第12話「王の心を動かす魔法」
シエルが王都の地下牢から生還し、ルクスとの番の誓いを交わしてから数日後。
ファンタジー・ガーデンの再開を待つ領民たちの声は、日を追うごとに大きくなっていた。
しかし、シエルの見据える先は、もはやヴァルディア領の小さな空き地だけではなかった。
彼は再び王城の謁見の間に立っていた。
今度は罪人としてではなく、ヴァルディア公爵の正式な番として。
そして、王国に新たな文化をもたらす事業の責任者として。
ルクスが傍らに静かに立つなか、シエルは玉座の前の床に、巨大な羊皮紙の束を次々と広げていく。
「これは……」
老王が目を丸くし、身を乗り出した。
絨毯の上を埋め尽くすほどの巨大な設計図。
それは、ヴァルディア領に作った施設の数倍、いや数十倍の規模を持つ、壮大な都市計画図だった。
「ロイヤル・ファンタジー・キングダム。それが、この計画の名前です」
シエルはよく通る声で説明を始める。
「王都の外れにある荒野を切り拓き、王国最大の遊園地を建設します。魔力で動く巨大な観覧車、水の上を走る船、夜空を彩る光のパレード。王都の民だけでなく、他国からも観光客を呼べる規模の娯楽施設です」
周囲の貴族たちがざわめき始める。
あまりにも奇抜で、常識外れの提案だ。
だが、シエルはひるむことなく、経済効果の試算表や、ヴァルディア領で集めた来場者の声が記された報告書を提示していく。
「人は、労働と睡眠を繰り返すだけの機械ではありません。心から笑い、驚き、感動する場所があって初めて、明日を生きる活力を得ることができます。それは、王国の未来を豊かにするための、最も確実な投資です」
シエルの熱のこもった言葉が、広い部屋の隅々にまで浸透していく。
一通り説明を終えた後、シエルは図面から顔を上げ、玉座の老王を真っ直ぐに見つめた。
「陛下。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「申してみよ」
「陛下が最後に、腹の底から声を上げて笑ったのは、いつですか」
不敬極まりない、静かな問いかけだった。
謁見の間の空気が完全に凍りつき、近衛騎士が殺気を放って剣の柄に手をかけようとする。
だが、王はそれを無言の手で制した。
老王の皺に深く刻まれた顔が、虚を突かれたようにピクリと動く。
そして、遠い過去の記憶の底を探るように、微かに歪んだ。
重圧と責任に押しつぶされ、政争に明け暮れる日々。
純粋な喜びなど、とうの昔に忘却の彼方へ置き去りにしていた。
長い沈黙が流れた。
やがて、老王の口元から、ふっと乾いた吐息が漏れた。
「……思い出せぬな。いつからか、笑うことすら仕事の一部になっておった」
王はゆっくりと立ち上がり、玉座の階段を下りてシエルの前まで歩み寄る。
足元に広がる緻密な設計図を見下ろす王の瞳に、幼子のような純粋な光が宿ったのを、シエルは見逃さなかった。
「シエル・ランベールよ」
「はい」
「その場所が完成した暁には……余も、そこに赴いてよいのだな。ただの老人として、笑うことが許されるのだな」
シエルは顔をほころばせ、深く頭を下げた。
「もちろんです。最高の席をご用意してお待ちしております」
王が静かに頷いた瞬間、王国の歴史が大きく動いた。
◆ ◆ ◆
それから1年後。
王都の外れに広がっていた荒野は、巨大な魔法の城を擁する夢の国へと変貌を遂げていた。
ロイヤル・ファンタジー・キングダムの正式開業日。
抜けるような青空の下、入り口の巨大なゲートの前には、見渡す限りの群衆が押し寄せていた。
貴族も平民も、アルファもオメガも関係ない。
そこにあるのは、未知の体験に対する純粋な期待と高揚感だけだ。
ゲートの上階にあるバルコニー。
シエルは最高級の白い礼服に身を包み、眼下に広がる光景を見下ろしていた。
風に乗って聞こえてくる軽快な音楽。
色鮮やかな風船。
甘く香ばしい焼き菓子の匂い。
前世で焦がれた景色が、この異世界で完璧に再現されている。
「……泣いているのか」
隣に立つルクスが、シエルの肩を優しく抱き寄せた。
彼の首筋には、シエルと同じく、番となった証である微かな咬み痕が刻まれている。
シエルは慌てて目元を拭い、照れくさそうに笑った。
「泣いてません。ただ、夢みたいだなって」
ルクスはシエルの手を取り、その指先にそっと唇を落とす。
「これは夢ではない。お前が自らの手で創り上げた、現実だ」
ファンファーレの音が鳴り響き、巨大なゲートがゆっくりと開かれ始めた。
群衆から割れんばかりの歓声が沸き起こり、人々が笑顔で夢の国へと足を踏み入れた。
シエルはルクスの手を強く握り返す。
ここからまた、新しい物語が始まる。
終わりのない、最高の楽園の物語が。




