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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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□第七章──ダンケルク⑥

「クリス大尉、懸念があります。敵が低空侵入して来たらどうします? ダンケルク上空は爆撃と焼夷攻撃で黒煙が発生、低空の視界が悪いです」

「その懸念は確かに無視できません。ですが、一〇〇機単位の戦闘機を低空侵入で送りこむのはかなりの練度が必要。今のゲルマニア空軍にとってそうした人材は貴重です」


「だから出してこない、と?」

「ドラゴンファイトの前哨戦として出すにはもったいなさ過ぎると言う意味です。私ならまず出さない。出すとしたら、ドラゴンとセットで接近戦にもつれこむ形にするはずです」

「了解です。引き続き警戒を続けます」


 応答を終えた俺は、歯を食いしばり、心の中の彩夏に話しかけた。

『彩夏、どう思う?』

(大尉の判断は正しいと思う。ベテランを出すのは乱戦になってから、というのは俺も賛成だ。Bf109でドラゴンを墜とすなら恐らくそれしか手はない)


『判った』

 彩夏との対話を終えた俺は前方を見据えた。

 前方の視界は真蒼とはいかず、黒煙らしきものがうっすら漂っていた。この中からごま粒大の大きさの敵機を見つけるのは骨が折れるだろう。


 不意にクリス大尉の声が無線に響いた。

「クレア中尉に警告メッセージを中止させて。今、一瞬、何かが空に見えたわ」

「了解」

 俺は無線周波数を切り替え、クレアを素早く呼び出した。


「クレア、警告メッセージは中止だ。今、クリス大尉が敵機らしきものを視認した」

「了解」

 無線周波数を元に戻した俺は、前方を見つめた。

 こちらの視力では何も見えない。うっすらと漂う黒煙が視野の二割を占めているだけだ。

「こちらガイア、俺も確認した。距離二万で何かが空中にいる。数は八、いや、九つだ」


「ガイア、照準に入るわよ。左の四つは私がもらう。残り五つを片付けて。傭兵団編隊指揮官へ警告する。まもなく戦闘開始」

「クリス、カウントダウンで同時発射するぞ。五、四、三、二、一、ゼロ。発射」

 ガイア大尉のカウントが終了した途端、目の前のドラゴン二頭が赤輝した。


 前方から凄まじい勢いで火焔が噴出し、高速で前方に向かっていく。

 やがて、遙か前方に何かが爆ぜた。

 爆発がはっきりと目視され、確かに空中に何かがいた事が明らかになる。

「まだまだいる。今度は距離一七〇〇〇、六機」


「目視した。ファイア」

 再び二頭のドラゴンが咆哮を発し、橙色の炎が前方に噴出する。クリス大尉のドラゴンが僅かに向きを変え、再び咆哮と共に火焔を発した。

 俺は思わず目を閉じた。火焔を直視すると直後の視野がぼやけるためだ。


 その時、クレアの無線が入った。

「彩夏、ノア、距離一五〇〇〇に黒点発見。何かがいるわ」

「こちらノア、発見。彩夏は?」

 俺は前方を見つけ、無線を発した。


「こちらも目視した。数は一〇を超える。重複しても構わんから全部に照準だ。でき次第各個発射」

「了解」

「了解」

 ノア、クレアと応答が入る中、△のレクチルが踊り、目標に向け次々とロックしていく。


 全てがロックされ、革帽子に仕込まれた内蔵スピーカーのブザー音が鳴った瞬間、俺は引き金を引いた。

 ラニウスの咆哮は凄まじかった。

 耳をつんざく声が木霊し、前方が真っ赤に染まる。巨大な顎門から赤色の火焔が吹出し、僅かに向きを変える。


 射撃を終え、数秒後、一五キロ先の空が真っ赤に染まった。爆発が連続し、激しい光が花火のように爆ぜ、散っていく。

 目標との距離が一〇〇〇〇を切り、次第にはっきりした形を取り始める。相対速度の関係から距離が詰まるのが速い。俺は無線に告げた。


「距離一〇〇〇〇を切った。相手は恐らくBf109。相手は六機、無駄撃ちを避ける為、左端から順に、俺、ノア、クレア、二機ずつ射撃する」

「了解」

「了解」


「用意……ファイア」

 俺は引き金を絞り、ラニウスが再び咆哮する。六条の赤い光が中空を切り裂き、一瞬のうちに弾着する。

 再び空中に爆発の炎が広がった。


 爆発が六つを超え、なおも続くのはクリス、ガイア両大尉の射撃も続いているからだ。その時、ガイア大尉からの無線が入った。

「距離八〇〇〇を切った。俺たちはいったん通常機銃に戻し、敵機を攻撃する。今、ファイアブラストを使いきると精鋭が来た時苦戦するからな」


「了解。我々も対応します。ノア、クレア、ファイアブラストを中断、機銃による射撃に切り替える。

ケッテもいったん解除だ。個別に敵機を捕捉、これを撃墜しろ。いいな!」

「了解」

「了解」


 無線交信の間にも敵機との距離が詰まる。

 敵も全速を出しているからだ。相対速度は音速に近く、三秒あれば一〇〇〇メートル距離が縮まる。俺は無線に発した。


「距離一五〇〇だ。八〇〇で各機射撃開始」

 ノア、クレアの返事を待たず、俺はセレクターを切り替えた。

 ファイアブラスト用の近代化された照準機構から、一瞬のうちに一九四〇年代の照準機構に切り替わる。

 レクチルの真ん中に一円玉台の敵機が浮かんだとき、俺は発射ボタンを押した。


 間髪を入れず、ラニウスの両翼から機銃弾が発射される。イスパノリンデ製二〇ミリ航空機銃が唸り、橙色の曳光弾が前方に伸び、敵機を直撃した。

 轟音と共に敵機が爆裂し──恐らく敵機の弾倉に二〇ミリ弾が直撃、誘爆した──Bf109の姿がバラバラになって爆ぜていく。


「次!」

 自らに声をかけつつ、俺は後続の敵機を狙い撃つ。

 ヘッドオン──正面正対戦は相打ちになる公算が高いため禁じられているが、ラニウスの防弾性能を信じれば可能だ。むしろ敵機の方が不利だろう。


 光像式照準器内に敵機、Bf109の姿が浮かぶ。敵機が一〇円玉台に拡大した瞬間、俺は引き金を引いた。

 轟音と共に機銃が発射され──その時、俺は気がついた。敵機に閃光が瞬いている。敵も撃ってきている。相手が装備する機銃もこちらと同じ二〇ミリクラスだ。


 どちらが先に命中させられるか、勝負だ。

 思ったその刹那、Bf109の左翼主翼が根元から吹き飛んだ。そのまま一瞬で空中分解し、墜落していく。パラシュートは見えなかった。


 瞬く間の光景に俺は一瞬茫然とした。

 対戦闘機戦でヘッドオンが禁止になってる意味をあらためて噛み締め、同時に自分がドラゴンナイトであってよかったと思う。今、乗っているのがただのスピットファイアマークⅤなら、撃墜されたのは俺かもしれないのだ。


 感傷は一瞬だった。

 ほとんど間を置かず、次のBf109が正面から突っこんで来る。双方ともに機銃が唸りを上げ、秒速八〇〇メートルを超える高初速弾が相手目掛けて突き進む。

 オレンジ色の曳光弾が交差した瞬間、Bf109のコクピットが粉砕された。


 パイロットを喪い、二〇ミリ弾の直撃を喰らった敵機がそのまま突っこんで来るが途中で力尽きるように横転し、墜ちていく。

 ほっと息をつく間もない。無線レシーバーから不意にガイア大尉の声が響く。

「彩夏、上は陽動、囮だ。精鋭が下から侵入、対処しろ!」


 バンクを深く取って下方を見た俺は瞬いた。地上から立ち上る炎と黒煙をくぐり抜けるように、数十機のBf109と双発爆撃機が編隊を組んで高速侵入している。

 敵機とほぼ同高度、胴体にシャチのパーソナルマークをしたガイア大尉のドラゴンが不意に赤輝した。

 数丈の火焔が放たれ、たちどころにBf109が、そして爆撃機が焔に包まれ、爆発する。


 俺はセレクターをファイアブラストに切り替え、ラニウスを降下させた。

 照準機にある複数のレクチルが動き、七つそろったところでブザーが鳴る。

 俺はボタンを押した。ラニウスの顎門から形容しがたい赤い炎が吹き上がり、前方に爆発が立て続けに七つ生じる。


 戦闘機三、爆撃機四撃墜……思った刹那、今度はクリス大尉の声が無線に響く。

「爆撃機の後方に敵ドラゴン確認、私とガイアで対応する。彩夏、あなたたち三人は低空の爆撃機を。絶対に投弾させないで!」


「了解。ノア、クレア、聞いた通りだ。低空の爆撃隊にファイアブラスト、撃墜しろ!」

「了解」

「了解」


 続け様に返事が返ってくる中、俺は低空のBf109を無視し、爆撃機を狙った。接近したことで機種がはっきりする。

 ユンカースJu88。俺の世界の史実ではドイツ空軍の主力爆撃機だった機体だ。この世界でも扱いは同じだろう。


 簡単な仕様は最大速度五一〇キロ、爆弾搭載量三トン、航続距離約二四〇〇キロ。一九四〇年現在において優れた爆撃機だ。基本設計の優秀さから大戦後期においても活用された。

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