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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第六章──帰還とネームド③

「フランス軍が崩壊過程に入りつつあるのに、BEF──ドーヴァー海峡を越え、フランスに渡ってきたブリタニア軍に期待しろと?」

「少なくとも、現状のフランス軍より当てにはなるかと……」

 俺が元いた世界では、アラスの戦いがそれに当たる。


 英軍はドイツ軍の包囲突破を企図し、フランス北部にあるアラスに攻撃の重点を絞った。イギリス陸軍第五歩兵師団を中核に、七四輛の戦車と一五〇〇〇人の歩兵が攻撃に加わり、BEFが仕掛けた最大の攻撃になった。


 この攻撃は、結果的にエルヴィン・ロンメル指揮する第七装甲師団と88ミリ高射砲、ドイツ空軍の活躍により失敗するが、ヒトラーはイギリス軍の思わぬ反撃に驚き、ドーヴァー海峡沿岸で指揮下にある装甲部隊を停止させる決断につながった。


 このアレスの戦いがなければ、ドイツ軍の進撃は止まることなく続き、BEFと残フランス軍合わせて三〇数万名はダンケルク付近で降伏を余儀なくされていただろう。

 それはさておき、俺の進言にオイラー大尉は少し考える表情になった。

 それもほんの数秒だった。軽く頷くと


「確かに有力な一案です。BEFが反撃に出るまで、どれくらいの日数が必要か、想像できますか?」

 これは判っている。俺はさも自然らしくさりげなく応じた。

「フランス軍も一定の抵抗は見せるでしょうから、開戦から一〇日後ほどでしょう。すなわち──」

「一九四〇年六月三日前後、ですね」


 ニールスが後を引きずり、続けた。

「一〇日あればフランス空軍は制空権をほぼ失い、フランス上空を飛んでいるのは敵機ばかりでしょう。一つ、重要なのは、我々はこの戦いをあくまで静観するべきという視点です」


「それは、なぜ?」

「この戦いは、ブリタニア軍単独で攻勢に出て、一定の成果を挙げることに意味があるのです。我々傭兵軍の援軍で勝てた場合、意味合いが変わってしまいます」

「それだけ我々傭兵軍の負担が増してしまう、ということ?」


「当てにされすぎる、という事は、危険を伴います。今の派遣機数では、ブリタニアの要請に応じた結果、再出撃で全滅しかねません」

 オイラー大尉は微かにため息をついた。


「確かにそうね。現にあなたたちは三頭のドラゴンでBf109を一〇〇機撃墜した。運用を一つ間違えれば、同じ運命が傭兵戦闘機隊に訪れる」

 オイラー大尉の反応にニールスは微かな笑みを返し、言った。


「御理解戴けて幸いです。どちらにせよ、フランス軍をクビになった我々は、今度はブリタニア軍と雇用契約を結ぶことになるでしょうから、まずはそれを決めてからでしょう」

「ただちにブリタニア政府と連絡を取ります。ともあれ、アルデンヌの緒戦の大戦果を掲げて行けば、ブリタニア側も嫌とは言わないでしょう。戦果は最高の履歴書です」


「戦果が履歴書ですか」

「それが現実です。確たる実績こそ売りこみの糧なのです」

 一区切りついたところでシャール少佐が告げる。


「話もついたようだから、彩夏たちに命令を伝える。お前たちはそれぞれドラゴンと融合、ゼーレン基地に帰投しろ。帰投後は別命あるまで自由にしていい。ニールスは幕僚と共にオイラー大尉のドラゴンに乗りこみ、ゼーレン基地に戻る。以上だ」

「わかりました」


 敬礼と答礼が反復され、俺はニールスに

「じゃあ、また後でな、ニールス」

「うん」

 と軽く挨拶を交わすと士官室を出た。もちろん、ノア、クレアも一緒だ。俺は思わず二人に尋ねた。


「基地に戻ったらなにをしたい?」

「仮眠を取りたいわ」

「私もノアと同じ。ファイアブラストを使いきるまで戦うのがこれほど消耗するとは、予想外だったわ」

 クレアの声に俺は頷いた。


「そうだな。数時間も仮眠を取れば元気になるだろう。知らんけど」

「なに、その“知らんけど”って?」

 ノアがぽかんと応じた。

 俺は現代日本の慣用句をうっかり使ったことを悔いたが、とりあえず誤魔化すと決めた。


「日本の慣用句の一つだよ。自分の発言に確証がない時、断定を避けて曖昧にする慣用句」

「ふーん……日本語って変な所で曖昧なのね」

「まあ、日本の一部地方で使われている言葉遣いだからあまり気にする必要はないよ」


 その場をしのいだ俺は、格納庫に出る廊下を進み、気持ちを緩めた。そのままそれぞれ愛機に乗り込み、ナップザックを座席の後ろに放りこみ整備兵の助けを借りつつエンジンを始動、タキシングに入った。

 うっかりするとここでも睡魔が押し寄せるので、俺は精一杯目を開け、離陸に臨んだ。


 三分後には俺とノアたちのスピットファイアマークⅤは高度八〇〇メートルの高さにあった。俺は

「ラニウス・カム・ヒア」

 と、ドラゴンを召喚、そのまま融合態勢に入った。融合開始の声と共にスロットルを開き、ドラゴンの背に乗る形で融合を果たす。


 全身をスライムが這う感覚が終われば、あとは快適なドラゴンフライトだ。緊張を解いた俺はノアとクレアのドラゴンを視野に捉え、見つめ、そして驚いた。

「おい、二人とも」

 無線に呼びかけ、俺は続けた。


「ドラゴンの胴体に、それぞれパーソナルマークが浮き出ているぞ」

 俺の視野にはハリネズミとコウノトリ、ノアとクレアのパーソナルマークがそれぞれのドラゴン胴体にはっきり描かれていた。


「そうよ」

 ノアが応答し、続けた。

「そういう仕様なのよ。言わなかった?」

「初めて聞いた」


 先刻の出撃では前方に意識を集中しすぎ、僚機を眺める精神的余裕などなかった。今になって気がつくとはある種の失態に近い。

「この仕様があるから、誰かのドラゴンに乗り換えても融合すればパーソナルマークで識別がつくんです。ドラゴンの交換に便利な仕様なんですよ」


 クレアの声に俺はあらためて言葉を継いだ。

「いや、本当に驚いたよ。でも、ドラゴンにもパーソナルマークが出るってことは、敵に見分けられる危険もあるな」


「ネームド──敵味方問わず名の知られたドラゴンナイトは、常にその危険を背負って戦っているわ。私たちは今日、敵戦闘機を一〇〇機墜としたことで、その第一歩を歩んだのよ」

「そうか……」


 ノアの言葉に俺はあらためて本日の戦果を噛み締めた。地上目標の攻撃も含めれば、俺たち三人で少なくとも二〇〇名のゲルマニア軍人を殺したことになる。俺は背筋を伸ばし、操縦桿を握った。睡魔は完全に吹き飛んでいた。


 高度三〇〇〇メートルまで上昇した俺たちは編隊を組み、ゼーレン基地を目指し……四〇分後には着陸態勢に入っていた。

「融合解除」


 科白と共にラニウスとの融合が解除され、俺のスピットファイアマークⅤは着陸態勢に入った。スピットの着陸は実に素直で、容易だ。車輪が滑走路を捉えるや、スロットルを絞り速度を落とし、タキシングに入る。


 格納庫前にたどり着いた俺はエンジンを切った。ナップザックと共に機を降りると、ノアとクレアの機体もそれに続くのが見えた。

 二人がこっちに来るのをその場で待っていると、後ろから軽く肩を叩かれ、声がした。

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