第六章──帰還とネームド②
クレアにそう告げるとシャール少佐は俺たちにあらためて向き直った。
「ともあれ、今回の作戦成功は君たちのお蔭だ。戦隊は機体に燃料が入り次第、離陸しゼーレン基地を目指す」
「待って下さい」と、ノアが遮った。続ける。
「ニールスや幕僚たちの移動はどうされるおつもりです? DC3輸送機単体では、万が一敵と遭遇した場合、撃墜される恐れがあります」
「その件なら心配ない。DC3と融合したオイラー大尉のドラゴンが間もなく迎えに来る」
「大尉が……」
「大尉の用件は他にもある、彩夏とニールスに今後の戦局の進展を訊ねたいそうだ。参謀本部で出した結論と照合、検討するのが目的だ」
「判りました」
「とにかくそれまでゆっくり休め。お前たちは戦闘機一〇〇機撃墜、敵二個装甲連隊壊滅の大戦果を挙げたんだ」
「お心遣い、ありがとうございます」
少佐に例を言った俺たちは士官室を後にした。
「さて、これからどうする?」
俺の問いにノアが応じる。
「いったん私室に戻って、整理したいわ。私物をバックパックに詰めこんだり、やる事はいろいろあるし」
「私も同じね」
「僕も書きかけの論文や書籍の整理があるから、いったん部屋に戻るよ」
「判った。それじゃ、大尉が来たら呼び出しがあるだろうから、それぞれ自室の整理だ」
「賛成ね」
「同感」
「また後でね、彩夏」
ノア、クレア、ニールスの順で返事が返ってくる中、俺たちは散開した。それぞれ自室に向かう廊下に歩みを進める。
部屋に戻ると、そこは出撃前と何も変わっていなかった。
俺はロッカーを開け、バックパックを取り出すと衣類を詰めこみ始めた。護身用の拳銃は……ゼーレン基地に帰るのだから別にいいかと、バックパックの中に入れる。
それからニールス宛に吹き込んだ指輪を上の棚から取り出し、指にはめる。これから先、万が一俺が戦死しても指輪が残っていれば回収されることもあるだろう。
部屋の整理まで五分とかからなかった。
俺はベッドに倒れこんだ。
予想より遙かに疲れていた。
ドラゴンと融合、ファイアブラストをオーバーヒートさせるまで使い続けたのが影響しているのか、身体が鉛のように重かった。
恐らくノアとクレアも同じ状態だろう。
これ以上の出撃がないのが幸いだ。今、緊急出撃を命じられたら対応できるかどうか、自信はない。
次第に瞼が重くなり、一瞬そのまま眠りかけるが、慌てて目を開く。
身体を起こし、横にならず座るだけで待機すると決めた。
それでも数回、瞼が重くなったが、気力で耐えた。
苦行の時間が過ぎるうち、スピーカーが意味ある音声を発した。
「大尉が到着した。彩夏、ノア、クレア、ニールスは直ちに士官室へ出頭せよ。以上」
俺は立ち上がった。
考えて見ると航空服のままだったが、礼儀には反しておるまいとそのままの姿で廊下に出て歩みを進めた。
角を曲がったところで残りの三人と鉢合わせした。
思わず俺は、
「二人とも眠くならなかったか」
「危うく睡魔に意識を持って行かれる所だったわ」
「私もそう。最後は眠気を堪えるのに立っていたくらい」
「ほぼ同じだな。ファイアブラストを限界まで使いきるとああなると判ったのは、収穫だったよ」
「大変なんだね、三人とも」
ニールスの言葉が締めとなり、俺たちは士官室への扉をノックした。入れ、の声に合わせ、ドアを開け、
「彩夏、ノア、クレア、ニールス、御命令により出頭致しました」
と、身を正す。目の前の机の横には参謀本部付きのオイラー大尉が笑顔と共に待ち構えていた。
「御苦労様。三人とも、概算の戦果報告をシャール少佐から聞きました。実に見事な働きに感服しました」
「とんでもありません。全ては後続戦闘爆撃隊が無事爆弾投下に成功した故の戦果です」
俺の声にオイラー大尉は苦笑を返した。
「謙遜もほどほどにしておきなさい。それ以上言うと自慢になるわ」
俺は身を正し、口を開いた。
「申し訳ありません」
「早速用件に入らせてもらうわ。ニールセン博士、それに彩夏、戦況はこれからどう推移すると思う?」
一瞬、俺とニールスは視線を交わし合った。
ここ数日、食堂で暇を見つけてはニールスと交わし合った内容を話すと決める。
「アルデンヌ突破を許した以上、戦況は明らかにフランス軍不利に展開すると思われます」
「歩兵戦力、戦車台数、戦車の質においてフランス軍はゲルマニア軍を上回っているけど、それでも不利なのかしら」
「大尉の仰ることには真実の弾片が含まれています。しかしながら、今のゲルマニア軍のドクトリン──戦いにおける原理原則は、迅速な機動戦にあります。フランス軍の旧来的な防御ドクトリンではこれに対応できず、フランス軍は各地で敵戦車、ならびにドラゴン隊の攻撃を受け、撃破されて行くと考えます」
「制空権においても……」
今度はニールスが口を開いた。続ける。
「戦闘機の質の面でゲルマニア軍は有利です。彼らの装備するBf109に対し、対抗できるフランス製戦闘機は少数に限られており、しかも前線に積極投入されていません」
「砲兵隊の装備、数はフランス軍がゲルマニア軍の約二倍だけど、それでも駄目かしら?」
「それを補うのがゲルマニア空軍が装備する急降下爆撃機、Ju87シュトゥーカです。これらはいわゆる『空飛ぶ砲兵』としてフランス軍に精密爆撃を行い、砲兵の不利をシュトゥーカでカヴァーするものと考えられます。それに加え、ドラゴンの脅威も深刻です。今回、我々が挙げた戦果、Bf109一〇〇機以上の撃破も、これらの目標を戦車や装甲部隊に絞り実施していた場合、ほぼ同数の戦車、装甲車両の撃破が可能と考えられます」
俺の声に続き、ニールスが続く。
「戦況がこのまま進めば、ゲルマニア軍はセダンを通過後、フランス軍を分断、ベルギー方面を攻撃しているフランス主力部隊をそっくり包囲する形でカレー、ダンケルク以下、ドーヴァー海峡沿岸に到達するでしょう。作戦において、フランス軍は既に負けているのです」
「それがマンシュタイン将軍の作戦ね」
「はい。よって、フランス軍はゲルマニア軍の進撃速度に対応できず、最高司令部は事態の進捗に対応する時間なく指揮系統を破壊され、敗北するものと考えられます」
ニールスの落ち着いた声にオイラー大尉は小さなため息をついた。
「我がリンデベルン参謀本部も、ほぼ同様の結論を出しています。彼らの進撃を止める術はないのかしら?」
俺はその時、俺が元いた世界における戦史の知識を頭から引っ張り出していた。
俺は慎重に口を開いた。
「あるとすれば、フランス軍ではなくBEF──すなわちブリタニア海外派遣軍の戦いに期待する位でしょうか?」




