□第三章──侵攻日の予測⑤
「結局、お前等も『みつばち広間の魔女』を頼ったというわけか」
夕刻、俺はニールスと一緒に作成した気象予測報告書と請求書を士官室のシャール少佐に提出した。ざっと一瞥した少佐は苦笑を返す。
「みつばち広間の魔女、とは?」
「影ながら囁かれるユーリアの異名だよ。四年前のスペイン内戦で才能が開花し、魔法気象予報士になった。表向きはゾマー女将が予報をしたことになっているが、カンの良い奴らは気がついている」
「なぜ公表しないんです?」
「拉致、誘拐を警戒しての処置だ。ゾマー女将を誘拐するのは大変だが、一四歳の少女とあれば話は別だ」
「そこまで判っていて、護衛をつけないのですか?」
「護衛はついている。お前等が気がつかないだけだ。それは兎も角、これでゲルマニア側の大規模攻勢日時はほぼ確定したな」
「はい。五月二五日が攻撃開始日です。ところでゲルマニア側の気象予報はどうなっているのでしょう。彼女を頼ってくる展開はあり得るのでは?」
「その辺の問題は、ゲルマニア側が自力で解決した模様だ。去年のポーランド開戦ではこちらの予測に頼らず、独力で気象予報を成しとげ、的中させた」
「ゲルマニアにも、既に気象の魔女が存在するわけですね」
「だからこそ、最新鋭のF型の貸与が滞っていると言える。こちらに頼らずに済むなら、最新鋭機を与える必要もない。奴らがF型を貸与する場合、ゲルマニアが大量の外貨を獲得し、こちらの傭兵部隊を雇う時だ」
それは大きな転機だろう。フランスがゲルマニアに敗北した場合、フランスの国庫は掠奪され、賠償金や軍の駐留費等で外貨が流出するはずだ。そうなると今度はゲルマニアがこちらのドラゴンを雇う展開になるかもしれない。
「気が抜けませんね」
「大規模戦闘の予測がついた以上、我々もそれに対応する。傭兵団の戦闘機は垂直尾翼に描かれるフィンフラッシュを機首側から青、白、赤に塗り替え、フランス空軍所属に切り替える。お前たち三人のドラゴンと戦闘機も同じだ」
「あとはドラゴンの国籍マークですね」
「そこはリンデベルンの国籍マーク、赤い四角の中に白十字で構わない。整備兵に伝達を忘れるな」
「はい」
「今日はいろいろとご苦労だった。以上だ」
敬礼と答礼が反復され、俺は解放された。心の中で彩夏が俺に話しかけてくる。
(どうした? 問題は解決したんだろう。浮かない顔だな)
俺は歯を食いしばってそれに応じた。心の声で応じるので周りに人がいても会話できる。
『これまで何度か話し合ったことだけど、俺が二一世紀の未来から精神転移してきた存在だってこと、思い切って話して見ないか?』
(その件は、話したら俺たちの身が危険になる、ということで結着が着いてるだろ? 戦争の先行きを正確に知る者がいたら、いずれの軍、諜報組織も放置しない。それこそ争奪戦になり、最悪の場合、暗殺される危険もある)
『それは判ってるが……未来から来た事を打ち明けた方が、やりやすいんだよ』
(どういう事だ?)
『俺の世界の史実じゃ、大規模侵攻は五月一〇日に始まり、一二日の夕刻にはアルデンヌを突破した先鋒隊がムーズ川に到達している。そこから川を渡るのに一日しかかからなかった。この世界のタイムスケールに直すと二七日にはムーズ川に到達することになる。最初からそれを前提に話が出来れば、傭兵団の少ない戦力でも効果的にゲルマニア軍を叩けるはずなんだ』
(気持ちは判るが、危険だぞ)
『判っている。でも、フランス軍の協力がたいして得られない以上、最大の戦果を上げるには正確な情報の提供が必要なんだ』
(こういう時は、普通立場が逆だろ、理人?)
『ああ……年下のお前が真実を打ち明ける方向に舵を切り、年上の俺が諌める。それが普通で、正しい大人と子どもの関係性だ』
(そうだろう。俺がお前を諌めること自体、間違っている。だからこの道は間違ってるんだ。俺たちの秘密を、他人に話すべきじゃない)
「ふぅ……」
俺は思わずため息をついた。
ニールスと共にマンシュタイン計画を割り出し、ギザン将軍を納得させ、フランス軍上層部に伝達、作戦日時を確定させ……と、やれる事はすべてやったはずだ。
にも関わらず、胸の奥に何かがつっかえたような嫌な感触があった。
(今夜はしっかり休めよ。ここのところ、激務が続いている。部隊移動も数日内に始まるだろう。休むのも仕事のうちだ)
「わかってる」
思いを言葉に出し、俺は彩夏との対話を終えた。
陽は没しつつあった。残照が周囲を染め上げていく。




