番外編「冷徹公爵と絶叫の滑降コース」
ロイヤル・ファンタジー・キングダムの開業から数ヶ月が過ぎた頃。
遊園地の最も奥まったエリアに、巨大な建造物が姿を現していた。
天を衝くほど高く組み上げられた白木の骨組みと、それに絡みつくようにうねる鉄色のレール。
最新鋭の重力制御魔法と、緻密な物理計算を掛け合わせて生み出された、この世界初の本格的な大型滑降コースターだ。
シエルは油と泥にまみれた作業着のまま、完成したばかりの乗り物の先頭車両を撫でていた。
「ついに完成しました。最高到達点30メートル。最大落下角度65度。前世の知識を総動員した、僕の最高傑作です」
熱っぽく語るシエルの背後で、重い足音が響く。
「……それで、なぜ私をここに呼んだ」
ルクスだった。
今日の彼は、執務の合間を縫って視察に訪れたため、堅苦しい軍服姿のままだ。
その顔には、隠しきれない警戒の色が浮かんでいる。
「決まっているじゃないですか。試運転の第一号は、出資者であり僕の番であるルクス様にお願いしたいんです」
シエルは満面の笑みで振り返った。
ルクスの藍色の瞳が、はるか上空で急カーブを描くレールを見上げる。
無表情を崩さない彼だが、シエルにはわかる。
ルクスの背中が、微かに強張っていることを。
「……安全の保証はあるのか」
「もちろんです。砂袋を乗せたテストは100回以上クリアしました。重力魔法の結界も完璧に機能しています」
シエルはルクスの腕を引き、強引に先頭車両の座席に押し込んだ。
「私も隣に乗りますから、怖くありませんよ」
シエル自身も隣の席に座り、頑丈な革製の安全バーを二人の膝の上に下ろす。
金属の留め具がガチャンと重い音を立てて固定された。
「動かせ」
シエルの合図で、操作盤の前に立つ魔術師が魔石に手を触れる。
足元から、地鳴りのような重低音が響き始めた。
歯車が噛み合い、太い鉄の鎖が車両を巻き上げていく。
ガコン、ガコン、という規則的で無機質な音が、乗る者の心臓の鼓動を強制的に早めていく。
車両が急な傾斜を、ゆっくりと、じりじりと上り始める。
視界が少しずつ高くなり、遊園地の全景が眼下に広がっていく。
「素晴らしい景色でしょう、ルクス様」
シエルは興奮を隠しきれずに隣を見る。
ルクスは無言のまま、安全バーを握る手に凄まじい力を込めていた。
分厚い革手袋が軋む音が、鎖の音に混じって聞こえる。
「……落ちたら、ただでは済まんぞ」
「大丈夫ですって。ルクス様、もしかして高いところが苦手ですか」
「馬鹿を言うな。私は竜の討伐で空を飛んだこともある」
「竜の背中と、僕の作ったコースター。どちらがスリルがあるか、比べてみてください」
頂上が近づく。
空に向かって伸びていたレールが、突然、視界から消え去った。
最高到達点だ。
風の音が止み、一瞬の無重力状態が訪れる。
次の瞬間。
車両は、重力に引っ張られるまま、30メートルの高さを垂直に近い角度で真っ逆さまに滑り落ちた。
空気を引き裂く轟音だ。
「わあぁぁぁっ!」
シエルは両腕を空へ突き上げ、歓喜の悲鳴を上げた。
猛烈な風が顔を叩き、強烈な重力加速度が身体を座席に押し付ける。
内臓が浮き上がるような浮遊感と、恐怖が反転して生まれる極限の快感。
隣のルクスはといえば。
彼は完全に無言だった。
口を真一文字に結び、目は見開かれたまま、安全バーを砕かんばかりの力で握りしめている。
車両は急降下から一転して急上昇し、身体が横に投げ出されそうになる強烈なカーブをすさまじい速度で駆け抜けていく。
右へ、左へ、上へ、下へ。
遠心力と重力が、二人の身体を容赦なく揺さぶる。
ルクスの雪解け水のような香りが、風に混じってシエルの鼻腔を連続で叩いた。
それは、番を守ろうとする本能から無意識に放出された、濃厚な香りだった。
ルクスは自身が恐怖を感じているのではなく、隣で絶叫するシエルの身を案じるあまり、香りを漏らしているのだ。
「ルクス様! 最高ですね!」
シエルが風の音に負けない声で叫ぶと、ルクスは前を向いたまま、かろうじて声を絞り出した。
「……二度と、乗らん」
3分間の狂乱が終わり、車両がプラットホームに滑り込む。
金属の摩擦音が鳴り響き、ゆっくりと停止した。
安全バーが上がり、シエルは弾むように立ち上がった。
「どうでしたか。竜の背中より刺激的だったでしょう」
ルクスはゆっくりと立ち上がり、乱れた前髪を無造作にかき上げる。
その顔色は、普段の彼からは想像もつかないほど青白かった。
「……お前の頭のなかは、どうなっているんだ」
深くため息をつきながら、ルクスはシエルの肩に重い腕を回した。
「でも、香りがすごく甘かったです。僕のこと、心配してくれたんですよね」
シエルがルクスの胸に顔をすり寄せると、ルクスは気まずそうに視線を逸らした。
「……当然だ。お前にもしものことがあれば、この世界を道連れにしてやる」
「大げさですよ」
シエルは笑い声を上げ、ルクスの腰に腕を回した。
最強のアルファを震え上がらせる絶叫マシンだ。
シエルの手帳には、すでに次のアトラクションのアイデアが、びっしりと書き込まれていた。




