□第七章──ダンケルク⑤
俺は一寸考え、クリス大尉に応じた。
「臨時基地からここまで飛んで滞空できるのは、何分くらいです?」
「融合する機体に準じるから、スピットファイアではいいところ四〇分が限界ね」
「ならば、いったん引き上げましょう。そうすれば、敵が燃料、爆弾を補給して再出撃して来るのにタイミングを合わせられます」
「そうね……彩夏に賛成です。ガイア、それでいい?」
「ああ。五機で編隊を組んで飛ぼう。先頭が俺、殿は彩夏でどうだ?」
「了解です。ノア、クレア、それでいいな」
「了解」
「了解です、大尉」
たちまちクリス大尉を先頭に五頭のドラゴン編隊が組み上がった。大尉の無線が響く。
「時速七二〇キロで帰還します。各員、スロットルを開いて」
「了解」
俺は無線に応じつつスロットルを開いた。たちまち速度計の針が動き、増速が始まる。
基地上空に戻ってきたのは体感的に三〇分かからぬ感じだった。
大尉の指示で編隊間隔が広げられ、各ドラゴンがそれぞれ「融合解除」を指示、ドラゴンとスピットファイアマークⅤは分離し、それぞれ着陸態勢に入った。
飛行場上空を旋回すると第二次出撃隊が離陸準備を整えつつあるのが判った。六〇機を超すスピットファイアマークⅤが格納庫から誘導路にかけて待機し、その時を待っている。
その間隙を縫うように俺たちは着陸した。
ドラゴンたちは滑走路の隅に着地し、俺たちには燃料補給車が全速でやってくる。エンジンを切った機体に燃料が入れられる間、第二次防空隊が次々と離陸していく。
燃料補給の様子を見学していると、クリス、ガイア両大尉が来て言った。
「この先の打合せを簡単に済ませましょう。五頭編隊で離陸、先行するスピットファイアマークⅤ編隊を追い越し、私たちが先鋒に立つ。ブリタニア空軍に無線を発し、ダンケルク港の上空制圧が引き上げたと判ったら、その先にいる機影はゲルマニア軍のものとします」
「敵を視認した後はどうなります?」
俺の質問にクリス大尉は応じた。
「見つけたら遠距離攻撃で撃墜、戦闘機を中心に駆るけど、爆撃機も墜とす。近接戦になってドラゴンが現れたらドラゴンファイトよ。彩夏たちはさっきやったように三頭編隊で一頭を墜とすあの要領で戦いなさい。あとは出たとこ勝負。いいわね」
俺は乾いた声で言った。
「はい。ドラゴンに遠距離攻撃は通用しないと考えていいのですね?」
「互いのランクが違いすぎるなら攻撃が通ることもあるけど、基本はそうです。通りません」
「判りました」
ガイア大尉が肩をすくめた。
「だから三位一体攻撃が重要なんだ。距離と当たり所によっては、A級ドラゴンでも倒せるからな。行くぞ。各員、戦闘機に乗りこめ」
「了解」
俺、ノア、クレアは返事を返すと愛機に乗り込み、整備兵の助けを借りてエンジンを始動した。
スピットファイアマークⅤの編隊は既に飛び立っていた。
無人となった滑走路を五機のスピットファイアマークⅤが疾走する。
真っ先にクリス大尉の車輪が宙を舞った。
一切の躊躇なく主脚を収納するのはさすがにベテランだ。ガイア大尉がそれに続き、俺たち三人は一歩遅れての離陸となった。
それからは編隊の間隔を緩め、自分のドラゴンを召喚する。各コクピットに「カムヒア」の声が響き、機体前方七〇メートル先に次々と空を切ってドラゴンが現れる。
「融合開始」
口頭で命じつつ、俺はスロットルを開き、ラニウスと融合した。粘着物質が身体を覆う嫌な感触が一瞬走るが今や慣れたものだ。
ほんの十秒ほど間を置いて、クリス大尉の声が無線レシーバーから響く。
「各機とも融合した?」
「こちらガイア、問題なし」
「こちら彩夏、問題なし」
「こちらクレア、問題なし」
「こちらノア、問題なし」
各機から応答が入り、クリス大尉がまとめた。
「素晴らしいわ。彩夏以下三機はケッテで三機編隊、私とガイアはロッテで二機編隊を組みます。三機とも私たちに続いて飛んで。編隊速度は六四〇キロです」
「了解」
通常のスピットファイアマークⅤの編隊巡航速度が時速四〇〇キロちょっとだから、やはりドラゴンは速い。傭兵部隊のスピットファイアマークⅤ六〇機がダンケルク上空に来るまで、できる限り敵戦闘機、爆撃機を排除しようとする意図が感じられた。
俺はケッテ──三機編隊を組むとクリス大尉たちのロッテ──二機編隊の左斜めについた。
微かなエンジン排気音と静寂がコクピットを支配する。
やがて前方下方に先行して飛び立った傭兵飛行隊六〇機の大編隊が見えてきた。
次第に距離が詰まり、五分と経たず編隊を追い越していく。
「こちらクリス大尉、編隊指揮官に告ぐ。私たちドラゴンが先行し、敵戦闘機、爆撃機、ドラゴンを可能な限り片付けます。戦闘が始まったら伝えるので、無線をオープンにしていて」
「こちら編隊指揮官、了解」
短いやりとりで無線交信は終わった。
発せ慣れてるな。そう思った。恐らくスペイン内戦以来、何度も繰り返されたやりとりなのだろう。
俺は思わず無線を入れた。
「慣れてますね、クリス大尉。スペイン内戦以来の実戦では?」
「いいえ。あなたたちがデンマークで戦っていたころ、私たちペアは隣国のノルウェーでゲルマニア相手に戦っていたの」
「なるほど。それで、ゲルマニアのデンマークへの攻撃が弱まったんですね」
ガイア大尉の声が続く。
「ゲルマニアの真の狙いは鉄鉱石運搬のため、ノルウェーの不凍港、ナルビクに対する支配権だからな。デンマークの役割はノルウェーに対する中継点に過ぎなかったから、攻撃も控えめだったわけだ」
「納得です」
「だからゲルマニアは、スパイ、諜報戦でデンマークを痛めつける戦略を取ったのさ」
「そういうことだったんですね」
難病の子どもを人質に取られ、ゲルマニア軍のスパイになっていたペーターセン少佐の事を思い出しつつ俺は頷いた。
「話に割りこんで悪いけど……」
不意にクリス大尉の声が無線に入った。
「そろそろ、ダンケルク上空にいるはずのブリタニア軍航空隊に警告メッセージを流した方がいいんじゃない?」
「そうだったな。クレア中尉、君が連続メッセージを流してくれないか。ブリタニア軍の無線周波数は……」
「把握しています。では、これより警告メッセージの送信に入ります」
無線が切れた。慌てて無線周波数を切り替えると、クレアの声がレシーバーに響いた。
「……ちら、リンデベルン傭兵部隊、ドラゴン飛行隊です。ダンケルク上空を制圧中のブリタニア軍航空隊に警告します。まもなく上空を飛ぶ航空機に対し、我々ドラゴンが遠距離攻撃を実施します。ブリタニア軍航空隊は直ちにダンケルク上空を離れ、待避してください。繰り返します……」
クレアの警告を聞き終えた俺は無線周波数を元に戻した。そこにノアの声が無線に響く。
「クリス大尉、警告は何分続けるおつもりです?」
「一〇分あれば充分でしょう。ダンケルク上空に友軍機がいなくなれば、やって来る敵はゲルマニアの飛行隊だけになります。そうなれば遠距離攻撃で敵機を掃討、やってくるドラゴンとのドッグファイトに移行できます」
「了解です。攻撃距離はいかほどです?」
「私とガイアは二万メートル先の敵機を捕捉、照準できます。彩夏少尉、あなたはどれほどです?」
「一五〇〇〇メートル程度です」
「なら、先に撃たせてもらうわね。ガイア、このまま先鋒を維持し、遠距離警戒。視野に敵機が入ったら、遠慮なく撃ちます」
「了解。今度は何機食えるかな?」
「ゲルマニア軍も全力で戦闘機を出してくるはず。油断は禁物よ」
「わかってるって」
無線が切れる中、俺は送信スイッチを入れた。




