□エピローグ──暗転 そして読者へのお知らせ
翌日。
一九四〇年六月十一日。
臨時基地の自室で俺は目覚めた。
起床ラッパの代わりにニールセン作曲交響曲第四番『不滅』が鳴り響くのはリンデベルンにいた頃と変わらない。
ベッドから降り、毛布を畳み、歯磨きと洗顔を終える。ルーティンを終え、食堂に向かう途中、俺はシャール少佐とすれ違った。
敬礼をする暇もない。少佐の顔面は青ざめ、射るような眼差しだった。
何かあったのか?
そう思いつつ食堂に入ると別にいつもと変わらぬ光景が展開されていた。
各自がトレイを手に朝食を配食から受け取っている。
コーヒーから始まりサラダに終わるいつものメニューだ。ニールス、ノア、クレア、三人が占めるテーブルもいつもと同じ。
「おはよう、三人とも」
声をかけ、席に着くとそれぞれ挨拶が返ってくる。
「ニールス、何か変わったことはないか?」
「なに、彩夏?」
「いや。食堂に向かう途中、シャール少佐が厳しい顔つきで歩いているのを見てな。何かあったのかと思ったんだ」
「ぼくのところに情報は降りてないよ。なにかあったとしたら、朝食前の早朝か、それとも上層部だと思う」
「そうか」
応じつつ俺はコーヒーを啜った。
故あって情報を入手できる立場にあるとは言え、俺の立場はあくまで傭兵、一介のドラゴンナイト少尉に過ぎない。何でも聞けば返事が返ってくると考えるのは身分不相応だろう。
スピーカーが意味ある音声を発したのはその時だった。
「こちらはシャール少佐だ。〇八〇〇より講堂で重大発表がある。各員は集合、整列の上、待機しろ。以上」
反復もない一方的な指示、命令だった。俺たちは顔を見合わせた。ノアが口を開く。
「どう聞いても朗報じゃなさそうね」
「そうだな」
悪い予感に身をすくめつつ俺たちは早々に朝食を終えた。〇八〇〇──午前八時までの時間は体感的にあっという間だった。
〇七五〇──午前七時五〇分には士官、下士官、兵の大半が講堂に集結し、それぞれ浮かぬ顔で指揮官の登壇を待っていた。
「総員、傾聴!」
副官の声が響き、しかめ面のシャール少佐が壇上に上がった。早速切り出す。
「諸君、最悪の報告だ。〇五〇〇、ゲルマニア空軍がダンケルクを大規模爆撃、大量の爆弾が港を直撃、水門が大破、崩壊した。その結果、港に大型船を接舷させることが不可能になった」
一瞬のうちにどよめきが講堂内に広がる。副官が「静かに!」と怒鳴る。
どよめきが止んだ。
「ダンケルクの水門は潮の流れを制御する機能があり、船舶の接舷には不可欠な存在だ。これが破壊されると港内の水位が激しく上下し、中型以上の船舶の航行が困難になる。それが爆撃で破壊されたことは、貨客船、輸送船、駆逐艦の接舷がほぼ不可能なったということだ。つまり、ダンケルクは港としての機能を完全に喪失した」
静寂が続く中、シャール少佐は続けた。
「よって、以後の作戦はダンケルク周辺の海岸と砂浜を守る任務に切り替わる。何か質問はあるか?」
真っ先に挙手したのはクリス大尉だった。
「あります。砂浜からブリタニアはどう撤退するのでしょう?」
「賢明なブリタニア海軍は、大型船の輸送と並行して中小型船──オランダなどで使われているスクーツと呼ばれる二〇〇~五〇〇トン級の沿岸貨物船を大量に徴用、他にもトロール網漁船や艀、個人所有の動力付きヨットやランチを本作戦に大量投入している。これらの小さな船やボートで海岸や浜辺に展開しているブリタニア、フランス兵を救助する準備が整えられているのだ」
「なるほど。大型が駄目ならボートで砂浜から撤退させるわけですね」
「そういうことだ。よって、任務としては制空権維持の点で現状と変わらぬと言えるが、今後は敵戦闘機の友軍歩兵に対する機銃掃射阻止も任務に入る」
少佐は続けた。
「また、ゲルマニア軍が投入する爆撃機もユンカースJu88以外の機種、例えばJu87シュトゥーカの投入も考えられる。これまで以上に困難な状況が予測されるが、何とか任務をやり遂げて欲しい。なお、ローテーションは乗員の疲労をこみに現状のままとする。他に何か質問はあるか?」
十秒ほどの沈黙が続いた後、シャール少佐は続けた。
「では、各員任務に就け。お前たちの出番だ!」
踵を揃える音が講堂内に木霊し、各員はそれぞれ散っていった。
同時刻、ゲルマニア空軍──正確に言えば空軍と武装親衛航空隊の合同部隊基地は、歓呼の声に包まれていた。
空軍側の演説が終わった後、武装親衛航空隊──SS空軍指揮官、ラインハルト・ハイドリッヒ大佐が壇上に上がった。
長身のハイドリッヒはある意味この場に居る誰より目立っていた。金髪、碧眼、冷徹を具現化したような眼差しで部下たちを見回す。
「諸君、空軍との合同作戦により、我々はダンケルク港の完全破壊に成功した。これは、合同作戦の完璧な成功を意味すると共に、君たちの練度が空軍のそれに匹敵する段階に達した事を意味する。まさに慶賀である。諸君は己を誇っていい。特に水門の破壊に献上したドラゴンナイト、ユリア・ベルトラムSS中尉の活躍は特筆に値する。諸君は今から数時間の休息を取り、午後、再出撃をすることになる。それまでしっかり身体を休め、再出撃に備えよ。なお、再出撃の際には新型焼夷弾が用いられる。Ju87シュトゥーカの乗員たちは特に留意するように」
一同の自信に満ちた視線がハイドリッヒに注がれる。
ハイドリッヒは金髪の野獣に相応しい酷薄な眼で一同の歓呼に応じ、叫んだ。
「ジーク・ハイル!」
勝利万歳──ハイドリッヒの叫び声に踵を一斉に鳴らす音が木霊し、伴奏となった。
彩夏たちがいる臨時基地では、俺は廊下を歩いていた。傍らで移動する車椅子のニールスに訊ねる。
「ニールスは、この展開を予測していたか?」
「あり得るとは思っていたよ。でもこのタイミングで起きるとは思わなかったな。彩夏たちのローテーションを外して爆撃する展開は予想すべきだった」
「俺たちの機数でダンケルク上空を守れるのは一日のうちせいぜい四時間だからな。そこを外されるとどうにもならん」
「向こうにそれを見抜いた奴がいるってことだね」
「そうだな」
横合いから不安げなノアの声が響く。
「これからどうなると思う?」
「爆撃機中心に撃墜を反復するしかないな」
廊下から格納庫に出ると、クリス、ガイア両大尉が待ち構えていた。ガイア大尉が切り出す。
「なんとも大変なことになったな、彩夏。策はあるか?」
「敵爆撃機を狩る。それが基本でしょうね」
「あとは敵戦闘機──Bf109の機銃掃射を防ぐため、敵戦闘機も墜とす。やる事はこれまでと変わらないわけだ」
「基本はそうですが、Ju87シュトゥーカの投弾開始高度は平均三〇〇〇メートルと聞きます。今後はこの高度における交戦が増えると考えられます」
「そうだな。クリス、どう思う?」
クリス大尉は微かに肩をすくめた。
「シュトゥーカは戦闘機隊に任せて大丈夫でしょう。私たちは対ドラゴン戦に専念、上空援護に努める。そのため、スピットファイアマークⅤに落下増槽タンクを二つ装着、航続時間の延長で対応しましょう」
「スピットファイアマークⅤに落下増槽タンク……仕様的に可能なのですか?」
俺が元いた世界ではその辺どうだったのか……ちょっと思い出せない。
この世界線では、ドロップタンクの装着が可能で、航続距離(時間)延長が可能なのだろう。クリス大尉の声が続く。
「仕様的には機内タンクに五〇〇リットル、増槽二つ装備で六〇〇リットル、計一一〇〇リットルで飛べる。巡航速度で飛べば、五時間半は空中に浮かんでいられるはずだ」
「燃料補給に帰る時間を引けばどうなります?」
「そうなると五時間ね。〇八三〇に飛び立つとして一三三〇にいったん基地に戻ります。ドラゴンファイトがその間に発生するともう少し速く帰ることになるでしょう」
「判りました。〇八三〇に離陸ですね」
「そう。あと一三分あるから今のうちに一同トイレを済ませておいて」
「了解」
敬礼した俺はそのままトイレに直行した。
ノアやクレア、クリス大尉の反応は……見ない方がいいだろう。
トイレで用を済ませた俺とガイア大尉はそろって手を洗った。ガイア大尉が声をかけてくる。
「彩夏、長時間戦になるが、経験はあるか?」
「五時間滞空は初めてですね。何かこつはありますか?」
「今回は対ゴラゴン戦主体だから、対爆撃機、戦闘機には従来機銃で対応する。あとは、最初から気を張っていると途中で疲れてしまうから上手に休息を取ること、くらいだな」
「簡単にいってくれますねえ」
「君ならやれるさ。ノア、クレア女性陣の面倒も頼むぞ。あとはいつものように、俺たちのロッテについていけばいい」
「了解です、大尉」
手をタオルで拭きつつ、俺たちはトイレを出た。
そのまま愛機に乗りこみ、エンジンを始動した。
暖機運転が終わり、タキシングが始まり、主滑走路に機体を出す。至る所で同じ光景が展開されていた。
やがて一番機が離陸を開始する。一六機まで数えたところで俺の出番が回って来た。滑走路を疾走し、操縦桿を引く。すぐさま脚を引っこめ、フラップを格納する。俺は無線を入れた。
「クリス、ガイア両大尉、離陸済みですか?」
「上がっています」
「こっちもだ。何の問題もない」
「ノア、クレアはどうだ?」
「離陸済みよ、彩夏」
「こちらも同様です、彩夏」
ドラゴンナイトは全機離陸済みか。あとはいつもの通り、ロッテ、ケッテの組み合わせでスピットファイアマークⅤ編隊の上を飛ぶだけだ。
俺は乾いた唇を舐めた。
ここから先は、浜辺、海岸上空を護る戦いになる。ダンケルクの戦いはまだ終わっていない。むしろここからが本番なのだ。 (第一部・完)
※というわけで第一部完ですが、第二部が書けるかどうかはブックマークの数に影響されます。なろうを書籍化するには最低でもブックマーク一万個が必須なのですが、本作はこれに達していません。そもそも連続
して読んでいる読者数が5200人ほどなので、これを倍にしてかつ全員がブックマークして頂けないとどうにもなりません。
また、過去に専業作家として数十冊の架空戦記を出版した経験から言っても、現在文字数にしてノベルズ二冊に到達する本作の執筆を、これ以上ノーギャラで書き続けることに限界を感じています。
加えてなろうアップ時刻が朝五時で、実際にはその三〇分前に起床する日々が続くことに身体が耐えられなくなっていることから、本作の執筆をここで中断、第一部完として閉めさせて戴くこととなりました。
再開の条件は先に書いた通りですが、ここから劇的に読者数が増大することも考えにくいため、実際は「ここまで」となる公算が大きいでしょう。数少ない読者の皆さん、今まで本作をお読み戴きまことにありがとうございます。
それではみなさん、さようなら。機会がありましたらまたどこかで御会いしましょう。
森圭一こと三木原慧一




