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私だけが真実を知っているのに、誰も信じてくれない 〜悪役令嬢にされた私は沈黙を選びました。けれど王都は、私を失ってから少しずつ壊れていく〜  作者: 鳳凰院暁月刃夜


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第113話 送らない手紙が、妹を少し大人にした

 手紙を書きたい。


 リリアナは、その気持ちを朝から何度も飲み込んでいた。


 姉へ。


 セレスティアへ。


 お姉様へ。


 書きたい言葉は、いくつもあった。


『お姉様、私は待っています』


『お姉様、無理しないでください』


『お姉様、私はここにいます』


『お姉様がどんな答えを選んでも、私は受け止めます』


 どれも、悪い言葉には見えない。


 むしろ優しい。


 丁寧で、思いやりがあり、妹として姉を心配している言葉だ。


 けれど、リリアナはもう知っていた。


 優しい言葉ほど、扉の前に置くと重くなることがある。


 私は待っています。


 そう言われた相手は、待たせていると感じるかもしれない。


 無理しないでください。


 そう言われた相手は、自分が無理をしているかどうかまで説明したくなるかもしれない。


 私はここにいます。


 そう言われた相手は、そこへ行かなければならない気がするかもしれない。


 どんな答えでも受け止めます。


 そう言われた相手は、答えを出すことを期待されているように感じるかもしれない。


 リリアナは、王妃宮の小机の前でペンを握ったまま、何度も息を吐いた。


 午前の講義は終わっている。


 寄付台帳の整理も終えた。


 礼状の確認も済んだ。


 午後の面会までは少し時間がある。


 今なら、手紙を書ける。


 書くだけなら。


 送らなければいい。


 そう自分に言い聞かせた。


「マルタ様」


 リリアナは、少し離れた机で文書を確認しているマルタへ声をかけた。


「はい」


「手紙を書いてもよいでしょうか」


 マルタは顔を上げた。


「姉君へ?」


「はい」


「送る手紙ですか」


「……分かりません」


「では、まず未送付前提で」


 即答だった。


 リリアナは少しだけ笑った。


「私が言う前に決めましたね」


「その方が安全です」


「はい。私も、そう思います」


 マルタはペンを置いた。


「書くこと自体は悪くありません。気持ちを紙に置くことは、衝動を整理する助けになります」


「はい」


「ただし、紙にしたからといって、相手へ渡す義務はありません」


「はい」


「そして、相手へ渡さないからといって、気持ちが嘘になるわけでもありません」


 リリアナは、その言葉に少し救われた。


「送らなくても、気持ちはあったことになるのですね」


「はい」


「では、書きます」


「読み上げますか」


「書いてから、見ていただきたいです」


「分かりました」


 リリアナは白紙を前にした。


 姉の名前を書く。


『お姉様へ』


 それだけで、胸が痛くなった。


 幼い頃は、何も考えずに姉へ呼びかけていた。


 お姉様。


 お姉様、見て。


 お姉様、聞いて。


 お姉様、来て。


 お姉様、助けて。


 その呼びかけのどれほどが、姉の時間を奪っていたのだろう。


 今、たった一行を書くにも、リリアナは迷う。


 それでも、書き始めた。


『お姉様へ。


 王妃宮より、昨日のご状態報告を拝見しました。


 室内同席者なし、隣室待機者ありという形を選択肢に加えられたと知り、私は少し安心しました。いえ、安心したと言ってよいのか分かりません。お姉様の決定を、私の安心の材料にしてはいけないと分かっているからです。


 でも、お姉様がご自分で支えの距離を決めていらっしゃることを知って、私はよかったと思いました。


 お姉様、どうか無理をなさらないでください。


 私は待っています。


 どれほど時間がかかっても、お姉様のお心が少しでも楽になるように願っています。


 私はここにいます。


 何かできることがあれば、どうか——』


 そこまで書いて、リリアナの手が止まった。


 どうか。


 その先に来る言葉は何だ。


 どうか知らせてください。

 どうか呼んでください。

 どうか頼ってください。

 どうか私を許してください。


 どれも、姉の扉を叩く。


 どれも、姉へ何かを求めている。


 リリアナは、ペンを置いた。


 手紙の途中で、涙がこぼれそうになった。


 けれど、まだ泣かない。


「マルタ様」


「はい」


「見ていただけますか」


 マルタは近づき、リリアナの向かいに座った。


 手紙を手に取る前に、一度確認する。


「読んでよろしいですか」


「はい」


「これは、送付前提ではありませんね」


「はい。未送付前提です」


「承知しました」


 マルタは黙って読み始めた。


 リリアナは、その横顔を見ていることができず、机の角を見つめた。


 心臓がうるさい。


 手紙を見せるだけで、こんなに苦しい。


 姉へ送ったら、どうなるのだろう。


 マルタが読み終えた。


 そして、静かに紙を机に戻した。


「リリアナ様」


「はい」


「これは、あなたの不安を姉君の扉の前へ置く手紙です」


 リリアナは、息を止めた。


 想像していたより、まっすぐな言葉だった。


「私の、不安」


「はい」


「優しい言葉を書いたつもりでした」


「優しい言葉です」


「でも、不安なのですか」


「優しい言葉の中に、不安が入っています」


 マルタは、手紙の一文を指した。


『私は待っています』


「これは、あなたの待つ姿を姉君へ知らせる言葉です。受け取る側は、待たれていると感じる可能性があります」


 次に、別の一文。


『私はここにいます』


「これは、一見支えの言葉です。しかし、姉君がそこへ向かえない場合、負担になる可能性があります」


 さらに。


『何かできることがあれば、どうか』


「この先に続く言葉は、姉君へ何かを知らせる、頼る、呼ぶことを求める形になりやすい」


 リリアナは、胸を押さえた。


「でも、私は本当に、お姉様のために何かしたいのです」


「はい」


「待つことしかできないのが、苦しくて」


「はい」


「私はここにいると、伝えたいのです」


「はい」


「それも、だめなのですか」


「だめ、ではありません」


 マルタの声は少しだけ柔らかくなった。


「ただ、今の姉君に送る必要があるかどうかは別です」


 リリアナは目を伏せた。


 別。


 また別。


 けれど、その別がなければ、きっと送っていた。


「この手紙は、誰を楽にしますか」


 マルタが尋ねた。


 リリアナはすぐ答えられなかった。


 しばらくして、小さく言った。


「私です」


「はい」


「私が、お姉様を心配していると伝えられる」


「はい」


「私が、何もしていないわけではないと思える」


「はい」


「私が、待っている自分をお姉様に知ってもらえる」


「はい」


「……私のための手紙ですね」


「今の形では」


 リリアナは、唇を噛んだ。


 涙が落ちた。


 今度は、こらえられなかった。


 マルタは布を差し出す。


 エルンは、少し離れた席で紙束を持ったまま、こちらを見ないふりをしていた。


 それも、ありがたかった。


「お姉様のための言葉と、私のための言葉が混ざっています」


 リリアナは言った。


「はい」


「混ざると、危ないのですね」


「危険が増えます」


「でも、私はお姉様に何も送れないのでしょうか」


「永遠に、ではありません」


「今は?」


「今は、かなり慎重であるべきです」


「はい」


「あなたが姉君を支える方法は、手紙を送ることだけではありません」


「扉を叩かないこと」


「はい」


「聞かないこと」


「はい」


「待っていると知らせないで、待つこと」


「はい」


 その言葉は、リリアナの胸に深く刺さった。


 待っていると知らせないで、待つ。


 それは、とても寂しい。


 とても苦しい。


 だが、姉の扉の前へ自分の待つ姿を置かないなら、そうするしかない。


「私は、お姉様に褒められたいのでしょうか」


 リリアナは、泣きながら言った。


 マルタは少しだけ黙った。


 それから答える。


「一部には、そういう気持ちもあるでしょう」


「ひどいですね」


「人間です」


「私は、お姉様を支えたいと言いながら、お姉様に“リリアナは成長した”と思ってほしい」


「はい」


「お姉様に、見てほしい」


「はい」


「それは、昔と同じですね。お姉様、見て。お姉様、聞いて。お姉様、褒めて」


「同じ部分はあります」


 リリアナは、両手で顔を覆った。


「いやです」


「はい」


「でも、あります」


「はい」


「記録します」


 彼女は布で涙を拭き、記録帳を開いた。


 手が震えたが、書いた。


『姉へ手紙を書いた。未送付前提。

 内容には、姉を心配する気持ちがあった。

 同時に、私の不安、待っている自分を知ってほしい気持ち、成長を見てほしい気持ちがあった。

 マルタ様より、これは私の不安を姉の扉の前へ置く手紙だと指摘される。

 痛い。

 でも、正しい。

 私はまだ、姉に見てほしい。

 その気持ちを、姉へ送らない』


 書きながら、また涙が落ちた。


 今度は記録帳の端が少し滲んだ。


 エルンがそっと吸い取り紙を置いた。


「ありがとうございます」


 リリアナが言うと、エルンは真顔で頷いた。


「紙は守れます」


「私も、少し守られました」


「それはよかったです」


 マルタが、未送付の手紙を指差した。


「どうしますか」


 リリアナは、手紙を見た。


 途中で止まった手紙。


 優しく見える言葉。


 でも、姉の扉の前へ置いてはいけない不安。


「未送付綴じへ入れます」


「破棄ではなく?」


「はい。破棄すると、なかったことにしたくなります」


「よい判断です」


「送らない手紙として、残します」


「はい」


 王妃宮には、最近新しく作られた綴じがある。


『未送付綴じ』


 送らない謝罪文。


 送らない言い訳。


 送らない感謝。


 送らない心配。


 相手へ渡す前に、自分の中で処理すべき言葉を置く場所。


 リリアナは、そこへ自分の手紙を入れた。


 表紙に日付を書き、短い説明を添える。


『姉宛。心配と不安。送付不可。自己整理用』


 書き終えた瞬間、胸の奥が少し痛んだ。


 送らない。


 姉は、この手紙を知らない。


 姉は、自分が泣きながら書いたことも、未送付綴じへ入れたことも知らない。


 それでも意味はある。


 知られない意味も、なかったことにはならない。


 姉が教えてくれたことだ。


「マルタ様」


「はい」


「送らないことは、何もしないことではありませんね」


「はい」


「今日は、それが少し分かりました」


「大きな進歩です」


「褒められると、姉に見せたくなります」


「では、ここで止めましょう」


「はい」


 リリアナは、泣きながら少し笑った。


「私、まだ子どもですね」


「子どもである部分はあります」


「そこは否定してください」


「必要な否定はしますが、不要な否定はしません」


「厳しい」


「それから」


 マルタは少しだけ声を和らげた。


「送らない手紙を書けた分、少し大人にもなりました」


 リリアナは、今度こそ声を出して泣いた。


 小さな声だった。


 王妃宮の小会議室で、机に突っ伏すほどではない。


 でも、ちゃんと泣いた。


 エルンは紙を押さえ、マルタは隣で静かに待った。


 その日の午後、王妃宮では新しい補足が作られた。


『未送付文書に関する整理――暫定版一』


 一、相手へ送りたい文書を書くことは、必ずしも送付決定を意味しない。

 二、心配、謝罪、感謝、説明、待機表明などは、相手のために見えても、書き手の不安処理を含む場合がある。

 三、送付前に、誰を楽にする文書か確認する。

 四、送らないことは、感情がなかったことを意味しない。

 五、送らない文書を保管する場所を設けてよい。

 六、相手の扉の前へ置くべきでない感情は、まず自分の記録へ置く。


 エルンが六番を書きながら言った。


「これは、王宮全体に必要かもしれません」


「王宮には、送りたい文書が多すぎますからね」


 リリアナが答える。


 マルタは頷いた。


「特に、謝罪と説明と自己弁護が混ざった文書です」


「父のことですね」


「公爵も、王太子府も、私たちもです」


「私たちも」


「はい」


 リリアナは、もう反論しなかった。


 王太子府にも、その補足は送られた。


 アデルは読み終えると、しばらく机の上の自分の謝罪文案を見た。


 書き直しに書き直しを重ねた紙束。


 どれも、まだ送っていない。


 送れない。


 いや、送らないと決めている。


 それでも、時々送りたくなる。


 謝りたい。


 自分の反省を知らせたい。


 王太子府が変わりつつあることを伝えたい。


 もう昔とは違うのだと、少しでも分かってほしい。


 だが、それは誰を楽にするのか。


「エド」


「はい」


「私の謝罪文案も、未送付綴じへ」


 エドは一瞬だけ目を上げた。


「すでに保管しておりますが、表題を変えますか」


「変える」


「どのように」


「セレスティア宛。謝罪と自己弁護混在。送付不可。自己整理用」


 ラウルが思わず顔をしかめた。


「殿下、自己弁護混在まで書くのですか」


「書く。混ざっている」


「ですが」


「混ざっているものを混ざっていないように扱うから、相手へ押しつける」


 エドは静かに頷き、表紙を書き替えた。


 アデルは、その文字を見て苦く笑った。


「王太子の謝罪文が、未送付綴じとはな」


「送らないことも支援になる場合があります」


 エドが言った。


「君もずいぶん言うようになった」


「王妃宮の影響です」


「皆、それを言えば許されると思っていないか」


「便利ですので」


 ラウルが小さく笑いをこらえた。


 アデルは、謝罪文案から目を離し、検証報告書の方へ手を伸ばした。


「謝罪より先に、事実だ」


「はい」


「そして、謝罪文は未送付綴じ」


「はい」


「送らないことで、彼女の扉を叩かない」


「記録します」


「していい」


 公爵邸でも、未送付文書の補足は重く受け止められた。


 グレゴールは、机の引き出しから古い封筒を取り出した。


 何度も書きかけ、何度も破棄できずに残していたセレスティア宛の謝罪文だった。


 家令が、それを見て静かに言う。


「まだ残しておいででしたか」


「捨てられなかった」


「送るおつもりでしたか」


「何度もな」


「送らなくて幸いでした」


「遠慮がないな」


「内容を拝見した限りでは」


 グレゴールは、苦い顔で封筒を開いた。


 中の文面を読み返す。


 セレスティア、すまなかった。


 父は、お前がこれほど苦しんでいたとは知らなかった。


 エレナの病があり、家の事情もあり、王宮との関係もあり——


 そこまで読んで、グレゴールは紙を伏せた。


「これは、ひどいな」


「はい」


「謝罪の二行後には、事情を書いている」


「はい」


「そして最後には、父を許せとは書いていないが、ほぼそう読める」


「はい」


「お前、本当に読んでいたのだな」


「旦那様が見てほしいとおっしゃいましたので」


「過去の私を殴りたい」


「記録しますか」


「しなくていい」


 グレゴールは、深く息を吐いた。


「未送付綴じを作れ」


「すでに準備しております」


「早いな」


「必要になると思いました」


「腹立たしいほど有能だ」


「ありがとうございます」


 家令は、新しい綴じを出した。


 表紙にはまだ何も書かれていない。


 グレゴールは、自分で書いた。


『セレスティア宛。謝罪と事情説明混在。送付不可。自己整理用』


 その文字を書くだけで、胸が痛んだ。


 だが、送るよりはいい。


 娘の扉の前に、自分の痛みと事情を置かずに済む。


「送らないことが、こんなに難しいとはな」


 グレゴールは呟いた。


 家令は頷く。


「送ることより難しい場合があります」


「なぜだ」


「送れば、自分の手元から離れます」


「そうだな」


「送らなければ、自分で抱え続ける必要があります」


 グレゴールは、未送付綴じに謝罪文を挟んだ。


 その重さは、紙数枚のものとは思えなかった。


「抱えるか」


「はい」


「娘に抱えさせないために」


「はい」


「なら、抱える」


 その声は低かった。


 弱くも、強くもない。


 ただ、決めた声だった。


 夜、北方辺境伯家に王妃宮、王太子府、公爵家からの報告が届いた。


 セレスティアは小卓で読んだ。


 リリアナが姉宛の手紙を書き、未送付綴じへ入れたこと。


 その文書には、心配と不安、成長を見てほしい気持ちが混在していたこと。


 王妃宮が未送付文書の整理基準を作ったこと。


 アデルが謝罪文案を「謝罪と自己弁護混在。送付不可。自己整理用」として保管したこと。


 グレゴールが古い謝罪文を同じく未送付綴じへ入れたこと。


 セレスティアは、読み終えてしばらく黙った。


「皆、送らなかったのですね」


 ノアが頷く。


「はい」


「リリアナも」


「はい」


「アデル殿下も」


「はい」


「父も」


「はい」


 セレスティアは、小卓に手を置いた。


 胸の奥が少し震えている。


 もし送られていたら。


 リリアナからの「私は待っています」。


 アデルからの謝罪。


 父からの謝罪と事情説明。


 それらが同じ時期に届いていたら、セレスティアはきっと息ができなかった。


 どれも悪意ではない。


 むしろ、善意や反省や愛情に近いものだろう。


 でも、届けば重い。


 受け取れば、何かを返さなければならない気がする。


 読まなければ未読が増える。


 読めば、感情が増える。


 返さなければ、相手を待たせる。


 その全部を、彼らは少しずつ学んで、止めた。


「助かりました」


 セレスティアは言った。


「はい」


「知らなければ、もっと助かったのかもしれません」


「そうかもしれません」


「でも、送らなかったことを知って、少し助かる部分もあります」


「はい」


「複雑ですね」


「はい」


「知られない意味も、なかったことにはならない。でも、少しだけ知らされることで、安心することもある」


「はい」


 セレスティアは、帳面を開いた。


『リリアナが私へ手紙を書き、送らなかった。

 内容には、心配と不安と、成長を見てほしい気持ちが混ざっていたらしい。

 アデル殿下も、父も、謝罪文を未送付綴じへ入れた。

 もし届いていたら、私は苦しかったと思う。

 送らなかったことで、私の部屋の扉は叩かれなかった。

 送らない手紙にも、意味がある。

 送らないことで、相手ではなく自分が抱える。

 それは少し大人の行為なのかもしれない』


 書き終えて、セレスティアは少しだけ笑った。


「リリアナが少し大人になりました」


 ノアが頷く。


「はい」


「でも、本人に言うと、また手紙を書きたくなるでしょうね」


「可能性はあります」


「では、言いません」


「はい」


「言わなくても、意味はあります」


「はい」


 セレスティアは、箱の横に新しい紙を置いた。


『送らない手紙にも意味がある』


 もう一枚。


『相手の扉の前へ置くべきでない感情は、自分で抱える』


 そして、少し考えてから三枚目。


『優しさを送らない優しさもある』


 その一文を書いたとき、胸の奥が少し温かくなった。


 リリアナの手紙は、届いていない。


 読んでいない。


 内容も知らない。


 でも、送らなかったことは知っている。


 それだけで、妹の気配が少し遠くに見えた。


 扉の前ではなく、遠くで立っている気配。


 こちらを見ているかもしれない。


 泣いているかもしれない。


 でも、扉を叩かない。


 その距離が、今日のセレスティアにはちょうどよかった。


 夜、灯りを落とす前に、セレスティアは箱へ静かに言った。


「お母様」


 箱は沈黙している。


「今日は、届かなかった手紙に少し守られました」


 何も来ない日。


 それは、空白ではない。


 誰かが送らないことを選んだ日でもある。


 そう思うと、静かな夜が少しだけ柔らかくなった。

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