこでようやく悪騎士は相棒に裏切られたのだと理解する。
『…………』
緋色の敵は残心の構えで崩れ去る悪騎士を見据えていた。
悪騎士はその姿に既視感を覚えていると、自ずと納得する。
まるで以前見た鏡と対面しているようだ。叩けば叩き返され、撃てば撃ち返される。
いくら最強を手にしていても、全てを跳ね返されたら最強の意味などない。
だから砕け散るのは必然で、道理だ。
なにもおかしいことなどない。おかしくはないだが……こんな結末だけは認めない。
例え、ただ与えられた役割だろうと、プログラムで動かされていようが、偽りの最強だろうが、騎士であるのは事実だ。
熱き闘争だけが悪騎士にとっての唯一の生きる意味だった。
それをまるでくだらんと吐き捨てるように、全てを流されたのだ。
ああ、いやだ。こんな結末は…………
鬼木は悪騎士に感情というデーターを組み込む事はしていないのにも関わらず、悪騎士は最後の最後まで無念に散った。
β
「『……無刃取りですか、偶然ですか? それともハルヒロさんにはあの剣筋が視えていたのですか? 視えていても反応する事など不可能では? 剣を奪えるタイミングなんて10㎳もあるかないかでしょう。どうやったのですか?』」
オレの奇行に動揺しているのか、理解できないのか、はたまたその両方かは知らないが、捲し上げるように質問を投げられた。
セイラはオレの事を知っている筈なのだが、どうにも納得がいかないのだろう。
「簡単な話、剣の達人であればあるほど剣の握りが弱い。それに加えて八咫烏って技は特に握りが弱くないとあれほどの高速な剣筋は繰り出せない。だから少し力を操作するだけで流すように奪う事は難しくない」
簡単に話すが、現実でこれを行おうとするには厳しい条件をクリアする必要がある。
「それからオレはこいつの剣筋に反応したわけではない。たとえ視えてたとしてもあの剣筋に対応なんか出来なかったよ」
「『いや現に』」
「【先見の目】。あらゆる運動量、思考パターンを分析して行動を予測する技術だ。初見の相手を完璧に予測する事は出来ないが、相手は東橋の技を使うなら、ある程度の情報はオレの頭にある。だからあの悪騎士がどういう風に動くかはある程度は予測する事ができる。後はそのタイミングで剣を奪うだけ簡単な話だろ」
まあ動体視力で若干の調整は行ったが、結果的に問題はなかったのでよかった。
だがこのやり方は剣士にはとても嫌われる。現に小学校の時に鈴乃相手にやらかして、泣かせてやった過去があるのだが、今から思えばあの時から鈴乃とは腐れ縁の関係だった。
「『……そんな不可視かな情報で無刃取りを成功させてしまう胆力。ハルヒロさんは人間ですか?』」
「宇宙人のお前には言われたくなかったな」
黒騎士が完全に死んだ事を雑談を交えながら確認すると、オレは周囲を今一度見渡した。
どうやらあの黒騎士でここら辺にいる『インビジブル』は最後だったようだ。
ならば次は……オレが飛び降りたビルを見上げると──ドカンという爆発音と共にビルが倒壊した。
「な──」
突然の事に言葉を失っていると、振動と砂煙で視界が途絶される。
あまりの衝撃に息ができないし、瓦礫が雨のように降り出す。
セイラがオレの身体を操作してくれたお陰で瓦礫の下敷きにならずに済んだのは正直に助かった。
「なんでいきなりビルが? それにまだあそこには先生が……」
何故にビルが倒壊したのか不明だが、砂煙から覗かれる高層ビルに変わる新たな影を見上げる。
『───────────────────』
息遣いが大気を揺らし、巨大ななにかが砂煙を煽いだ。
「な、なんだ⁉」
あまりの突風にオレが纏っている霧も粗ぶり、風に流されそうになり思わず手で顔をガードするようにバランスを保つので精一杯。
ふと砂で溺れそうになるのを忘れるように黒い巨大ななにかを見上げた。
「『……ハルヒロさん。予想はしていましたが、今回の黒幕は私の想像以上ですね』」
砂煙が晴れると、そこには高層ビルと変わらないくらいの巨人が立っていた。
大きすぎる輪郭に、太すぎる人の体格で、樹皮の色は黒だった。
その巨大な腕を払うだけで、周囲の建物は霧散してしまう絶対的なパワーにこの地域にいる全ての者が息を呑み込む。
近くまで来ていた守護者は反射的に悪討武器を起動させるも反応がない事に絶望し、警官はその存在にランチャーをぶち込むもすぐさまに再生する光景を目に立ち尽くしている。
圧倒的パワーに圧倒的な再生力を兼ね備えた巨人は絶対に止める事が出来ない戦車と化けたのだ。
『……さあ、始めようか』
そして驚く事にその巨人は言葉を発した。
「…………あれが先生の悪意」
『ヴィラン』の力は日によって増していく。一週間もすれば並の守護者達には対処が難しくなり、一年もすれば災害としての対応をしなければならない。だが鬼木時雨の悪潜伏期間は二年である。その力の半分をインビジブルを生み出す為に消費していたとしてもここまでのヴィランは歴史上五本の指に入るだろう。
だがその姿こそが鬼木先生の信念が具現化した姿。この世界への復讐の叫びが、嘆きが聴こえた気がした。
「……あれ倒せるか?」
「『…………やってみなければわかりませんが、可能性はゼロではありません』」
「まあ挑戦しなければ可能性なんてゼロになるわな──行くぞ」
巨人の後方のビルを足場にして上空を跳躍し、右手に握っていた剣を巨人に向かって投げつける。大剣は横腹に突き刺さるが、巨人にとってはまるで蚊に刺されたかのように効いていない。
だが足場は出来上がった。
「ヘイズバースト」
「『ヘイズバーストを展開します。ですが』」
わかっている。予想は出来ている。
あれ程の悪意を消し去る威力が出せないだろうという事は……だから何度でも食らい尽くしか選択肢はなかった。
『………………』
緋色の靄が右腕に収束を始める中で、オレは全力で飛び、ビルとビル飛び移るように助走をつける。突き刺した剣に向かって左手を伸ばして、右手の拳で型を不格好ながら空中で構える。
だが、やはりと言うべきか、このままやられる程に先生の悪意は甘くはない。
先程まで『インビジブル』を圧倒した存在に警戒していない筈がないのだ。
『……ごめんよ』
接近を感知していた巨人は身体を逸らし、オレの奇襲を避けたのだ。
「──ッ」
巨人にしてなんという身軽さは想像以上。先見の目も呆気なく外された。
型を強制キャンセルして、身体を大いに捻り、空中で次の行動を予測するが──────────既に遅く、巨大な手が目の前まで迫っていた。
『……眠れ。春公君』
まるでボールを手で飛ばすように、オレの身体はビルを貫通しながら弾き飛ばされた。
9
鬼木は先程まで春公を見ていた。
その武装の事は理解出来なかったが、頑丈である事は見ていて分かる。
ならば力加減を計算すれば、命に支障がなく、人体にはしばらく動けないくらいのダメージを負わす事は可能である。
『さようならだ』
改めて己の巨人を見渡すと、なんだか笑えてきた。
いざここまでの怪物に変貌すると、人というのは開き直るらしい。
巨人の姿を目視した全ての人が叫びを上げている。改めて警報機が作動し、最重要殲滅せよという放送が都市に響き渡った。
だがもうここまで人類の領域に忍び込まれれば、誰にも止める事など出来る筈がない。
『世界よ‼ 醜悪な魔物よっ‼ 私が視えているか⁉ この身に宿る灯火が、お前たちが踏み躙った篝火が、私が見捨てた劫火の炎を消せるモノなら消してみろッ‼』
巨人の声は都市中を駆け巡り、あらゆる者達の耳に届いた。
『もっと恐怖を。……手始めに忌々しい塔を壊しに行くぞ』
巨人は道行くビルを、車を破壊しながら進撃を開始された。
多くの者が巨人を視て逃げ出した。勇敢な人達は見上げるほどの高さを持った巨人を撃退させる為の準備に取り掛かる。
だが都市中に散らばった『インビジブル』がそれらを妨害に力を入れていた。
警察組織も守護者達にもあの巨人を相手にする余力はなく、ドスンという滅び足音が都市中から鳴った。
Λ
巨人の『インビジブル』が都市を破壊しながらバベルへと向かっていると、全部隊へと伝達があった。
伝達がなくても殆どの者が何も出来ずにその進撃を見送り、限られた戦士は無駄弾をばら撒いた。そして覚悟もなにも無い者は当然のように恐怖で錯乱しており、いつ『ヴィラン』に堕ちるかもわからない始末。
「緑の空に……兵器が通用しない巨人……、無茶苦茶だね」
帽子を深く被り、遠くでそれを見る彼女は間に合わない事を悟った。
間に合ったとしても、彼女の超能力は無駄だと判断している。
「それよりこの緑の粒子はなにかな? 世界中でもばら撒かれているんでしょう?」
『はい。ですがどの細菌兵器にも一致しませんでした。新種の可能性はありますが……それでもこの粒子によって人体へなにかしらの影響があるとは考えられないのが私達の結論です』
電話相手の科学者の言葉に首を傾げる。
「……影響がないならどうして世界中にばら撒くなんてテロを起こすのかな?」
『それはわかりかねますが……憶測でしかありませんね』
「あ、やっぱりヴィランの制御、いやヴィランの耐性を強くするみたいな事だよね?」
確信を突く言葉に電話相手は息を吞み、無言の肯定を示した。
それが事実であれば、鬼木時雨はこの世界の救世主である。
「……よっぽどこの世界を憎んでいたんだろーね」
電話を切ると、ふと今日会った青年を思い浮かべる。
どうしてあの時のあたしはあの青年に話し掛けようと思ったのだろうか?
それはあたしの超能力が話し掛けろと命令したからに過ぎない。
多分、その行いはきっと必要な事だったに違いない。




