第四章──頑迷なるガムラン⑦
それからゼーレン基地に戻った俺たちは、DC3に乗りこみ、オイラー大尉のドラゴン、スアーゾルを召喚した。
「スアーゾル・カム・ヒア」
三〇秒と経たず、スアーゾルが前方七〇メートル上空を飛んでいた。俺は『融合開始』を宣言しつつそのままDC3を馬乗りにする形でスアーゾルに突っこませた。
融合に伴うスライムが全身を這う感覚が収まるとあとは快適なドラゴンフライトだ。スロットルを押して速度を開け、時速六四〇キロを保つ。そこでふと気がついた。
「なあ、このドラゴンは借り物だから試すわけにはいかないんで聞くんだが、DC3と融合したドラゴンの最大速度って何キロメートルなんだ?」
俺の質問にクレアが答えた。
「私は自分のシュトリヒで時速六四〇キロまで出した事があるわ」
「そりゃ凄い。DC3の最大速度は確か……」
「一八二キロ。ドラゴンと融合すれば、三・五倍の速さで飛ぶ事が出来るのよ」
「他の機体はどうだろう? 俺はドラゴンでスロットルを限界まで使った事がないんだ」
ノアが思い出しつつ口を開いた。
「私はスピットファイアマークⅤとエリキウスの組み合わせで時速七三〇キロまで出した事があるわ。戦闘機の場合、一〇〇キロ強スピードが上がる計算になるわね」
「ふーむ……やはりドラゴンは戦争の行方を根本的に変える兵器なんだな。これで対地攻撃まで出来るんだから、最強だな」
「それもあってゲルマニアでは、ドラゴンの事をヴィルトシュヴァイン──イノシシの別名でも呼んでいるわ」
「ふーん……」
俺は思い出した。
一九八〇年代から使われているアメリカの対地攻撃機A10サンダーボルトⅡの別名は、確かウォートホッグ──イボイノシシだった。どこでも似たような火力を持つモノには似た名前が付くんだな。
「そんな化物が一〇頭単位で激突するのがフランス戦になるわけか」
「そうね。これまでにない大激戦になると思うわ」
暫しの沈黙の後、フランスの臨時基地が視野の一画に捉えられた。俺はドラゴンを軽くバンクさせると「融合解除」を宣言した。
再びぬめりとした感触が肌を這い、DC3とオイラー大尉のドラゴン、スアーゾルが分離した。
あとはこのままDC3を着陸させるだけだ。滑走路が見えた。楽勝だ。
三分後にはDC3の主車輪が滑走路面を捉えていた。タキシングをしつつ駐機し、三人で格納庫に向け歩いていると、いきなり声をかけられた。
「彩夏少尉、キーガー伍長です」
振り向くと、ハンス・キーガー伍長がこちらに向け歩いていた。
「お三方の機体にパーソナルマークを描き終えました。御見聞をお願いします」
「ああ、ありがとう」
俺は気軽に声をかけると、ノアとクレアを伴い、キーガー伍長の案内に従って歩みを始めた。
二分ほど歩くと、俺たちの乗機──スピットファイアマークⅤが見えてきた。
思わず足が止まる。
垂直尾翼に描かれたパーソナルマークは見事な出来映えだった。
彩夏機に描かれたモズは今にも飛び立とうとする躍動感にあふれ、ノア機に描かれたハリネズミは、愛らしさと共に精悍さを伴っていた。クレア機に描かれたコウノトリは、羽ばたき、飛翔するほんの一瞬を見事に捉えたイラストだった。
「これは……」
「凄いわね。信じられない」
「私のイラストがこうなるなんて……感激です」
俺、ノア、クレアがそれぞれ感想を言う中、キーガー伍長は満足げな笑みを返した。
「喜んで戴いたようで、幸いです。私も久々に描き甲斐がありましたよ」
「ありがとう、キーガー伍長。三人を代表して、君に深く感謝する。何か、お礼をしたいんだが……」
「その御言葉だけで充分です。描いている間は緊張もしましたが、楽しい時間を過ごせました。こちらこそ、機会をお与え下さり感謝します」
「とにかく、感謝する、本当に」
「それではまた機会があれば」
敬礼と答礼が反復され、キーガー伍長は去っていった。三人それぞれその背を見送っている時、一方から声が響いた。
「約束通り、三時間で戻って来たわね、三人とも」
振り向くとオイラー大尉の姿がそこにあった。俺は素早く首にぶら下げたネックレスを外し、大尉に渡しつつ押えた口調で言った。
「スアーゾルをお貸し戴き、ありがとうございます、オイラー大尉」
「受け取りました。次はあなたたちが受け取る番です」
オイラー大尉はポケットから三つのネックレスを取り出した。青いルビーを思わせるネックレスの裏にはそれぞれ名前が刻んであり、俺たちは受け取った。
「先にも言ったけど、これは車のエンジン始動キーと同じです。決して無くしたり、盗まれたりしてはなりません。おのおの責任を以て管理するように」
「心に刻みます。シャール少佐との打合せは済んだのですか?」
「無事終わったからこそ、私がここに居るんです。今から整備兵たちは忙しくなります。DC3に搭載した二五〇ポンド爆弾の搬入があるからです」
大尉の言葉に応じるように双発輸送機の爆音が上空から響いてきた。
DC3が二十数機、上空を着陸待機しているのが判った。
「搬入時の整備兵たちを手伝おう、などと考えてはなりませんよ。パイロット、ドラゴンナイトは休むのも仕事のうちです。いいですね」
「はい、大尉」
「よろしい。じゃあ、私は今から参謀本部に帰ります。見送りは結構です」
そう告げると大尉は俺たちが先程まで乗っていたDC3に乗りこみ、鮮やかに離陸していく。やや、間を置いて、駐機場の隅に待機していたドラゴン、スアーゾルが羽根を広げ、垂直離陸に近い角度で上昇していった。
俺は小さなため息をつくと、二人にさも自然らしくさりげなく言った。
「さあ、いったんニールスの元に引き上げよう。お弁当を渡さないとね」
「そうね」
「休むのも仕事のうち、って本当の事ですからね。行きましょう」
三人そろって歩きつつ、宿舎に向かっている途中、頭の中で彩夏の声がした。
(理人、聞こえるか。彩夏だ)
歯を食いしばり、心の中の通話回路を入れた俺は返事をする。
『なんだい? 今日は模擬空戦の時も話さなかったし、何かあったのか?』
(ラインハルト・ハイドリヒについて、どういう訳か、その名は知っていてもなにをした男かの記憶がない……以前、ニールスにそう言っていたな?)
『そうだ。頭の中の図書館で、何か見つけたのか?』
(見つけた。結論から言う。奴は、大量虐殺者だ)
その瞬間、一切の物音が消失した。
『なんだって?』
大量虐殺者。
ハイドリヒが大量虐殺者だと?
ノアとクレアが女性区画に入っていくのを茫然と見送りつつ、俺はその場に立ち尽くしていた。




