□第五章──アルデンヌ攻防戦⑤
八四機の友軍機が一斉に爆弾を落とす様は壮観だった。主翼から二発ずつ、計一六八発の二五〇ポンド爆弾が自由落下を開始する。
敵戦車の群れが恐慌状態に陥った。履帯を唸らせ、少しでも直撃を回避しようと死に物狂いの移動を始める。
が、遅かった。
二五〇ポンド爆弾が次々と爆発し、巻きこまれた戦車が轟音と共に粉砕される。爆弾の破片が周囲を鉄の暴風よろしくなぎ払い、随伴歩兵の群れが一斉になぎ倒される。
「爆撃成功! 以後は空戦に切り替え、敵Bf109を漸減せよ!」
シャール少佐の命令が無線に響き、降下から上昇に転じたスピットファイアマークⅤの群れが散開する。
俺、ノア、クレアが一〇〇機以上の敵機を撃墜したにも関わらず、Bf109は無限に湧いて出て来た。
この空域にいったい何機のBf109を投入したのか? 二〇〇、いや、三〇〇機を超すかも知れない。俺は照準器内に敵機を捉えるや、それが複数機に達するまでじっと耐えた。
△のレクチルが踊り、敵機を次々と追尾していく。ロックオンのブザーが飛行帽に鳴り響いた瞬間、ボタンを押す。
再び爆発が湧き起こる。粉微塵に粉砕された風防、主翼、胴体が爆発と共に空中に砕け散っていく。その瞬間、空中に恐慌が走った。
Bf109の群れが一斉に分散し、それぞれ個別に逃げ始めた。ドラゴンに対しては、コクピット命中を狙って撃てと命令されても、ここまで損害が出て更なる強行を望むのはパイロットの精神が持たないのだ。
潰走に入った敵機を唖然と見つめる俺を他所に不意にノアが無線を入れた。
「少佐、私たちドラゴンは対地攻撃で敵戦車を漸減したいのです。許可願います」
「いいだろう。とはいえ彩夏は対地攻撃の経験がないが大丈夫か」
不意にノアの声が割りこんだ。
「少佐、私が手本を見せます。彩夏、聞いているなら翼をバンクして応じて。大丈夫、やり方は空戦の時と同じよ。緩降下で地上目標を捉え、△のレクチルが目標を複数捉えたら、発射ボタンを押す。降下速度を上げ過ぎ、地面に激突しないのが注意点よ。やれるわね」
「ああ。イメージは掴めた。やってやるさ」
「了解。さあ、やるわよ」
ノアのドラゴン、エリキウスが降下し、俺もそれに続く。降下角度はせいぜい二五度、前方には戦車隊の一団が何とか前進するべくひしめいていた。
ノアから無線が入る。
「照準器内で三角が踊ってる……目標を捉えた。ファイア!」
次の瞬間、ノアのファイアブラストの光が敵戦車隊を包んだ。一瞬のうちに溶解したと思いや、次々と砲塔が爆発、炎上する。
「次はあなたよ。さあ!」
ノアの声に導かれるように俺は緩降下に入った。
降下角度二五度。目標距離六〇〇〇……五〇〇〇……四〇〇〇……△がそれぞれ目標を捉え、ブザー音が鳴る。
「ファイア!」
ラニウスが咆哮を発した……と思ったその時には、敵戦車隊は爆発していた。
そのどれもが砲塔を派手に吹き飛ばされ、宙高く舞った。後続車両も爆発に巻きこまれたのか炎上している。俺は思わず振り返り、呟いた。
「凄い……ドラゴンの前に戦車は無力だ」
偽らざる実感だった。
ある意味、Bf109を撃墜したときより心理的衝撃は凄かった。
戦闘機は一機に一名が乗るが、戦車は四、五名が乗りこんでいる。車長、砲手、装填手、運転士、無線士、全員が絶叫一つあげる間もなく死んだのだ。
それが七輛。
三五名の戦車兵を一撃で抹殺した。
悔いはなかった。
彼らはポーランド戦で五〇〇〇名のサミア人を殺した一人かもしれない。その可能性が一パーセントでもある限り、ゲルマニア人を殺す事に俺は罪悪感を感じなかった。
俺はドラゴンを反転させ、再攻撃の準備に入った。
手頃な目標を見つけ、多数の△が戦車を捉え、ブザー音が鳴ったところでボタンを押す。
何も起こらない。
ただ、ラニウスが顎門からプスリと小さな炎を吐いただけだ。間を置かずノアから無線が入る。
「潮時よ。ファイアブラストのオーバーヒート、次に撃てるようになるまで約二〇分かかる」
「判った。編隊を組んで離脱しよう」
クレアからの無線はその時だった。
「彩夏、ノア、新手よ。Bf109が五〇機以上、先頭にドラゴンがいる!」
「なに?」
俺は瞬いた。二時の方向に確かにBf109編隊を引き連れたドラゴンがいた。
味方、友軍じゃない。敵だ。
そのドラゴンの胴体、主翼にはゲルマニア軍の国籍マークたる鉄十字が描かれていた。間違いない。
「ノア、クレア、全速で逃げるぞ。スロットル全開!」
命じつつ、俺は八時方向に反転し、スロットルを開く。速度計の針が見る間に上がり、五〇〇キロを超えた。その間に無線でシャール少佐を呼び出す。
「少佐、新たな敵機、Bf109五〇機とドラゴンに遭遇しました」
「判った。お前等はその編隊を引きつけ、現空域を離脱しろ。ドラゴンがこっちに来たらスピットファイアマークⅤでは対抗できない」
「了解。こちらは方位二一〇に針路を取り、離脱します。その間に少佐は……」
「編隊を引き連れ、別方位に離脱する。後で会おう、彩夏」
「了解です」
少佐の了解を取り付けた俺はスロットルを全開した。とはいえ敵機に追撃の意志を喪わせては味方が危険だ。こちらに追いつけないと悟った敵がシャール少佐率いる編隊を攻撃するかも知れない。
「二人とも速度を六二〇キロにセットしろ。このまま奴らを引きつけつつ、現空域を離脱する!」
「了解」
「了解」
二人の応答が返る中、俺は後方を何度も振り返り、敵機との距離を測った。四〇〇〇メートル未満になったら敵はファイアブレストを浴びせるかも知れない。
前回のデンマーク戦では遠戦ではなく近距離戦で顔面にブラストを喰らい、危うく失明する所だった。
敵に撃たせず、あくまで適度に距離を取り時間を稼ぐのがこの作戦の鍵だ。
要は二〇分経過すればオーバーヒートが解消され、ファイアブラストが使えるようになる。そうなればドラゴン比は三対一となり、こちらが有利だ。
問題は敵がいつこちらの目論みに気がつくかだ。
そしてどう判断するか。
己の不利を悟り、諦め追撃を打ちきるか、その前に勝負をつけようとスロットル全開で距離を詰めるか。
俺は航空時計を見つめつつ、後ろを何度も振り返った。秒針が回り、時間が経過し、そして──。
敵ドラゴンは明らかに増速していた。
俺は無線に、
「二人とも速度を上げろ。奴はこっちの狙いに気がついた。仕掛けてくるぞ!」
俺はスロットルをさらに開き、速度を六四〇キロに設定した。
敵ドラゴンの顎門が赤輝したのはその時だった。
「全機、ブレイク!」
叫びつつ、ラダーペダルを蹴り、操縦桿を一方に倒す。
間一髪、敵のファイアブラストがラニウスの右端を通過した。回避機動を取らねば直撃を受けていた。
「彩夏!」
「あと四分です。四分あればこちらもファイアブラストが使えます」
クレアの冷静な声が無線に響き、俺は唇を舐めた。
喉の奧がカラカラだ。それでも冷静を装い、応答する。
「ありがとう、クレア。その調子で一分刻みでいいからカウントダウンを頼む」
「了解」




