第六章──帰還とネームド④
「あなたが、黒田彩夏少尉?」
振り向くと、航空服を着た二十代半ば、男女の大尉が二人いた。
女性大尉は中肉中背、茶髪とグリーンの眼を持つ顔立ちのすらりとした美人だ。もう一人、男の大尉はガッチリとした体躯を持ち、頬に切り傷があるいかつい顔立ちだった。
俺は
「はい。自分が黒田彩夏少尉です」
女性大尉が微笑み返した。
「私はクリスティーナ・マクリーン大尉、隣に立つのはガイア・テルーズ大尉です。彩夏少尉、今朝方、アルデンヌでBf109を一〇〇機撃墜したというのは本当ですか?」
「俺だけの手柄じゃありません。三機編隊による共同撃墜戦果です」
「それでもたいしたものです。と、三機編隊のペアを組んでいるのはあの二人?」
見ると、ノアとクレアがナップザックを手にこちらに来ていた。
「彩夏」
「あら、そちらは?」
ノア、クレアの順で口を開いた二人は、マクリーン大尉の階級章に目を留め、敬礼した。
「失礼しました。ノア・ニールセン少尉です」
「クレア・クライン中尉です。お久しぶりです、両大尉殿」
答礼した二人は軽く苦笑を浮かべ、マクリーンが続けた。
「元気にしていましたか、クライン中尉?」
「おかげさまで、マクリーン大尉」
「知り合いか、クレア?」
俺の質問にクレアは、
「ええ。スペイン内戦時代にお二人とはいろいろあったのよ」
「そうでありますか。失礼しました」
身を正す俺にマクリーンは苦笑した。
「そう畏まらず、楽にして。ケッテ──三機編隊による共同撃墜一〇〇機は立派な戦果です。まずはおめでとうを言わせてもらうわ」
隣に立つガイア・テルーズ大尉が相好を崩した。
「ネームドへの道も一〇〇機から……と言う言葉があるくらいだ。共同撃墜とは言え、一度の出撃で一〇〇の壁を越えたのは大きいぞ」
前方から聞き覚えのある声がしたのはその時だ。
「クリス、ガイア、来てくれたのか」
声の主はシャール少佐だった。スピットファイアマークⅤから降りた少佐は懐かしそうに先を続けた。
「二人とも、会うのは半年ぶりだな。元気にやっていたか」
「本土防空の警戒アラート続きで、正直飽きが来ていたところですよ」
クリスティーナ・マクリーン大尉が応じ、ガイア大尉が後を引き取った。
「ゲルマニアが本格的にフランスに攻め入ったのを見て、防空警戒が一段階落ちたんですよ。それで今朝、こっちに回されたんです」
「まあ、フランス侵攻を本格的に始めたら、我が国にちょっかいを出す余裕はないからな。とにかく、歓迎するよ。二人ともよく来てくれた」
二人を引き連れるようにしてシャール少佐は士官室に通じる廊下に向かった。
残された俺たちは、クレアを囲んで質問攻めにする。ノアが乾いた声で言った。
「あの二人と、どういう関係なの、クレア?」
クレアは困ったような顔をちょっと浮かべ、応じた。
「個人的な付き合いはないのよ、本当に。ただ、スペイン内戦ではファイアブラストの直撃で目をやられるパイロットが続出して……」
「ああ、俺と同じだな」
「それをレスキューしてリンデベルンに運んだのが私だったわけ。二人も目をやられ、私がドラゴンで本国に運び、治療を受けた。そんな関係ね」
「二人とも失明せずに済んで、さぞ感謝されたでしょうね」
「まあ、それなりに……でも、あの人たち、腕は確かよ。確か、戦闘機の撃墜数は共に単独で一四〇機を超えているし、ネームドとしても知られている」
「ふーん……ともあれ、新たな戦力が加わったという点ではありがたい話かな」
「異動が一日前、昨日だったら、今朝の戦果はさらに増えていたでしょうね。そういう意味では配置を遅らせた上層部のミスね」
手厳しいノアに俺は苦笑した。
「そうは言っても、昨日の今日で俺たちとの連携を取るのは難しいだろ。編隊飛行や攻撃の連携、命令系統の再編も考えれば……」
「昨日来ても間に合わなかったというわけ?」
「でも、二人でロッテなら、どのみち俺たちとは編隊を組まずに飛んでいただろうな」
「そして対地攻撃もより戦果が上がったと……」
「その点を考えたら、一番悔しい思いをしているのはシャール少佐だろうな」
「そうね」
「というわけで……そろそろ自室で休息を取らないか。気が緩んだのか、眠気が押し寄せてきた」
「私もそうね。クレアは?」
「私も……部屋に戻ったらベッドに直行するわ。もうクタクタ」
「じゃあ、ここで解散しよう。夕方にはニールスも戻っているだろうから、積もる話はまたその時に……」
「そうね」
「それじゃ彩夏、また後で」
俺たちは散開になった。
二人は女性用宿舎に向かい、俺は男性用に向かった。廊下を通り、二階に上がり、自室に戻ると、そこは出撃前と同じ静寂さを保っていた。
俺は飛行服を脱ぎ、下着になり、そのままベッドに向かった。眠りに落ちる寸前、今日は彩夏と話してない事を思い出し、心の中で語りかける。
『おい、彩夏。聞こえているか?』
返事はなかった。俺同様、ファイアブラストの使いすぎで意識が……飛んでいるのかも……しれない。
暗黒が視野を覆い、俺はそのまま眠りに落ちた。
目覚めたのはそれから六時間後だった。
時計の針が四時を指しているのが視野に入る。ぼんやりと半身を起こした俺は、周囲を見回した。
いつもと変わらぬ、殺風景な室内がそこにあった。
俺は言葉に出して彩夏に対し呼びかけた。
「おい、彩夏。起きてるか?』
(ああ……そっちの起床と同時に目が醒めたが、まだ頭がぼうっとするよ)
「全力でファイアブラストを使った結果がこれだよな。空戦時も最後の余力を残しておかないと、えらいことになる」
(同感だ。とにかく着替えて、下に降りようぜ)
「判った」
俺は下着から制服に着替えるとロッカーを閉め、廊下に出た。
人通りはほとんどなく、そのまま一階に降りると、そこには日常の光景が広がっていた。廊下を下士官が歩き回り、それぞれ忙しそうに自分の仕事をこなしている。
格納庫に入ると、帰投したスピットファイアマークⅤがずらりと翼を並べ、整備兵たちがあれこれ話ながら整備を続けていた。
そこから誘導路に出た俺は、軽く深呼吸した。声をかけられたのはその時だ。
「彩夏?」
振り向くと車椅子のニールスと、その後ろにエルナ・オイラー大尉が立っていた。
「二人とも、戻っていたんですか」
「ええ。一〇分ほど前にね」
「俺たちの撤収から六時間ほど経ってますけど、それまでフランスにいたってことですか?」
「クビになったと言っても、情報収集の任務がありますからね」
「それで思い出した。俺たちを追い払ってフランス空軍が全力爆撃をするって話、結局どうなりました」
オイラー大尉は小さく肩をすくめて見せた。
「あの後、フランス空軍爆撃隊がアルデンヌの森を攻撃したけど、ゲルマニア側の戦闘機、ドラゴンに大半が撃墜され、失敗したわ」
「知ったのは無線傍受ですか?」
「それもあるし、パニックになったフランス空軍部隊が各所で出撃拒否を起こし、判明したわ。ガムラン将軍は第一波全滅にも関わらず第二次攻撃の命令を出したけど命令拒否に遭い……」
「結局、一機も出撃しなかったとか、そんな落ちですか?」
「誰でも自分の命は惜しいものよ。それも成功の見こみがない戦いに出撃しろと言われたら、抗命されてもしかたがない。結局、アルデンヌ上空の制空権はゲルマニア側が完全に掌握し、爆撃に成功したのは私たち傭兵部隊のみになったわ」
「こちらの出撃に合わせて、フランス空軍も全力出撃していたら、戦況は変わったかもしれませんね」
「そうね……歴史にIF……もし、は禁句だけど、最初の一撃に全てを賭け、渋滞のゲルマニア軍を奇襲攻撃すれば、戦局は大きく変わったでしょう」
俺は頷いた。
言わばフランス軍は、負けるべくして負けていくということか。この後、戦局が大きく動いてフランス軍が大逆転をする……という可能性は限りなくゼロになった。俺たちの進言を無視した時、ガムラン将軍は自ら勝利のチャンスを棄てたのだ。




