□第七章──ダンケルク⑦
△のレクチルが踊る中、爆撃機のみに△を集めるのは少しテクニックがいる。戦闘機を狙いがちな△の設定をいったんリセットし、爆撃機に集中させる。
その間にも敵機群は前進する。突っこんで来る。先頭を切るBf109が発砲を始め、オレンジ色の曳光弾が大量にばらまかれこちらに飛んでくるが、無視だ。
今、相手にするのは爆撃機のみ。
ようやく七つの△すべてに爆撃機が収まり、ブザー音が鳴る。俺は発射ボタンを押した。
ラニウスの顎門が咆哮を発し、赤輝した光が七条の光を引き、爆撃機へと向かう。
赤輝とJu88との交差は一瞬だった。
次の瞬間、空中に大爆発が七つ生じる。
爆撃機七機が文字通り爆散したのだ。
各機三トンの爆弾を積んでいたなら二一トンの爆弾が空中爆発したことになる。
俺はさすがに軽く眼を閉じた。
爆発の激しい光が網膜を焼き、虹色の残像が生じる。
次いで爆発が生じたのはその時だった。
左右から一〇を超える空中爆発が連続し、その衝撃波でラニウスが激しく揺さぶられる。
ノア、クレアの放ったファイアブラストがJu88編隊を直撃した。そうとしか考えられない。俺は無線に叫んだ。
「ノア、クレア、どこだ?」
間髪を入れずノアの声が無線に響く。
「私はあなたから見て四時の方向。クレアはその後ろよ」
「判った」
俺は応じつつ周辺を見回し、残った敵爆撃機がいないか確認する。爆風が黒煙を吹き飛ばしたのか、さっきより視界はいい。その時、無線が入った。
「こちらガイア、ドラゴンが一頭そちらに向かった。迎撃しろ」
「了解。迎撃します」
素早くコクピットを見回し……見つけた。俺は無線に怒鳴った。
「ノア、クレア、一〇時の方向に敵ドラゴン一頭。低空侵入だ。油断するな」
「了解」
「見つけたわ。対策は?」
クレアの声に俺は、
「三位一体だ。俺を先頭に編隊を組み、正面からファイアブラストを敵にブチ当たる。いくぞ!」
「了解。あなたに続くわ!」
俺はスロットルを開き、ラダーペダルを踏み、左に操縦桿を傾けた。正面正対は危険だがこの敵に低空でドッグファイトはさらに危険だろう。
そう思った瞬間、敵ドラゴンが赤輝した。反射的に俺は怒鳴った。
「回避!」
三機編隊が分散した合間を轟音と共に巨大な火焔が通過していく。俺は続けた。
「そのまま左に反転、バンクを深く取れ!」
バンクとは機体の傾きの事だ。操縦桿を左に思い切り傾け、ラダーペダルを踏みこむ。
ラダーだけでもある程度曲がれるがスキッドターンと呼ばれるある種の危険機動を伴うことがある。ここはバンク角を深く取る基本に忠実な旋回でいい。
その刹那、敵ドラゴンが編隊を追い抜いた。速度を出しすぎこちらの旋回に追従できないのだ。
「スロットル全開。敵との距離を詰めろ」
命じつつ俺たち三頭のドラゴンは再び編隊を組み直す。敵ドラゴンは旋回戦を選ばずそのまま上昇を始めた。縦の空戦に持ちこんで一挙にこちらを倒そうとするつもりだろうが、そうはいかない。
「全頭上昇! 距離が詰まったら敵に同時発射、これを撃墜する!」
「了解」
「了解」
既にスロットルは全開だ。じわじわと敵ドラゴンとの距離が詰まっていく。
敵ドラゴンナイトの練度は俺たちよりやや上だが最初の一撃でこちらを墜とせなかったのが大きな失策だ。敵も自分のミスに気付いたらしい。
上昇転じて降下に転じようとした瞬間、こちらとの距離が一挙に詰まった。次の瞬間、レクチルに踊る△が敵ドラゴンを捕らえる。
俺は無線に怒鳴った。
「撃て!」
俺は操縦桿の発射ボタンを押した。
ラニウスの顎門が赤輝し、轟音と共に火焔が噴出する。三頭そろっての同時発射が一瞬のうちに敵ドラゴンを捉え、敵シールドがオレンジ色に輝く。
コンマ数秒それが続いたと思った刹那、シールドが赤輝、粉砕された。
一瞬のうちに敵ドラゴンが炎に包まれ、虚空に絶叫が湧く。
尾部を完全に吹き飛ばされた敵ドラゴンはそのまま腹を見せ、螺旋降下しつつ墜ちていく。
どんなベテランが乗っていても尾部をやられたドラゴンを空中で立て直すことは不可能だ。
「やったわ、彩夏!」
クレアの歓喜が無線に響き、ノアの冷静な声が続く。
「他にドラゴンは? 彩夏」
俺は周囲を見回しつつ言った。
「俺の視界にはいない。爆撃機も……」
操縦桿を前に傾け下方に視界を向けても見あたらない。襲来した敵戦闘機、爆撃機、ドラゴンを一掃したのか?
疑問が脳裏をよぎったその時、雲を割って敵ドラゴン──鉄十字を胴体に描いたそれが墜ちてくる。
「これで全頭撃墜です、彩夏少尉」
クリス大尉の声が無線に入り、ほとんど同時に二頭のドラゴンが雲間から姿を現す。パーソナルマークを見るまでもなくクリス機とガイア機だ。
命令を待つまでもなく俺たちは三機編隊を組み、二機編隊クリス機の左側についた。その時、ノアの声が無線に入った。
「大尉、二時の方向、傭兵戦闘隊が到着です」
言われたとおり二時方向を見ると、スピットファイアの大編隊がこちらに向け飛行を続けていた。
そこからは実質編隊にダンケルクの上空警戒を任せる形で、俺たちは周囲をゆったりと旋回し、戦果集計をやった。それによりドラゴン隊の戦果は、朝からの推定で戦闘機五〇機、爆撃機四二機、ドラゴン六頭となった。
「これだけの戦力を一度に失うと、敵は攻撃プランを立て直すでしょう。恐らく今日はもう来ないはず」
クリス大尉の言葉は的中し、この日の敵襲来はこれが最後になった。
ラニウスで旋回を続けている間にも友軍大型艦が次々とダンケルクの港に入り、友軍将兵を乗せられるだけ乗せ、出港していく。
その光景を眺めていると心の中で彩夏が俺に質問をぶつけてきた。
(なあ、史実じゃ、大型艦で救出されたのは何名くらいなんだ?)
俺は歯を食いしばり、心の中で答えた。
『二〇万人くらいなはずだ。今日のペースで大型船が入港し続ければ、明日一日でその数に達するかもしれないな』
(それはいい話だ。おっと、三時の方向に編隊多数。敵味方の識別は……)
『到着時刻から見て、ブリタニア空軍のそれだろう』
実際、その通りだった。こうして俺たちリンデベルン傭兵戦闘隊は、上空警戒をブリタニアに任せ、ダンケルクからの帰路についたのだった。
すべては順調に思えた。
五頭のドラゴンと総計一二〇機のスピットファイアマークⅤ。この組み合わせと適切なローテーションがあれば、俺の世界の史実と同様、三〇万人を越す将兵をブリタニア本国に撤退させられるだろう。
この時まで、俺はそう思っていた。
俺は完全に間違っていた。




