第三幕 透明悪 ②
オレはすぐさまに学園に駆け出していた。
すれ違う生徒達からひと睨みを頂戴するが、無視して走った。
インビジブルの目的は警備ドローンからヴィランの種を仕込み。それを芽生えさせ、大量のインビジブルを出現させ、この聖來都市に大きなダメージを与えさせる。
それはある意味ではこの都市の警戒からの領域外からの不意打ちである。しかもインビジブルには悪討武器は機能しない。これによって守護者と警察組織は大きな損害が出るだろう。
この都市が滅びる可能性もある。秋葉を護る事が出来ないし、鬼木先生だって無事では済まないだろう。そして鬼木先生は研究室から滅多に出ない引きこもりである。今頃も研究室で研究しているのが目に浮かぶ。
ここでサリーに情報を一度共有しようとしたが、生憎と繋がらなかった。
「──先生ッ‼」
鍵が掛かっていた扉をこじ開けると、そこに鬼木先生はいなかった。
「せんせい?」
ともう一度呼びかけるが、返事はなかった。
「流石に避難したか……そうだよな」
安堵の溜め息を吐くと、なにかを踏みつけた。
「……なんだ? なんかの残骸? って先生、こういうモノは整理しろってなんべんも言って…………いや、これはレンズ?」
悪討武器の部品では使用しない。そもそもこの形状の残骸に見覚えがあった。何度も見慣れた目に触れる。
「警備ドローンの残骸なのか?」
なにか嫌な予感を感じて、研究室を調べていくと、二つ目の残骸を発見する。
「この地面……なんだ?」
コツンっと叩くと音がした他の場所とは大違いである。よく調べると、
「……まじかよ。隠し扉……。もしかして学園に地下があるのか?」
地面の隠し扉を開くと梯子が地下に繋がっていた。心臓が嫌な音をしている。
意味が解らなかったのだ。嫌な考えが頭の中をぐるぐると駆けまわっている。
「…………行くか」
覚悟を決めて梯子を下った。二十メートルぐらい下りた先は暗闇だった。
とりあえず悪討武器を起動させると、淡い光の照射線が前方を照らした。
「不気味な場所だな。どうやら照明はあるな。どっかにつける場所がある筈……。うん? これはなんだ?」
ボヨンと円柱の水槽が視界に映った。他にも配置してあるのだろうか、水槽ならではの水の音がする。
そしてその一基に光を向けると――ギロリっと充血している大きな瞳がオレに向けられた。
「うわッ‼」
驚きすぎて背後に飛び出すと壁にぶち当たり、幸運か不幸か、その弾みで電源のスイッチが入ってしまった。
「う、嘘だろ……先生」
この地下施設にはあらゆる証拠が存在していた。
今も水槽にいる存在はオレを愉快そうに視ている。
悪討武器を手に持っていたオレは確信してしまったのだ。
「……『インビジブル』」
でかい面玉の不完全な樹の身体をした怪物が水槽にいた。
その化け物には悪討武器が使用できなかった。
他にも『インビジブル』の失敗作が同じように水槽に入れられていた。
そして警備ドローン、悪討武器の残骸が放置してあった。
そして奥にあった机の上には……黒い種子がぽつんと置いてあった。
「……オレの推測通りなら、これがヴィランの種……か」
そこまでわかれば、現実を受け入れられないオレでもわからされる。
「──『インビジブル』の正体は鬼木時雨だ」
信じたくなかった。信じられなかった。
だって『インビジブル』はこれからこの都市を滅ぼそうと考えているヴィランだ。
死人が多発するだろう。それが原因で心が病みヴィランに堕ちた人もこれから出没するだろう。
現に昨日、母親と子供が理不尽に殺された。
「……どうして、どうしてこんなモノを生み出した? どうしてあの時も、あの時もオレを襲おうとしたんだ……先生」
そんな疑問を先生はどう答えてくれるのだろうか?
もしかしたら知らずに恨まれているのかもしれない。それでも鬼木時雨という男は決して一線を越えるような人物ではない。
するとヴィランの種が置かれていた机の資料に手を伸ばす。
「世界地図? 世界中の21都市に赤丸に塗りつぶしてある。そしてなんだ、この計算式は」
数十枚ある世界地図の裏面には莫大な計算式が書かれてあった。何度も書き直した形跡すらあるが、びっしりと書かれてあり、それが数十枚という世界地図のどれにも別の計算式に思わず圧倒される。
そこには先生の執念が感じられたのだ。とてつもない覚悟が痛いくらいに伝わってきた。
どうしてだろうか、そこには狂気めいているが微かに優しさがあったのだ。
「それになんだ? 他都市の会社名に、空港の時間? 輸入名簿……なんでこんなのを記載してるんだよ」
──後は種が芽ばくのを待つだけさ。
「……まさか……世界中にヴィランの種をばら蒔いたのか?」
一体何の為に……莫大な計算式を見るも答えが解らなかった。
他にもなにかないかっと探し回るも、これ以上の成果は見つけられない。
ふと端末が震えると、『鬼木先生』からの着信が来た。
「…………、……どうした先生?」
『ああ、春公君、いま時間いいかい?』
いつも通りの口調で語り掛ける先生に緊張が走った。
「先生……あんたいま外にいるのか?」
『ちょっと用事があってね。今は外出しているんだよ。春公君は私の事を引きこもりと呼んでいるようだけど、裏切ってすまないね』
陽気に笑う先生がいつも通りの春公のヒーローがこんな事に手を染めるのか?
「それで? なんの用だよ?」
『ああ、春公君。この『インビジブル』の一件が終わったら、秋葉ちゃんと二人で私の家に来なさい。鍵は君の家のポストに入れておいたよ』
「は? それってどういう」
『行ってからのお楽しみだよ。春公君……。がんばってね』
そう告げると、電話を切られた。掛けなおしても電源が切られている。
鬼木先生はオレがここまで辿り着けている事に気付いていないだろう。
今のオレがなにを思っているのか、鬼木先生は気付いていない。
鬼木先生はオレにとってのヒーローだった。先生がいなかったら、オレは『ヴィラン』に堕ちていた。
先生と秋葉がオレをこの世界に繋ぎとめていてくれたのだ。
感謝以外になにを抱けばいいのだろうか?
会って話がしたかった。会ってなにをしようとしているのかを突き止めたかった。
それがいかに難しい事かを理解している。少なくとも自分一人では無理である。
それでもオレは走った。
どんなに無理だと、無駄だと理解してもどうしようもない事はあると思う。だって本当に失いたくない存在の事になると理屈ではなく本能が身体を突き動かすのだ。
「おい。赤霧、廊下を走るな」
と船林教官が叱りつける声に足を止める。
「あんた、鬼木先生がどこに行っているか、知らないか?」
「は? その言葉遣いをなんとかしないか」
「そんなの今はどうだっていいだろうがッ‼ 緊急事態なんだよ」
鬼気迫る声に船林は言葉を呑み込むと、
「研究所には向かって、いなかったら私はわからない。それよりなにかあったのか?」
「……あんたの言葉でどれだけの守護者が動かせるなら、今すぐに命じろ。警戒するのは警備ドローン、及び悪討武器だ。そこから『ヴィラン』が生まれる。多分、時間もあんまりないと思う」
「…………お前はなにを言っているんだ?」
と当然ながら船林は呆れていた。確かにこの世界の常識では悪は人だからだ。
「信じられないなら、鬼木先生の研究室から地下に行ける扉が開きぱなしになってるから行け。そこで見たモノで判断して、オレが言ったように行動してく──」
その時だった。都市中に複数の爆発が巻き起こり、地面が揺れた。
そしてしばらくすると、都市内放送が都市中に響き渡った。
『ヴィランを複数視認。悪は警備ドローン。及び悪討武器から発生したと報告がありました。直ちにその排除への協力をお願い致します』
『インビジブル』の計画が始まった。もうこれで後戻りが出来ない。
「信じられない。まさか……この『ヴィラン』の首謀者が鬼木時雨なのか?」
「……始まったんじゃ。もうあんたと話す目的は無くなった。けどお願いだ。なるべくこの一件で死者が出ないようにしてくれ」
それは懇願だった。この学園では見せていない弱さを曝け出す。
どんなにオレが気に入らない船林もその時だけは微かに頷いた。




