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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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□第三章──侵攻日の予測④

「ご所望って、何のことですか?」

 俺の疑問に女将はにこりと笑った。

「気象や天気に詳しい者をご所望なんだろ? この子があんたたちの探している魔法気象予報士だよ。さあ、ユーリア、お客様にご挨拶しなさい」


「ユーリア・ズーダーと申します。どうかお見知り置きくださいませ」

「その子が気象予報士?」

 俺の声に女将は淡々と応じた。 


「普段のユーリアはここでウェイトレスをしているけど、魔石を用いた魔法気象予報には実績があるんだよ。予報は、表向きは私がやってる事になっているけど、実際はこの子が陰でやる。それで各軍への実績は充分なんだよ」

「各軍って……他国の軍からも気象予報の要請が出ているのか?」


「スペイン内戦の時は両軍から要請が出て、随分と稼がせてもらったね。あんたたち、兄のゾマーチーフがBf109、スピットファイア双方の整備が出来て、傭兵団がブリタニア軍で配備が始まったばかりのスピットファイアマークⅤを揃えていることに疑問を感じなかったかい? それに関してユーリアの気象予報が大いに貢献しているんだよ」


「正確な気象情報と引き替えに、リンデベルンに最新鋭機を販売するわけ?」

「そういうこと。まずは昼飯を食べちまいな。話の続きは御飯を食べてから。食べ終わったらブザーを押して呼んでくれ」

 女将はそう言って、ユーリアを引き連れ出て行った。扉が閉じられる。


「思いがけない話になっちゃったけど、まずは食べよう。ルツェルナー・クーゲルパステーテってどんな料理なんだい?」

 俺の問いかけにクレアが笑みを浮かべつつ言った。


「簡単に言うと、パイの中にビーフシチューを詰めたような料理ですね。この店のは牛肉とマッシュルームが多めだから満腹感を味わえますよ」

「それは美味そうだ」

「じゃあ、戴きます」


「戴きます」

 ニールスの言葉をきっかけに俺たちは唱和し、料理に手をつけ始めた。ナイフ、フォーク、スプーンを使う音と微かな咀嚼音が個室に広がる。

 食事は二〇分ほどで終わり、ブザーを押すとやや間があって女将とユーリアが姿を現した。女将の方はいつもの格好だがユーリアはローブを纏い、新聞紙面ほどの円筒を携えている。


 ゾマー女将はテーブルを見渡し、「奇麗に食べたもんだね」と冗談めかした口調で言いつつ、素早くテーブルを片付けるとカートに食器を納め、一人撤収していく。カートを押しつつ、

「後の話はユーリアから聞いておくれ。料金は傭兵軍のシャール少佐に回すから、店を出る時に請求書を手渡すよ。じゃあね」


 廊下に出た女将は扉を閉め、去っていった。

「それで、魔法気象予報士として何をやるんだい、ユーリアさん」

 俺の問いかけにユーリアは乾いた声で言った。

「予報が必要な地域の指定、日時の範囲が判れば、ある程度の確率で天気を予測できます」


「それに必要なモノは?」

「こちらにヨーロッパの地図があります。これを見て範囲と日時を指定してくだされば予知します」

 そう言ってユーリアは新聞紙面ほどの円筒を広げた。

 それはランベルト正角円錐図法で描かれたヨーロッパの地図だった。


「見せてもらうよ」

「ぼくも」

 俺とニールスは地図をゆっくり見聞した。北はノルウェーの一部、南は地中海、西はブリタニア島、東はウクライナのキエフ付近までがフレームに収まった広域地図だ。


「もう少し、狭い範囲のものはないかな。具体的には、ゲルマニア、フランス国境線とドーヴァー海峡、カレー、ダンケルクまでが収まったものだ」

「ございます。二枚目の地図を御覧下さい」


 ユーリアが一枚目の広域地図を畳むと、二枚目が現れた。大きさはほぼ同じで、こちらの要望に沿った形でフランス、ゲルマニア、ドーバー海峡、カレー、ダンケルクが収まっている。

「凄いな。これなら完璧だ。最初から予想していたの?」

 ニールスの声にユーリアは


「ゲルマニア、フランス戦の大規模作戦となると、誰が考えてもこうなりますわ。一枚目の地図は、その範囲から外れた場所を予測するための予備みたいなものです」そう応じた。

「なるほど。状況によっては、ブリタニア島の天候予測が重要になる局面は充分あり得るからね」

「そうですね」


「それで、こちらは君に一定の日時と地図の範囲を指定すればいいんだね?」

「そうです。その情報を以て、これを使い……予報します」

 ユーリアは水晶玉を取りだし、一同に見せた。


 大きさは二〇センチほど、小ぶりのメロンに似た大きさだ。緑がかっているところもメロンを連想させる。椅子に腰掛けるユーリアを他所に俺は小声でニールスと打ち合わせした。

「……で、いいかな、ニールス?」

「範囲、時期ともそれでいいと思うよ。その範囲を超えた場合、ゲルマニア軍の作戦自体がさらに見直されている恐れが高い」


 俺は頷き、ユーリアに声をかけた。

「今から日時と地図の範囲を指定します。日時は一九四〇年五月二〇日から六月一五日、範囲はベルギー南東部のアルデンヌ地方からフランス、ゲルマニア国境線にかけてです」


「復唱します。五月二〇日から六月一五日、範囲はベルギー南東部のアルデンヌ地方からフランス、ゲルマニア国境線にかけてですね」

「そうです」

「お願いします」


 と、俺たちはそろってユーリアに軽く一礼した。相手は俺たちより年下に見えるが、今から四年前のスペイン内戦でも予報に活躍した触れこみが真実なら、俺たちよりベテランだ。

「わかりました。暫しお待ちください」


 ユーリアは地図を見つめ、続いて水晶に手をかざした。間を置かず水晶玉がぼっと青色に発光し、一五秒ほどそれが続く。

 発光は会議室全体を照らし、覆った。誰もがその美しさに魅了され、微かな発光音が続き、やがて消えた。発光も止まっている。


 元の個室に戻った中、ユーリアが鈴の音を思わせる美しい声で言葉を継いだ。

「判りました。五月二〇日から二三日まで雷雨が続き、二四日は朝から小雨、なれど午後から土砂降りの雨、一転して翌二五日、日曜日は朝から快晴です。この天気は五月三〇日まで続き、三一日には再び小雨で一日が暮れます」


 俺たちは慌てず騒がす正確にユーリアの予報を書き記していく。万年筆が走るさらさらとした音が響いた。

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