□第七章──ダンケルク④
言われるまま視線を向けると、ダンケルクの街は炎と黒煙に包まれていた。
街一面が火の海と化し、轟々と炎が燃えさかっているのが見える。
黒煙の凄まじさは炎を上回る規模だった。低空の視界は最悪で、ほとんど何も見えない。俺は思わず顔をしかめた。
「ひどいですね。爆撃とドラゴンによる火焔攻撃ですか?」
「そうだ。特に爆撃が酷くてな、一〇〇機以上のJu88が来襲し、爆弾を投下していった。今は、それでも入港した貨客船と駆逐艦にブリタニア兵を収容しているところだ」
「じゃあ、暫くはここの制空権を守るのが肝ですね。それと、気をつけて下さい。敵ドラゴンが最低でも一頭、この空域かその周辺にいます」
編隊長の声が緊迫を増した。
「なんだと?」
「ドラゴンが現れたら我々が対処します。遠慮せず呼びだしてください」
「了解。とりあえず、港を守るため我々は上空を旋回する。君たちは自由に行動を続けてくれ」
「了解」
「健闘を祈る。以上だ」
無線が切れた。俺はノアとクレアを無線で素早く呼び出し、言った。
「聞いての通りだ、ノア、クレア。敵戦闘機、ドラゴン、爆撃機の再来襲に備え、こちらも警戒飛行を続ける」
「了解」
「了解」
二人の応答を聞きつつ、俺は周辺をあらためて見回した。上空から見ても至る所に黒煙と炎が上がっていた。この周辺に五〇万を超える将兵がひしめいているとはやはり驚きだ。
ノアからの無線はその時だった。
「彩夏、一〇時の方向、八キロほど先に何か見えたわ。高度は向こうの方が高い」
「了解」
俺はノアに言われるまま一〇時方向──自分を時計の文字盤に見立てた方向、左斜めを見た。高度が高いという事は、水平より上を見ることだ。
「見つけた。塩粒大の大きさ、急速拡大はないから接近していない。こちらと同方位に進んでいると見た。最大速度で追いかけるぞ。スロットル全開だ」
俺はラニウスのスロットルを全開した。
「ドラゴンが友軍──ブリタニア軍の可能性もある。レクチルに入ったからと言って発砲するな。国籍マークを確かめ、それから交戦に入る」
「了解。少し、時間がかかりそうね」
「そうだな。だが、友軍誤射──フレンドリー・ファイアをしたらこちらの信用に関わる。今は接近して、見定めるしかない」
「そうね。まどろっこしいけど、それしかない」
ノアの応答を聞きつつ、俺は歯を食いしばり、心の中の彩夏に語りかけた。
『この対応で正しいか、彩夏?』
(正しい。アルデンヌの時は敵が居る空域に突っこんだから遠距離射撃で正しかった。今度は乱戦だ。近距離戦になるから気をつけろよ)
『判ってる』
照準器内でごま粒ほどのドラゴンが一円玉大に拡大していた。先ほどと違い、接近方位の関係か国籍マークはまだ見えない。だがもう少しだ。
やがて国籍マークが見えてくる。
鉄十字、ゲルマニア軍のドラゴンだ。俺は無線に告げた。
「見えたぞ、鉄十字を確認。全頭射撃用意、火焔放射で一撃だ」
「了解」
「了解」
「三機同時斉射。五秒前からカウントダウン、ゼロで発射する」
「了解」
「了解」
「五、四、三、二、一、ゼロ」
無線に告げつつ、俺は火焔の発射ボタンを押した。
次の瞬間、三機のドラゴンから一斉に火焔が噴出される。顎門から火焔と轟音が轟き、一直線に向け敵ドラゴンを捉えた……と見えたその瞬間、ドラゴンの姿がかき消える。
なに?
アドレナリンの分泌が激しいからか、敵が何をしたか、一瞬のうちに俺には判った。俺は無線に怒鳴った。
「高速失速の変形だ。奴は下に逃げた」
「まさか!」
クレアの声が響く中、俺は無線に続けた。
「編隊を分散、下から来るぞ、気をつけろ!」
告げるやラダーペダルを蹴り、操縦桿を横に倒した。機体が四分の一横転し、そのまま下に向け一挙に降下する。
ノア、クレアもそれぞれの方法で機体を降下させていた。
数秒もしないうちに俺の仮説は的中した。鉄十字を主翼に描いた敵ドラゴンはロールを描きつつ上昇し、こちらとすれ違う。
「上昇反転だ、各個に撃て!」
俺は指示を出しつつ今度は操縦桿を三〇度の角度で引いた。
スロットルを全開しつつ、操縦桿をさらに引く。
ヘッド・アップ・ディスプレイが青く輝き、一頭のドラゴンに△のマークが追尾に入る。
革帽子内のブザー音が鳴り響き、俺は発射ボタンを押した。
高周波音と共に赤い焔が走り、敵ドラゴンに命中した。続いて、ノア、クレア機が放った赤い焔がドラゴンに命中する。
だが貫通ではない。八角形の青い光がドラゴンを覆い、弾着を食い止める。
ドラゴン特有のシールド効果だ。これを打ち破るにはより接近して撃たねばならぬ。
「もう一撃だ、接近しろ!」
「ヤー!」
ノアの声が無線に響き、ノアのエリキウスが加速した。続いてクレアのシュトリヒがそれに続く。
俺自身もスロットルを全開して加速をかけ、再び照準器の△マークに敵ドラゴンを捉えた。
「撃て!」
俺の声を合図に三頭のドラゴンが火焔を発した。
今度は、近い。
八角形の青いシールドがゆらぎ、オレンジ色から赤へと転じ、次の瞬間、破られる。
火焔が敵ドラゴンを直撃した瞬間、凄まじい咆哮が周囲を圧した。敵ドラゴンの両翼が砕け、そのまま錐もみとなって墜ちていく。
「やったわ!」
クレアの声が無線に響き、ノアが続く。
「デンマーク戦以来ね、撃墜は」
俺は思い出した。あの時はノアのドラゴンと組んで一頭のドラゴンを仕留め、代わりに危うく失明するところだったのだ。
その時、無線が入った。ガイア大尉の声が響く。
「三位一体でドラゴンを墜としたか。悪くないぞ、三人とも」
「私たちスペイン内戦の時はそうやって共同してドラゴンを墜としたわ。数を頼るのは正しい戦術よ」
クリス大尉の声が後に続く。
俺は周囲を見回し、三〇〇メートルほど高い高度に二機のドラゴンを見つけた。あの二人のドラゴンだ。
「クリス大尉、先ほど、ドラゴン三頭と交戦中と無線にありましたが……」
「三頭とも撃墜したわ。それよりダンケルク港の様子は見た、彩夏?」
「見ました。黒煙が一面立ちこめていて、爆撃の痕も激しい。かなりやられてますね」
「そう。こちらが到着したときには既に手の打ちようがなかったわ。敵爆撃隊とドラゴンは帰還済み、あなたたちが墜としたドラゴンが当面最後の敵ドラゴンでしょう。どうします、いったん基地に戻りますか?」




