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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第六章──帰還とネームド⑤

「あとは、ゲルマニア装甲師団がカレーやダンケルクに到達する前、BEFの反撃があるかどうかよね。こちらの参謀本部には上申済みだから、本国経由で今ごろはブリタニア本国の参謀本部でBEFにどういう命令を出すか議論が始まっている事でしょう」


 オイラー大尉の声に俺は乾いた声で返した。

「どちらにしろ、一週間以内に決めてもらわないと反撃の機会を喪うでしょうね。ニールスはどう思う?」

 車椅子のニールスはその場で肩をすくめて見せた。

「オイラー大尉と彩夏の言う通りだね。付け加える事は何もないよ」


「そうか……やっぱりフランス軍では、どうにもならないだろうな」

「ベルギー北部の戦闘に主力部隊を注ぎこんだ段階で、マンシュタインの張った罠に落ちたのがフランス軍だからね。作戦の失敗は戦術じゃ取り戻せないし、その戦術も制空権でゲルマニアがフランスを圧倒している。もうどうにもできないよ」


 ある意味、開戦からも三日で勝敗が決まってしまったとも言える。残りはBEF──ブリタニア海外派遣軍がどこまで気骨を見せ、ロンメルに対抗するかだ。


 その頃、ラインハルト・ハイドリヒは──。

「まずは乾杯だ、諸君」


 講堂で彼──ハイドリヒは飛行服のままグラスを手に取った。

「明日も出撃があるため、アルコールの摂取は禁止。遺憾ながら英語で言うノンアルコールシャンパンでの乾杯になるが、地上部隊から救援感謝の電報が届いた。我々武装SS空軍が援軍に駆け付けた事により、敵ドラゴンを追い払えたことに感謝を伝える電文だ」


 彼の目の前には五〇名を超える飛行服のSS隊員たちが整列していた。ハイドリヒは続けた。

「特に、単機で敵ドラゴン三機を追撃したユリア・ベルトラムSS中尉に深く感謝する。地上部隊の損害が装甲二個連隊で済んだのも君の功績によるところが大きい」


 ハイドリヒはグラスを掲げ、叫んだ。

「今日の勝利に乾杯!」

 同時にノンアルのシャンパンを一気に飲み干す。部下たちがそれに習い、グラスを飲み干した。

「あとは無礼講だ。解散時刻まで好きに楽しむがいい」


 ハイドリヒの科白に歓声を上げたSS空軍諸兵たちは、立食形式で用意されたご馳走に次々と群がっていく。苦笑して見守るハイドリヒに、ユリア・ベルトラムSS空軍中尉が駆け寄り、会釈をする。

「お褒めの言葉、ありがとうございます、大佐」


「なに……ベルトラム君はよくやったよ。敵ドラゴン三機を追撃し、結果的には見事戦場空域から追い払ったのだから」

「敵はファイアブラストを使いきっておりました。運が良かったのです」


「ブラスト回復後に敵が逆襲に転じなかったのは、君の執念の賜だ。後続を警戒、待避したとの見解もあるが、敵にそうさせたのは君の追撃があればこそだよ、中尉」

「はい、大佐」


「明日もアルデンヌ上空を制空する重要任務だ。今のところ、我々SS空軍は君のドラゴンが唯一の存在だ。後続が育つまで、何とか前線を支えて欲しい」

「はい。大佐の御言葉を深く胸に刻み、今後も全身全霊を賭けて戦うことを誓います」

「うむ。下がっていい。君もバイキングを楽しみたまえ」


「はい。これよりベルトラムはバイキングに突入します。それでは失礼します」

 身を正し、回れ右した中尉は、男たちが次々と立食を平らげる中に入り、負けじと料理を食べ始めた。

 ハイドリヒは、薄笑いを浮かべ、その光景を見つめた。

 イノシシの群れを見守る狩人のような表情だった。



 アルデンヌ爆撃戦から三日が経った。

 一九四〇年五月三〇日、ガムラン将軍が最後の天然の障壁として希望を託した広大なムーズ川も、ゲルマニア軍は豊富な渡河器材を準備、戦車の通行が可能になる大架設橋を複数建設、その上を戦車軍団が通過していった。


 ある意味、戦局はこの時に決まったと言っていい。フランス軍が僅かな兵力しか置いてないアルデンヌ方面はゲルマニア装甲師団によって蹂躙され、要衝セダンもあっけなく陥落、装甲師団はドーヴァー海峡に向け進撃を続けていた。

「ここまでは、ある意味予定調和と言えるけど……」


 リンデベルン・ゼーレン基地に帰還した俺たち四人は「みつばち広間」で昼食を取っていた。俺は続けた。

「問題は、BEF──ブリタニア海外派遣軍の反撃がいつになるかだよな。機会を逃すと、ゲルマニアの装甲部隊はカレーとダンケルクを制圧してしまう」


「その辺は……」

 郷土料理のブラートヴルスト──特大の焼ソーセージにナイフを入れつつ、ニールスが応じた。

「ブリタニアの参謀本部も考えていて、既に命令が下りているらしいよ。部隊名や指揮官は判らないけど、反撃命令は出ているらしい」


「その辺の情報って……」

 俺は焼きソーセージにフォークを突き立てつつ、続けた。

「オイラー大尉経由なわけ?」


 俺の問いにニールスが応じる。

「うん。一日一回の割合で大尉が進捗を伝えてくれる。だから僕らもこうしてゆっくり食事ができるわけ」

「私たちが動くのは……」

 ノアが焼きソーセージを切りつつ続けた。


「BEFの反撃が始まってからなの? それともその前?」

「私もその辺は気になるわ。派遣先がブリタニアになるって話もあるけど……」

 と、クレアが後を引き取り、スープを啜る。

「ああ、その辺は……」


 横合いから来た声に俺たちは視線を向けた。

 トレイを片付けつつテーブルを拭くゾマー女将の声が続く。

「ブリタニアで本決まりだね。お蔭でこっちも大忙しだよ」

「女将さん、どういうことです?」


 俺の疑問にゾマー女将はあっさりと返した。

「あんたらの部隊移動にあたしの店も一緒について行くってことさ」

「なんですって?」


 珍しくノアが素っ頓狂な声を張り上げた。

「どういうことなんです、女将さん?」

 落ち着きの中に動揺が混じるクレアの声に女将はにんまり微笑んだ。


「あんたら、ブリタニアはメシが不味いって話、一度は聞いた事があるだろ。先日、参謀本部のオイラー大尉がやってきてね、ブリタニアに展開する臨時基地内に食堂を開いて欲しいって依頼があったのさ」

「その間、みつばち広間はどうなるんです?」


 俺の疑問に女将はあっさりと応じた。

「暫くの間は、店じまいだね。フランス戦の結着がつくまでは臨時休業さ」

「でも、オイラー大尉はどうしてそんな依頼を……」


 クレアの声にゾマー女将は微かな笑い声を立てた。

「そりゃ、メシが不味ければ将兵の士気にも関るからさ。ブリタニアまで派遣で行って、毎日フィッシュアンドチップスだけ食わされて、戦えるかね?」


「戦えません」

「それで、みつばち広間をそのまま持っていこうという話ですか?」

「食材も一ヶ月準備で、先発隊はもうDC3で飛び立っているよ」

「じゃあ、俺たちのブリタニア派遣も本決まりという訳ですね」


「あんたらにも、今日、明日には命令が出て、ブリタニアに飛ぶことになるだろう。その前にうちのメシをたっぷり食べておくことだね」

「ブリタニアでの調理は、やはり味が落ちますか?」


「使っている水から違うからね。ブリタニアは作物がろくに取れず、主食はじゃがいもばかりだし、食材を使いきったらやはり味は落ちるよ。まあ、その辺は定期的にドラゴン空輸で何とかするつもりだけどね」

「大変ですね」


「その分、稼ぎもいいから充分にペイするのさ」

 そう言って女将はトレイを片付け、足早に去っていった。その後ろ姿を見つつ、ノアがぽつりと言った。

「命令が出る前に行き先が判っちゃったわね」

「ゾマーチーフが、正規軍より情報が速く届くと言うわけだ」

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