エピローグ「ここは僕たちの楽園」
ロイヤル・ファンタジー・キングダムの開業から、6年という月日が流れた。
王都の外れに作られた夢の国は、今や王国内に5つの拠点を持つ、世界最大の娯楽機関へと成長を遂げていた。
それに伴う社会の変化は、革命と呼ぶにふさわしいものだった。
遊園地というすべての人に開かれた空間は、人々の意識を根本から塗り替えた。
オメガを差別し、労働力や繁殖の道具としてしか見ない古い価値観は、若者たちを中心に少しずつ崩れ去りつつある。
能力のある者は身分を問わず重用され、遊園地の運営に携わるオメガの管理職も珍しくなくなっていた。
シエルが蒔いた一粒の種が、王国全体を包み込む巨大な森へと成長したのだ。
王都の中心部にある、遊園地開発局の執務室。
シエルは大きな窓辺に置かれた製図台に向かい、新しい設計図と格闘していた。
20代後半になった彼の顔には、かつての危うさはなく、自信と責任を背負った大人の落ち着きが備わっている。
窓の外では、秋の深まりを告げる冷たい風が、街路樹の葉を黄金色に染め上げていた。
木製の扉が静かに開き、深いコーヒーの香りが部屋の空気を書き換える。
前世の知識をもとにシエルが再現し、今では王国の貴族たちの間で大流行している飲み物だ。
「根を詰めすぎだ。少し休め」
ルクスが二つの陶器のカップをトレイに乗せて入ってきた。
30歳を迎えたルクスは、以前にも増して凄みと威厳を増している。
しかし、シエルに向ける藍色の瞳だけは、出会った頃よりもずっと柔らかく、深い愛情に満ちていた。
「ありがとうございます、ルクス様」
シエルは羽ペンを置き、背伸びをして凝り固まった肩をほぐす。
ルクスが隣に立ち、製図台の上に広げられた巨大な羊皮紙を覗き込んだ。
「また新しいものか。今度は何を企んでいる」
「海沿いの街に作る、新しいテーマパークの目玉です。海の中に透明なトンネルを作って、魚を見ながら走るコースターなんですけど」
シエルは誇らしげに図面の細部を指差す。
「……高さはどのくらいだ」
「50メートルくらいですね。海面に向かって垂直に落ちて、そのまま水中のトンネルに突入します」
ルクスはコーヒーのカップを口に運ぶ手を止め、深く、とても深くため息をついた。
「……馬鹿か。そんなものに誰が乗る」
「ルクス様ですよ。一番最初の試運転は、絶対につきあってもらいますからね」
シエルが悪戯っぽく笑うと、ルクスは呆れたように首を振りながらも、その視線は図面から離れなかった。
「……水圧の計算は済んでいるのか。魔力結界の強度は」
「もちろん。職人たちと徹底的に議論して、最高の安全基準を満たす設計にしています。それに、この海沿いの土地はカイエン殿下が直々に手配してくださったものですから、失敗はできませんよ」
「あの食えない王子か。今や遊園地の最大のパトロン気取りだな」
ルクスが呆れたように鼻を鳴らす。
かつては国営化をちらつかせて脅しをかけてきた第一王子だが、ロイヤル・ファンタジー・キングダムの成功と圧倒的な経済効果を目の当たりにしてからは、手のひらを返したように強力な共同出資者として、国からの庇護を確約してくれている。
二人の日常は、いつもこうして新しい夢を語り合うことから始まる。
シエルはコーヒーの苦味を舌の上で転がしながら、窓の外に広がる王都の街並みを見下ろした。
遠くの空に、遊園地から上がった魔法の花火が淡い光の尾を引いているのが見える。
前の人生で、田中春樹として生きた31年の記憶。
かつては夜のオフィスで一人、コーヒーを飲みながら孤独に図面を引いていた。
あの頃の焦燥感や、満たされない郷愁は、もうシエルの心のどこにも存在しない。
背中を包み込む、ルクスの大きく温かい手。
首筋に刻まれた、永遠の愛を誓う痕。
そして、自分が作った場所で笑ってくれる数え切れないほどの人々。
ここが、自分の居場所だ。
この世界が、自分の生きる楽園だ。
「どうかしたか」
ルクスが心配そうにシエルの顔を覗き込む。
「なんでもありません。ただ、幸せだなって思っただけです」
シエルはルクスの首元に腕を回し、その整った顔を引き寄せて口づけをした。
雪解け水の香りと、微かなコーヒーの苦味が混ざり合う。
窓から差し込む秋の陽射しが、二人を優しく包み込んでいた。
世界に夢の入口を作ったオメガの青年と、彼を愛し抜いた氷の公爵。
彼らの創り出す楽園は、これからも永遠に、人々の心に輝きを与え続けるだろう。




