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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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□第七章──ダンケルク②

 やがて時計の針が一二時三〇分を示す。俺は立ち上がるとドアを開け、食堂に向かった。

 多くの隊員たちが給養員から昼食を受け取り、席に向かっていくのが見えた。

 俺はトレイを取り、列に並びつつ、周囲を見回した。ノアとクレアの姿を見つけ出そうとするが、周囲の大半は男性隊員たちだった。


 その時、よく通る声が食堂に響いた。

「彩夏、こっちだよ」

 声のした方を見ると、車椅子のニールスが一足先に席に着き、手を振っていた。俺は軽く左手を挙げて応じると、給養員から昼飯を受け取った。


 メニューはミラノ風リゾットとパン、スープ、それにコーヒーだった。そのままニールスのいる席に向かうとノアとクレアに合流できた。

 そのまま無言で、俺はニールスが確保した席についた。ノアとクレアもそれに続く。

「これでいつもどおりだね、彩夏」


「ああ。しかし、ニールスはこれでいいのか? お前の能力を生かすなら、参謀本部付きになって動いた方がよくはないか?」

「いや、前線の様子が分からないと作戦の助言もできないし、僕はここがいいと思っている」

 応じつつ、ニールスはスプーンでイタリア料理のリゾットをすくい、一口頬張った。


「美味い……やはり女将さんの料理はひと味違うね。基地の味気ない昼飯とはやはり違うよ」

 その言葉を合図に俺たちは昼食を取り始めた。

 ニールスが言ったとおり、普段基地で取る昼食とはワンランク上の飯が目の前にあった。


 日本ならリゾットのみが出て来る食事だろうが、イタリアではパンが主食でリゾットは野菜料理扱いだ。パンを食べつつコメを食べる感覚は日本で過ごした日々とは異なる感覚を俺に与えた。欧州では、コメは主食ではなく、野菜なのだ。


「これで食事の心配はせずに済みそうね。問題は、ここからフランスへの出撃がいつになるかだけど……」

 ノアの声にニールスが応じる。

「BEF──ブリタニア海外派遣軍の反撃は恐らく五日以内に始まるから、その結果次第だね。チャーチル首相が撤退を決め、ダンケルクにBEFが移動してからが、彩夏たちの本番だよ」


「それまでは機体の整備と模擬空戦による戦技向上だな。とはいえ、この段階で根を詰めすぎると肝心の本番時に疲れて戦えなくなるから……」

「ほどほどにこなして、練度を落とさないのが基本ですよ、彩夏さん」

「判ってるよ」


 重要なのは、本番──実戦で力を発揮することだ。その前に消耗しては何にもならない。

「今日はこれで解散しよう。別命あるまで各員は部屋に引き上げ、身体を休めること。いいな」

 全員が頷き、昼食はそれで散開になった。


 それから五日後──。

 一九四〇年六月五日。

 ニールスが度々口にしていたゲルマニア軍に対するBEFの反撃が始まった。 


 俺が元いた世界であったアラスの戦いが始まり、ブリタニア軍はゲルマニア軍の包囲突破を企図し、フランス北部にあるアラスに攻撃を指向した。

 指揮官はブリタニア陸軍第五歩兵師団師団長ハロルド・フランクリン少将。


 元いた世界同様、これに第五〇ノーザンブリア歩兵師団が加わり、第一機甲旅団戦車七四両、フランス軍戦車六〇両が支援を行った。

 この戦いは最終的に戦車一三四両と一五〇〇〇名の歩兵が攻撃に加わり、BEFが仕掛けた最大の攻撃になった。


 俺が元いた世界と異なるのは、これにドラゴンが加わったことだ。

 ブリタニア軍一頭、フランス軍一頭が攻撃支援にあたり、エルヴィン・ロンメル少将指揮下の第七装甲師団のドラゴン一頭と激突した。


 戦いは激戦となり、両軍共にドラゴン攻撃により一〇〇〇名単位の戦死者を出し、一時はブリタニア軍が優勢に立った。

 戦局を変えたのはまたしてもドラゴンだった。


 ルフトヴァッフェ──ドイツ空軍が有するドラゴン三頭が戦闘に加わり、急降下爆撃機──Ju87シュトゥーカと88ミリ高射砲の活躍によりフランクリン少将の攻撃は失敗した。

 しかし、一〇〇〇名単位の戦死者と四三両の戦車を喪った事は、ヒトラーとOKW──国防軍最高司令部を大いに動揺させた。


 彼らはこれ以上の損害を避ける為、ドーヴァー海峡沿岸で指揮下にある装甲部隊を停止させる決定を下したのである。


 ベルリン郊外のヴュンスドルフにあるOKH──ゲルマニア陸軍総司令部の地下ブンカーでは、参謀総長エーリッヒ・フォン・マンシュタイン大将が憮然とした面持ちで書類に眼を通していた。

 そこへ副官が耳元でそっと囁いた。


「あの御方──アルベルト・マッケンゼン大佐がOKWからお越しです。いかがされますか?」

 渋面のマンシュタインはその面持ちを崩さぬまま応じた。

「通したまえ。OKWで何があったのか、こちらとしても掌握する必要があるからな」

「はい」


 副官はドアを開け、そっと閉じつつその場を後にした。三〇秒ほどしてからドアがノックされ、そっと開かれる。

「参謀総長、OKWよりマッケンゼン大佐、出頭致しました」


 マンシュタインにそう告げたのは、見た目五〇歳、いや、六〇歳に届こうとする容姿を持つ老大佐だった。マンシュタインは発言を促した。

「ご苦労、マッケンゼン大佐。早速質問になるが、OKWで何が起こったのかね?」


「いつものドタバタ騒ぎです。第七装甲師団、ロンメル少将の損害にヒムラーがパニックになり、それが総統に感染し、ラカイテルが『総統の仰るとおりだ』と追従を並べ立て、装甲部隊の進撃停止を進言」


「もう一押しあったのではないか? 普段なら、ある程度冷静を取り戻した総統がカイテルの追従を一度ははね除け、再検討を命じるはずだ」

「今回は間が悪いことに、ゲーリング空軍元帥がその場にいました。そこで、陸軍が動けぬなら、空軍が全戦力を投じ、ダンケルクへの撤退を図るブリタニア軍を空から撃滅してみせると……」


「それに喝采、賛同をしたのが……」

「ヒムラーとカイテルです。それで、ダンケルクに撤退しつつあるブリタニア軍は、ドイツ空軍とドラゴンが全力を挙げ、撃滅するという命令が総統から発せられたのです。ゲーリングは満面の笑みを浮かべ、攻撃成功を総統に確約、すべてが決まってしまいました」


 諦めたようにマンシュタインはため息をついた。

「なるほど……君の手で何とかできる範囲を超えてしまったというわけか」

「面目次第もございません。可能な限り、マンシュタイン大将の意向を通すのが任務でありますのに……」


「今回はしかたがあるまい。躁鬱気質のゲーリングが、躁状態で繰り出す弁舌に対抗できる者はいないからな」

「はい」


「これからも連絡将校として、私を補佐して欲しい。総統に対する厳しい作戦指摘や苦言も、君を通すとなぜか通ってしまうからな。こちらとしては本当に助かっている」

「過分な御言葉、ありがとうございます。こちらこそ、作戦の天才であられるマンシュタイン大将にお仕えできて光栄です」


「君の尽力にあらためて感謝する。また会おう、マッケンゼン大佐」

「はい。必ず」

 ナチ式ではなく、旧い伝統的な敬礼と答礼が反復され、マッケンゼン大佐は退室した。靴音が遠ざかっていくのに耳を澄ませた副官は、ほっとため息をついた。


「総統付き特別連絡官、アルベルト・フォン・マッケンゼン大佐……いったい何者なんでしょうね」

 マッケンゼンは、ポーランド戦開始直前に現れ、ヒトラーからOKWとOKHの直接特別連絡官へと任命された曰く付きの人物だった。


 当初は前大戦において軍司令官として活躍したアウグスト・フォン・マッケンゼン元帥との関連が噂されたが、当人によって否定されている。

 ともあれ、彼を通すとヒトラーへの苦言も通ってしまう事が多いので、マンシュタイン参謀総長にとっては使い勝手のいい人物だった。


「今回の停止命令は、ある意味やむを得まい。あとは空軍──ゲーリングがどこまで約束を履行してくれるかにかかっているが……」

「グデーリアン将軍隷下の第一九装甲軍団をダンケルクに突入させれば一撃で結着がついたでしょうに……なんともやるせないですね」


「最後は空軍に華を持たせるという総統の御意向もあるのだろう。今回は見守るしかない」

 それが討議の結論になった。マンシュタインは書類を閉じると小さなため息と共に部屋を後にした。

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