□第四章──頑迷なるガムラン①
一九四〇年五月二五日。
俺たち傭兵団は、フランス、セダンの南西八〇キロ余にあるランス近郊、予備空軍基地に移動を完了していた。
朝から蒼天、快晴だ。気象魔法師ユーリアの予報は見事に的中した。
「本当に、見事なまでに晴れましたね」
格納庫から眺める光景、快晴そのものの空にシャール少佐も相づちを打つ。
「みつばち広間の魔女、健在と言う所だな」
「今日の予定はどうなります」
「お前はニールスを伴い、第三会議室に来てくれ。今後の展開を訊ねたい」
「判りました。ニールスを連れ、第三会議室に出頭します」
「頼むぞ」
俺はその場で踵を返すとニールスを呼びに行った。今の時間帯なら恐らく自室に待機しているはずだ。
一方その頃、パリ南東にあるヴァンセンヌ城塞では、西部戦線連合軍総司令官モーリス・ガムラン陸軍上級大将の下、参謀本部が慌ただしく活動を行っていた。
ひっきりなしに電話が鳴り、無線レシーバーを被った士官たちが交信を行っている。その様をじっと見つめているのはガムランその人だった。
参謀の一人が急ぎガムランの下に駆け寄ると、耳元で囁く。
「北部ベルギーで戦端が開かれました。ドラゴン、戦車、ゲルマニア空軍による総攻撃です、閣下」
「やはり奴らは、第二のシェリーフェンプランで対抗してきたか」
「現状ではそのように考えられます」
シェリーフェンプランとは一九世紀後半、ゲルマニア軍軍人であったアルフレート・フォン・シュリーフェンが立案、その後様々な修正を経て第一次欧州大戦の対フランス侵攻作戦において実施された作戦計画を指す。
この当時、フランスは、対ゲルマニア国境地帯に要塞網を構築し、防備に備えていた。これを躱す唯一の方法は中立国ベルギーを侵略、ベルギーを道路にした大規模迂回攻撃となる。その点から発想されたのがシェリーフェンプランだが、当時のゲルマニア陸軍部隊にはこれをこなすだけの機動力、突進力がなく、計画は失敗に終わった。
参謀が先を続ける。
「奴らはフランス、ゲルマニア国境にあるマジノ線を迂回、ベルギーとオランダに攻撃を集中させております」
「マジノ線についてはどうなっている?」
マジノ線とは、一九三〇年代のフランスがゲルマニアからの侵攻を抑える切り札として建設した巨大要塞線のことだ。
その要塞線の距離は七二〇キロ、完成までに投じられた金額は四億五〇〇〇万ドルに達し、当時のフランス陸軍大臣アンドレ・マジノの名を取ってマジノ線と呼ばれるようになった。
「積極攻撃ではなく、牽制攻撃に留めているようです。奴らも対ドラゴンペドンを大量に用いたここを、ドラゴンの攻撃で突破しようとは思わないのでしょう」
「最後の質問だ。マジノ線とベルギーの間にあるアルデンヌ方面はどうか?」
「至って静かです。予備部隊の報告では、ゲルマニアの偵察機一機、兵隊一人見かけないそうです」
最後の報告にガムランは嘲りの笑みを返した。
「これで判っただろ? ゲルマニア軍の重点形勢は北部ベルギーだ。我々もそれに対応、主力師団の大半をベルギー北部に送りこむ。それとリンデベルン参謀本部にこう打電しろ。『来た、見た、勝った』とな」
ガムランのメッセージを聞いた参謀たちは一斉に苦笑を浮かべた。
なぜなら──。
「来た、見た、勝った」とはな。
リンデベルン軍参謀本部では、アンリ・ギザン大将が苦虫を噛みつぶしたような顔でガムランからの電文を見つめていた。
オイラー大尉が肩をすくめた。
「ガムラン将軍は、カエサルにでもなったおつもりでしょうか?」
「来た、見た、勝った、とは、ラテン語の「Veni, vidi, vici」──ヴェニー、ウィーディー、ウィーキー──を指し、古代ローマの将軍ユリウス・カエサルが発した言葉として知られている。
紀元前四七年に勃発したゼラの戦いにおける電撃的な勝利をローマに知らせるために送った言葉だ。
この言葉は簡明かつ語感の良さから後世の軍人たちにも広く知られ、自分の作戦、見立てが正しく敵を打倒できた際にしばしば用いられていた。
「周りに冷静な参謀がいないのも理由の一つかもしれん。なにしろ、今のフランス陸軍参謀総長は、他ならぬガムラン将軍だからな。参謀長が最高司令官を兼任していては、異論は耳に届かないだろう」
「どうされます? 返電は?」
「まずは放っておこう。アルデンヌがどうなるか、それを最も良く知っているのはニールス博士と彩夏少尉だからな」
そう言ってギザン大将は苦いコーヒーを啜った。
ほぼ同時刻、フランス・ランス近郊にあるリンデベルン傭兵部隊臨時基地では、第三会議室でシャール少佐とニールス、彩夏の臨時会議が行われていた。
テーブルにはアルデンヌを中心としたベルギー、フランス間の地図が広げられ、討議が行われている。
シャール少佐はニールスに訊ねた。
「ゲルマニア軍はどこにいると思う? 初日からアルデンヌの森を抜けてくるのか?」
「攻勢一日目ですから、先鋒隊がルクセンブルクを通過、アルデンヌの森の東端に達した頃と思われます」
「文字通り、今日はまだ序盤ということか」
「だから偵察機の一機も姿を現さないんですよ」
俺はシャール少佐の言葉を引き継ぎつつ、指揮棒で地図をなぞった。
「敵戦車隊が本格的に姿を現すのは二日目の午後以後、さらに三日目の朝には、敵の大戦車軍団は一〇〇キロメートル単位で幹線道路を埋め尽くし、ムーズ川からアルデンヌまで渋滞が発生するでしょう」
シャール少佐の顔が曇りを増した。
「渋滞?」
「アルデンヌの森は戦車が通れると言っても、その道は狭く、油断するとたちまち渋滞が発生します。ましてや敵が戦車を大量投入するとなれば混乱も加速します」
「我々が攻撃をかけるのはその時、という訳か?」
俺は頷いた。
元いた世界では、この時ドイツ軍は装甲部隊の七割をここに集結させた結果、二五〇キロメートルにも及ぶ戦車、装甲車両の大渋滞が発生し、最大の危機を迎えていたのだ。
「それが事実なら……」
「はい。攻撃にうってつけの状況です。スピットファイアに爆弾は詰めますか?」
「仕様的にはマークVの後期型だから、二五〇ポンド──一一三キロ爆弾を二発積める」
「照準方法は? 爆撃照準機は非搭載でしょう」
その瞬間、彩夏の心の声が頭の中に響く。
(理人、その点は大丈夫、俺は訓練を受けている)
心の中の彩夏の存在に気がつかないシャール少佐は説明を続けた。
「戦闘機には爆撃照準器は非搭載だ。四〇〇〇メートル以上の高度から七〇度から八〇度の角度で急降下をして、光学照準器に目標に入れ、爆弾を落とす。この時気をつけなければいけないのは速度だ。スロットルを絞らないと引き起こしが出来ず、そのまま目標に激突する事になる。スピットファイアにエアブレーキはついてないからな」
「わかりました」
「ともあれ、今回持ってきた傭兵団の戦闘機は八四機。全機に爆装して攻撃すれば、九四九二キロの爆弾を上空から叩き込める」
「ただし、この時には敵も航空戦力、ドラゴンをベルギー、オランダから引き揚げ、セダン、アルデンヌ方面に大量投入してくるはずです」
「そこが決戦の場という事か」
「ここで食い止められねば、セダンは確実に陥落し、フランス・ブリタニア両軍主力は海沿いに追い詰められ、殲滅されます」
「ガムラン将軍に連絡……は、無駄か」
「無駄でしょう。マンシュタインの陽動に完全に引っかかっています。マジノ線と北部ベルギーの敵軍が主力と信じこんでいる」
ニールスが間の手を入れた。
「その認識が正されるのは、セダンにゲルマニア戦車軍団が現れた時です」
「セダン周辺を護るフランス軍の戦力は、ニールス?」
「予備師団が薄く広くバラ捲かれています。ドラゴンと戦車の突進には無力ですよ」
「その報告が入って、ようやく認識を改めたその時には」
「完全に手遅れです」
「我々の手でやるしかないってことか。ニールス、今日やれる事は……」
「何もありません。いや、あるとすれば、ゾマー商会に連絡を取り、二五〇ポンド爆弾をありったけ空輸するよう頼む事ですね」
「そちらの手配は任せろ。その間、お前等は休んでろ。CAP──戦闘空中哨戒担当以外、休める者は休んでおけ」
こうして俺たちは会議から解放された。
ゲルマニア軍を襲う交通渋滞についてシャール少佐に話せたのは収穫だが、それでも俺は多少の疲れを感じていた。気分転換も兼ねて、俺はニールスに話しかけた。
「これからどこへ行きたい?」
「食堂でコーヒーでも飲もうよ。まだ話し足りない所があるし」
話し足りない所……?
心の中に微かなざわつきを感じつつ、俺は車椅子を押してニールスと食堂に入った。




