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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第六章──帰還とネームド⑦

 俺たちは二人を案内し、自機が置かれている区画に来た。俺、ノア、クレアのスピットファイアマークⅤが置かれている場所に入る。

「右から順番に、彩夏、ノア、クレアの機体になります」


 そう言って俺は各機のパーソナルマークを紹介した。

「彩夏機がモズ、ノア機がハリネズミ、クレア機がコウノトリです」

 紹介し終えた俺に微笑みつつ、両大尉は興味深げにパーソナルマークを見た。マクリーン大尉が興味深げに


「ふーん……これはまた達筆ね。見事なアートです」

 テルーズ大尉が後を引き取る。

「モズ、ハリネズミ、コウノトリ。ひょっとしてそれが君たちのパーソナルネームか」


「はい。それぞれのドラゴン・パーソナルネームをマークに変換しました。ドラゴンの名の絵と同じなので覚えやすいのが長所です」

 テルーズ大尉がぽつりとつぶやいた。


「ドイツ語やラテン語の素養があれば、そうだろうな。俺たち二人は異世界転移組でな、二人そろって一六世紀のブリタニアから二〇世紀のリンデベルンに飛ばされたんだ」

「おいくつの時だったんですか?」


「二人そろって二二歳の時だった。ドラゴンナイトになって、それから七年かけて各種の言語と習慣を学び、二〇世紀に適合していった」

「大変でしたね」


「そりゃ、四〇〇年のギャップがあるんだぞ。食生活も文化も衣類も何もかも違った。ギャップを乗り越え、生活習慣や傭兵軍の立ち振る舞いを身につけるまでは地獄だったよな、クリス」

「そうね……まあ、私たちの話は兎も角、パーソナルアートの話に戻します。次は私たちのを見て」

 そう言ってマクリーン大尉は別の区画に俺たちを案内した。


 二機のスピットファイアマークⅤが駐機されており、コクピット下の胴体にアートが描かれていた。

 マクリーン大尉が続ける。

「私のパーソナルアートは、スパロー──スズメ。ガイアのはオルカ──シャチです」


 キーガー伍長の描いたアートには一段落ちるが、それでもかなり上手なアートが機体を飾っていた。特にテルーズ大尉のシャチは、荒々しさの中に獰猛さが描かれ、印象に残るものだった。

 テルーズ大尉が後を引き取った。

「さてと……本題はここからだ」


 二人の大尉は視線を交わし、クリスティーナ・マクリーン大尉が口を開いた。

「こうしてお互いのパーソナルアートを見せ合ったのです。そろそろ、姓で呼ぶのはやめてファーストネームで呼び合わない?」

 虚を衝かれた俺は思わず声を張り上げた。


「え? いいんですか、大尉殿?」

「ドラゴンナイトはまだ数が少ない。言ってみれば小さな家族集団みたいなものよ。家族は名前で呼び合うものでしょ?」

 俺たちは顔を見合わせ、うなずき合った。


「大尉殿がよろしいと仰るなら、今後そうさせてもらいます。私たちのファーストネームは……」

 俺は一歩前に出た。

「彩夏と言います」

 続いてノアが一歩前に出た。


「ノアです」

 最後にクレアが一歩前に出た。

「クレアです」


 それに返すようにマクリーン大尉が一歩前に出た。

「クリスです」

 続いてテルーズ大尉が一歩前に出た。

「ガイアだ。よろしくな、三人とも」


 続いてクリス大尉が後を引き取った。

「今後の任務では、互いにファーストネームで呼び合いましょう。彩夏少尉、ノア少尉、クレア中尉」

「よろしくお願いします」


「お願いします」

「お願いします」

「それではここで解散とします。三人とも、また会いましょう」

 三人そろって頭を下げる俺たちを前に、クリス、ガイア両大尉は靴音高く去っていった。


 見送った俺たちはその影が消えたところでノアが大きくため息をついた。

「ああっ、まさかネームドとファーストネームで呼び合うなんて」

「私はスペイン内戦時代、一時的にファーストネーム扱いだったわ。内戦が終わったら元に戻ったけど」

「そういう暫定的なケースもあるのね。今回もそうだといいけど」


 クレアが伺うようにノアを見た。

「ファーストネームで呼ぶのが、嫌なの?」

「立場と距離感が違いすぎて、ピンと来ないのよ。しかも相手は大尉、階級が違いすぎるわ」

 俺は思わず口を差し挟んだ。


「向こうがそれでいいと言ってるんだから、いいじゃないか。それに、日本人の俺から見たらファーストネームの方が呼びやすい」

「なんで?」


「呼び名が短いからな。お前のニールセン、なんて苗字、十回繰り返して呼んだら舌を噛みそうだ。それがノアだとたったの四文字だ」

「呑気でいいわねえ、日本人って」

 その時、不意にスピーカーが音声を発した。


「一七〇〇より次期作戦に関するシャール少佐の訓示がある。すべての所属隊員は一六五〇までに講堂に集合しろ。繰り返す……」

 俺たちは顔を見合わせた。

「次期作戦の訓示か……来るべきものが来たな」


 俺の声にノアが応じる。

「そうね。内容は判っていても、正式に命令になると……」

「一段、階段を上がった気持ちですね」

 クレアが後を引き取り、時計を見た。一六五〇まで二〇分ほどだった。



 ──二〇分後。

 講堂は隊員たちですし詰めになっていた。だれもが次の赴任地がどこか噂し合い、私語が続いている。

 それでも一七〇〇ぴったりになったら一斉に私語が止まった。俺たちは相変わらず講堂の隅に陣取っていた。


 壇上にシャール少佐が赴くと同時に、副官の声が響く。

「総員、傾聴!」

 静まりかえる講堂内にシャール少佐の声が続いた。


「まずは、朗報だ。フランス軍を首になった諸君、新たな雇用主が現れた。それは、言わずと知れたブリタニア軍である。今度の要望は、大陸からブリタニア軍が撤退するにあたり、彼らの撤退を上空から援護、ゲルマニア軍を寄せ付けないことだ」

 少佐は続けた。


「現在、BEF──ブリタニア海外派遣軍がゲルマニア軍に対し反撃準備を進めているが、恐らくその反撃は限定的な成功に留まるだろう。その結果、ブリタニア首相ウィンストン・チャーチルと参謀本部は、大陸からBEFを引き上げ、本国への帰還を命じるはずだ」


「だが、ゲルマニア軍がそれを安々と見のがすだろうか? 否。あらゆる手段を持ってこれを阻止、撤退するBEFを殲滅、もしくは捕虜にするため全力を尽くす。我々はこれを阻止、彼らの撤退を成功裏に導くのが任務である」

 いったん言葉を切った少佐は俺たちに視線を向けた。


「これらの想定は、アルデンヌ侵攻を的中させた戦略学博士ニールス・ニールセン博士と、リンデベルン参謀本部によって導き出された。よって的中の確度は極めて高い。任務はBEFの反撃、撤退を見届けるところから始まり、ゲルマニア軍の作戦行動を阻止、BEFのフランス撤退を支援する等、多岐にわたるが、君たちにはこれらを充分にこなせる力量があると私は信じている」


「ブリタニアに対する部隊移動は、明日、すなわち一九四〇年五月三一日〇八〇〇──午前八時より開始される。総員、準備に入れ。以上だ!」

 訓示の終わりと共に飛行士たちが講堂を出て行く。


 俺たちは追加命令があるかと二分ほどその場に留まったが、どうやら今回は追加はないようだ。

「明日、八時か」

 俺は呟くとニールスを含む四人で再びみつばち広間に戻り、夕食を取ると決めた。


 同じ事を考える者が多かったようで、店はいつにも増して混んでおり、料理が出て来るまで三〇分以上待たされた。

 それでも明日から始まるブリタニア行きを考えればたいした話ではない。


 ブリタニアの料理で食えるものといえば、下層階級はフィッシュアンドチップス、上流階級ではローストビーフくらいしかない。それくらい不味い食文化の国なのだから、最後の晩餐をみつばち広場で満喫する考えはだれでも考える常識的な話だ。

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