第三幕 透明悪 ①
赤霧力哉は『ヴィラン』に成って人を襲撃したとニュースで流れ出した。
それをいつものようななんて事のない日だった。
その日から周囲の人の目と態度が一変していた。秋葉はその周囲に怯えていたが、オレからしたらその事で心は少ししか揺れていなかった。
どうして父は『ヴィラン』に墜ちてしまったのだろう? どうして子であるオレ達はその事に気付いてあげられなかったのだろうか? どうして……どうして?
母親はオレが小さい頃に亡くし、オレと秋葉を育てる為に苦労しているのを目にしていた。
もしかしてその事が原因なのだろうか?
そんな負の考えが頭を巡った。その思想はこの世界では危険な行いだった。弱さは『ヴィラン』につけこまれる大逆である。
けど思わずにはいられなかった。
そんな時だった。オレは守護者志望の先輩達にひとけがない路地に連れ込まれた。
その時はこうなっても仕方がないなと納得した。
「なあ、さっさと『ヴィラン』になれよ」「そしたら俺達が誰にも迷惑かけることなく討伐してやる」
「俺の兄貴から悪討武器かっさらったから、楽に逝けるぜ」「賞金どれくらいになるかな?」
とそんなくだらない事を平然と告げている。
どうあしらうかを考えていると──
「──『ヴィランの子』はどうせ『ヴィラン』に堕ちるんだ。いずれ生まれる芽を摘むのも守護者の役割だろ」
その善意のセリフに愕然と現実を思い知る。
オレはここで初めて彼らの瞳に注目すると、そこになにも濁りがなかった。
その事から彼らは普段このように弱者に暴力的行いはやっていないのだろう。
どこにでもいる都市のヒーローに憧れている、この都市に貢献したいと本気で考えている少年なんだ。
仮にこの善意が秋葉に向けられたら? と考えるとオレの中でなにかが壊れた。
ダメだ。それだけは許容できない。
あの笑顔を奪うことは誰であろうと認める事など出来ない。
だから、オレはその時から自分自身の信念を曲げて、拳を振りかざした。
そいつらが泣いていようがお構いなしに徹底的に壊した。人生に大きく響くことを理解して壊した。
それからも別の善意やお礼参りにやって来る輩も同様に捻り潰した。
そんな日が続いていくと、やがて他人を見る目が一変していた。
こいつはオレの敵なのか、ただの路傍の石なのかを判別するようになっていたと気付いた時は思わず笑っていた。
徐々に自分自身が怪物になっていることに恐怖すら覚える日々が募り、やがてオレの存在を狂わす幻聴が襲い掛かってきた。
『どうして人のふりをしている?』 『どうしてとどめを刺さない?』
『我慢する必要なんてないよ? ほらもっと壊れよう?』 『ほら、はやく堕ちよう』
その幻聴は極上の果実を目にするような、砂漠の中でカラカラの喉の中で一滴の水を発見した時のような誘惑という拷問だった。
オレだって好きで他人を壊したいと思っていないのに、いつしかもう少しだけ壊しても大丈夫だろう、いやこいつはもっと壊したほうがいいとなにかと壊す理由を考えている自分がいるのだ。
矛盾した自分自身が一番に怖くて、いつか取り返しのつかない事をしてしまうのではないのかと怯えていた。
負の感情がいつ爆発するかわからない爆弾を抱えていた時だった。
そんな兄妹に手を差し伸べてくれた先生がいた。
「やあ、私はマッドサイエンティストなんだ」
とそんな酔狂な事を言うのは父の親友である鬼木時雨だった。
「力哉は救えなかったけど……私なりの方法で君達の世界を救う為に一緒に生きてゆこう」
周囲の人達はオレ達兄妹を敵として認識している中で鬼木先生だけが味方をしてくれた。
その言葉に、酔狂な行いに、根拠などない台詞に救われたのだ。
Σ
翌日の朝になると、雨は上がっていた。
オレは誰もいない家で独り目を覚まし、身支度を済ませる。
現段階で近所の住民は避難している。外を巡回しているのは守護者と警官だろう。
ちなみにテレビをつけるとどの局もやっていなかったのでラジオを聞いた。情報では未だにインビジブルは見つけられていない。
本当に透明になっているのか、それともこの世界とは別次元の空間にいるのかわからない。
そんな考察はもうオレにとって関係ない事だったのを思い出し、ガレージからの砂埃も気にすること無く外に出る。
「……これからどうしようか」
秋葉が心配なので避難所に向かうのもいいだろう。インビジブルについては他人任せにすればいい。
そう結論を出したのはいいが、少しだけ寄り道をする。
寄り道なんてどこへだっていい。現実から逃げる度にいつも遠回りしていた。
けれど今日だけは足取りが悪く感じる。その違いはなんだろうかと歩きながら考えていると、ふと立ち止まった。
「……なんでここに来ちまったかな」
初めてオレが『インビジブル』と接触した場所だった。
あの時はサリーのバイトでどんよりとしていた時だったので初めて見た時は幻覚だと錯覚してしまう程にやばかった。
「……逃げて……そこでセイラと会って」
初めて彼女を視た時は言葉に出来ない感情が高ぶっていた。
その感情はきっと恋慕というような薄っぺらいモノではなかった。言葉にできないのがもどかしく、ただ涙がでそうになった。
あえて言うなら、オレと彼女は似ていたのだ。なにがと訊かれても答えられないが、それでもこう答えるほかになかったのだ。
「……インビジブル」
どうしてオレの前に現れたのだろうか? 憎悪という感情なら何度も向けられた。だからそこには自業自得で受け入れられるが、正直……しっくりこなかった。
逃げる様はあんなに速く逃走できたのに、オレを襲おうとする時は遅かった。憎悪を抱いたヴィランであればその行いはありえないのだ。
インビジブルに意思があるのなら、どうしてオレの前に現れたのだ?
「──そこの君、君だよ。こんな場所でなに突っ立ってんの?」
すると聞き覚えのない女性の声に振り返る。
帽子とサングラスで顔を隠しているライトゴールドの髪に見覚えのない制服を着用している。俺と同じくらいの年齢の女学生だった。
「……迷子か?」
「いやいや、迷子は君でしょう? 今の状況がわかっていないのかにゃ?」
そして帽子に守護者マークと『ミオ』と名前が張られている事に気付くと、俺もポケットから守護者見習いの免許書を見せた。
「え? 君は見習いなの? そんなに強いのに」
「いや、初対面でしょ? オレとあんたは」
「そうだけど。あたしには人の見えないモノが視える能力を持っているんだよ」
その瞬間、寒気が襲いかかった。
超能力者。『ヴィラン』出現以降に突如として神から与えられたと騒ぎ出した超能力者を宿す人が出現した。
知り合いにも超能力者を宿す者がいるが、目の前にいる奴の超能力者はやばい。こいつの言葉一つで悪魔裁判が開かれる。そう現段階でこいつはオレが『ヴィラン』になりかけている事が視えている筈だ。
「あれ? 警戒してる? 大丈夫だよ。君に危害を与えようとか考えてないから」
「それならいいか。ならこの道を真っ直ぐ行ったらショッピングモールがあるだろ? そこの地下に行くと避難所に辿り着けるから一人で行けるか?」
「……だから迷子なんじゃないんだけど……まあいいけど。それよりなに考えてたの?」
これ以上この超能力者に関わり合いたくないが、どうやら対話がお望みらしい。
だったら早くこの対話を終わらせよう。
「ほら今騒いでいるインビジブルの話だよ」
「……『インビジブル』? あ、あの認識されてないヴィランの呼称かあー。うん。その呼称ぴったりだね」
「まあ、そのインビジブルはどうして透明になっていられているかを考えてたんだよ」
「どうしてこの都市の目をかいくぐっているかだね。仮にその方法がヴィラン達に伝染しているなら、この都市にはもう複数のインビジブルが潜伏している事になるけど……あたし達もまだこれって言う情報は掴めてないらしいね」
と他人事に言う通称『ミオ』を無視するように頭の中で考察する。
「……そもそもだ。この都市は『ヴィラン』をどうやって特定しているんだ? そんなオーラみたいなモノが視えるのか?」
と街に張り巡らしているあらゆる目に視線を向ける。
「それは心臓だよ。『ヴィラン』の発作が現れる際に心臓の鼓動がある一定に速くなる時があるから、それをスキャニングしているだけだよ」
「……心臓だと?」
ふとその瞬間、頭の中でカチリとパズルのピースが嵌った感覚が訪れた。
鬼木先生の仮設。サリーの情報にあった例外の『ヴィラン』。
瞬間移動する『インビジブル』。そして植物の特性に、一般の『ヴィラン』とは異なる非暴走性。
監視ドローンに悪討武器のスキャニングに人の心臓。
セイラは言っていた。
今回の一件をそう難しく考えなくてもいい。きっとシンプルな……。
「……もしかしたらその『インビジブル』は複数じゃなくて──個体なんじゃないのか?」
「へ? どういうこと?」
「簡単だ。その最初のヴィランの能力はヴィランを生み出す能力があるってだけだ」
ふと『ミオ』も答えに気付いたのかハッと考え込んだ。
「『インビジブル』の身体は植物だ。そしてその植物の特性は種子を創り出す。それがヴィランの種になる。それから羽化した悪には当然のように人の心臓は存在しない。だからこそ透明になりえるんだよ」
それが『インビジブル』の正体だ。
これはまだ憶測だが、大蜘蛛が陽の役割があり蜘蛛魔女は陰の役割という意味もあるかもしれない。
という事はあの悪魔は五十嵐ではない。そもそも人ではないのだから。
「なるほどね。確かに複数のインビジブルがいるよりも個体のインビジブルの方が信憑性はあるね。問題はそのヴィランの種をどこに植えたかによるけど」
「それは…………そういうことか」
思い浮かぶのは悪魔の出現と蜘蛛魔女の出現である。
あの瞬間移動の秘密に俺は気付いてしまった。そしてこれからなにが起こるのかも、透明悪の思想も目的も視えた。
「人の警戒の埒外の領域……警備ドローンだ」
空を徘徊するドローンに向けて告げた。




