□第五章──アルデンヌ攻防戦④
訓示の終わりと共に飛行士たちが講堂を出て行く。俺たちも続こうとしたが、シャール少佐に止められた。
「そこの四人、待て。追加命令がある」
「はい」
足を止めた俺たちは少佐に振り向いた。
「お前たちは最初からドラゴンと融合、爆弾は非搭載で行ってくれ。そして編隊に先んじて哨戒をし、敵機を発見次第……」
「交戦、撃墜ですね」
「飛行士たちにはああ言ったが、爆弾投下は可能な限り目標に対して実施したい。そのための時間を稼いでくれると助かる」
「判りました。ドラゴンナイトとして全力を尽くします」
敬礼と答礼が反復され、俺たちは格納庫に向かった。
そこから先は、食堂でノアが話した通りに展開した。整備兵たちが八四機のスピットファイアマークⅤに次々と爆弾を装着していき、飛行士たちはそれを見守り、やがてCAP──戦闘空中哨戒の機体が一〇機ほど引き出され、爆弾を搭載したまま次々と飛び立っていく。
編隊を組んだ彼らは基地上空を旋回し始めた。
そして〇八〇〇。
午前八時。
俺とノア、クレアは愛機スピットファイアマークⅤに乗りこみ、エンジンを始動した。タキシングを経て主滑走路に出、フラップを下ろしスロットルを開く。
ロールスロイスマーリンエンジンの轟音がコクピットに鳴り響く。離陸速度に達した瞬間、俺は操縦桿を引いた。
愛機は鮮やかに離陸した。バックミラーを覗くと、ノア、クレアの離陸も順調そうだ。
高度五〇〇メートルに到達し、俺は
「ラニウス・カム・ヒア」
と、命令を発した。数秒とかからず、前方七〇メートルにドラゴン──ラニウスが姿を現す。
「融合開始」
命じつつ、俺はスロットルを開く。七〇メートルの距離が一挙に詰まり、愛機とラニウスは融合した。スライムを思わせる粘性物質が肌を這う感覚があるが、今はもう慣れたものだ。
やや間を置き、俺は無線を開いた。
「ノア、クレア、ドラゴンと融合したか? 状況知らせ」
「こちらノア、問題なし」
「こちらクレア、問題なしよ」
「了解。三機並列編隊で、これより加速する。最大速度を出し、ゲルマニアの制空隊が既に存在しているならこれを攻撃、可能な限り敵機を墜とし、漸減する」
「こちらノア、了解」
「こちらクレア、了解」
「行くぞ。スロットルを開け」
応じるや、俺はスロットルを目一杯開いた。機速が見る間に上がり、六四〇キロを突破する。エンジンの爆音はほとんど聞こえない。ジェット旅客機の機内のようだ。
六六〇キロに達したところで俺はノアたちと戦術を協議した。
「クレア、敵機を発見次第、遠距離で攻撃する。その場合、ファイアブラストによる攻撃で問題ないか?」
「その攻撃で正しいわ。やり方は……」
「照準器近くの赤ランプが点滅、セレクターを切り替えれば機銃から顎門から噴出するファイアブラストに変更される。そうだな?」
「そうです。あとは照準器に複数浮かぶ△マークに敵を捕らえ、引き金を引けばいい」
「それでいったいどれくらいの敵機を墜とせる?」
「最大で三〇機は固いです。それに機銃を加えたら、スペイン内戦では四〇機近い敵機を撃墜した記録が残っているわ」
「今回もそれができれば三頭で一〇〇機以上の敵機を撃墜できるということか。やってやるさ」
俺は唇を舐めた。デンマーク戦の初陣で俺が撃墜した敵機は確か一二機だった。本当にドラゴンを使いこなせれば、その三倍以上のスコアが可能と言う事か。
背面から微かに響くジェット噴射音を環境音に、俺は索敵を続けた。
一〇秒……二〇秒……三〇秒。
一瞬、前方に小さな煌めきを見た気がした。
よく目を凝らすと、確かに何かいる。
ごま粒大の大きさを持つ飛翔体が真っ直ぐこちらに向かってきている。
「見つけた。二時の方角に敵機、数は八機だ!」
俺は照準器横に接地されたレバーを切り替え、
「ファイアブラスト」
そう宣言した。
照準器が青く輝き、八機の敵戦闘機に対し△のマークが踊り、それぞれ追尾に入る。
七機に△が重なった瞬間、革帽子に仕込まれた内蔵スピーカーのブザー音が鳴った。
ロックオンだ。必殺の念をこめ、俺は発射ボタンを押した。
一瞬の間を置き、ラニウスが咆哮を発した。
高周波音と同時に赤い光が真蒼を切り裂き、敵機の未来位置に向かう。少なく見積もって一万五〇〇〇メートル以上距離の離れた敵機と、ラニウスの放つブラストが交差、ほとんど同時に爆発する。
「私も見えたわ。攻撃開始!」
「私も!」
ノア、クレアの順に無線が交差し、エリキウスとシュトルヒが同時に咆哮を発した。
二つの火焔──はた目にはレーザービームに見えるそれが蒼穹を貫き、次の瞬間ごま粒大の敵機と交差する。
空中で爆発が連続して湧き起こった。真っ青な空に炎の塊が乱舞し、大地に向け落下する。
「その調子だ。見つけ次第、敵機を叩き落とせ!」
「ヤー!」
ノアの声が血に飢え、再び彼女のエリキウスが咆哮を発した。
深紅のビームを放ち蒼穹を駆け抜ける彼女のエリキウスはその名の通り、獰猛なハリネズミそのものだ。
再び空中で爆発が湧き起こる。七個の火球がバラバラになった機体の一部を振りまきつつ、大地に向け突入する。
その頃には敵機の大きさはごま粒大から一円玉ほどに拡大していた。照準器内に敵機の群れが浮かび、次々と突っこんで来る。
それを七つの△が追尾、次々とロックするやブザー音が鳴る。
俺は夢中でボタンを押す。ラニウスの顎門が赤輝し、レーザービームを思わせる細長い火焔が次々と発射される。
目標までの着弾は一瞬だった。Bf109が空中爆発し、バラバラになった機体の破片が大地に降り注ぐ。恐らく敵機のパイロットは死を感じる暇すらなかっただろう。
次の瞬間、五円玉ほどに拡大した敵機の群れが一斉に発砲した。
オレンジ色の砲火が閃き、ラニウスの周辺を次々と通過する。一瞬で俺たちと敵編隊はすれ違った。それでも前方にはまだまだBf109の群れが姿を現す。照準器内で△が踊り、ロックオンの音声を奏でた瞬間、再び発射ボタンを押した。
轟音と共にBf109が裂けた。今度はエンジン、胴体、主翼がそれぞれ分解、爆発する様まではっきり見える。
敵機の群れはまさに雄牛の暴走を思わせた。
僚機が撃墜されても怯まず突進する勇気に俺は怖気を震った。逃げてもただ撃墜されると判っているから突っこんで来るのだ。
そしてすれ違い様に魔力弾をこちらに叩きこみ、万に一つのコクピット直撃に命を賭ける。無謀な企てだがドラゴンに対しては唯一の有効な戦術なのだろう。
その時、俺は見た。
前方下方に何かが群れなして動いている。
それは渋滞にはまった戦車の群れだった。戦車以外にも装甲車の群れが狭い道を縫うように走り、蠢いている。
「見つけた。前方下方に目標を発見。この上空の制空権を獲得、友軍攻撃隊を支援する!」
俺は無線に怒鳴り、ラニウスを反転させた。高速でターンを決めたドラゴンはさらに敵機を狙う。すれ違い、生き延びた敵機の群れにファイアブラストを続け様に叩きこみ、空中で爆発が連続する。
前方から友軍機──スピットファイアマークⅤの群れが突っこんできたのはその時だった。俺は無線に叫んだ。
「爆弾投下だ。目標はすぐそこだ!」
「彩夏、ノア、クレア、よく持ちこたえた。後は俺たちの出番だ!」
無線にシャール少佐の声が響き、スピットファイアマークⅤが一斉に急降下を開始する。




