□第三章──侵攻日の予測③
□第三章──侵攻日の予測③
整備兵たちが尾翼に付着したペイントをモップで落としていく。俺たち四人は作業を眺めつつそれぞれ感想を語っていた。
「太陽の中に入り、待ち伏せは古典的な手ですが効果的ですね」
「まぶしければ機影を捉えるのが難しくなる。基本だが、それに気付いて太陽の周りを旋回したのは悪くない。高速旋回に徹したのも正解だ」
「スプリットSで躱された……と思ったのが罠だったのは気がつきませんでした。クレアの助言がなければあのまま撃墜されていたかもしれません」
「瞬時に散開を命じた判断は悪くない。罠にはまったら分散していったん逃げるのも一つの手だ」
「それでもあと二秒あれば、クレアの機体は撃墜されていました。今回勝てたのは、横Gのため少佐の機体が僅かに傾いていたからです。そこに演習弾が命中した」
ひとしきりの感想戦を終えた俺たちにシャール少佐は向き直り、ノアとクレアに視線を向けた。
「二人とも、彩夏が一番機でやれると思うか?」
「状況判断と対応は正確です。あとは場数を踏めば大丈夫でしょう」
ノアに続いてクレアが言葉を継いだ。
「ヒント一つで三個の気づきを得るのが彩夏の強みです。射撃の技量も高く、ケッテの一番機を務めるのに相応しいと思います」
「まあ、問題があるとすればノアが指摘するように場数だが、経験を積んで生き残れば、充分やっていけるだろう。ケッテの順番は、彩夏、ノア、クレアでいいな」
「はい」
「問題ありません」
「少佐の判断を尊重致します」
ノアとクレアから同意をもらった俺はホッと小さくため息をついた。暫定的にだが指揮官機として認められたと言う事か。あとはこの二人を戦死させず、自らも戦死することなく、戦い続けるのが当面の俺の使命になる。
「他に大きな問題は、ゲルマニアの対フランス大規模侵攻作戦がいつ始まるか、という点だ。この点は……」
シャール少佐は俺を見て続けた。
「ニールス相手にお前が討議、報告をくれ。こちらの参謀本部でも複数情報から割り出そうとしているはずだが、マンシュタイン計画を最初に見抜いたのはお前等二人だからな」
「それは構いませんが、フランス参謀本部はどう見ているんでしょうね?」
「一介の少佐に、他国の参謀本部の動向が分かるはずあるまい。俺に出来るのは、戦術的、作戦的判断だけだ。この後の時間は、侵攻作戦絡みなら幾らでも好きに使って構わん。以上だ」
敬礼と答礼が反復され、俺たちはシャール少佐から解放された。
そのまま格納庫に三人そろって向かうと、思わぬ声が響いた。
「彩夏、もう上がりかい?」
格納庫の隅から声をかけられた。ニールスの声だ。俺は、
「ああ。ここからはフランス戦の侵攻時期割り出しに向けて時間を幾ら使ってもいいってさ。さて、どうする、ニールス?」
車椅子を操りつつ、ニールスが奧から出て来た。
「お昼もとっくに過ぎているから、この四人で昼ご飯を食べながら話さない?」
声をかけたのはノアだった。続ける。
「昨日の今日になるけど、みつばち広場の女将さんにも、次に来る時はニールスも一緒……と言われていたでしょ?」
「そうだな。機密保持もみつばち広場は安全と言われているし、四人で話し合うのも一案だと思う」
俺は応じつつ、クレアに目線を送った。
「構わないよな、クレア」
「もちろんよ」
それで話は決まった。あとは身分証を示しつつ衛門を出て、昨日通ったルートをそのまま上がるだけだ。
みつばち広場までは徒歩一〇分ほどだった。その間、食事を終えたとおぼしき多くの士官、下士官とすれ違う。車椅子のニールスに視線を向ける者もいたが大抵は無視だ。クレアが口を開く。
「ここじゃ、車椅子は珍しくないわ。激しい戦闘機動のせいで一時的に車椅子のお世話になるパイロットもけっこういるのよ」
「みつばち広場の女将さんも確か腰をやってパイロットを辞めたんだよな」
「そういうこと。さあ、着いたわよ。ニールス、入り口、通路ともバリアフリーになっているから飛行石は使わずとも済むわ」
「それはありがたいね」
ニールスは姉に応じつつ巧みに車椅子を操り、通路を上っていった。俺が先にちょっと駆け出し、入り口を開いた。車椅子は吸いこまれるように店内に入った。昼食時のピークが終わっているせいか、客席に着いている人影はまばらだ。
「女将さん、車椅子一名、計四名で座れる席はあります?」
接客を終えたばかりの女将にノアが声をかける。
「あら? 昨日の今日でもう来たのね。あるわよ」
俺はそっと女将の袖を引いた。
「すいません。今日は機密性のある話があるので、できれば個室がありがたいのですが」
「個室ね。普段は中級士官以上が使うけど、今日は空席だから構わないわ」
「どうも」
俺たち四人はゾマー女将の後に続き、廊下を進んだ。奥まったところにある大扉を開くと、そこは八人ほど収容できる広さがある個室だった。
「この部屋なら、防音もしっかりしているから何を話しても大丈夫よ」
女将は置かれている場所から椅子を一つ引っ張りだし、隅に置いた。
「ニールスはそこに座ればいいんですね」
ノアの声に女将は頷き、テーブルの隅に置かれたブザーを示した。
「何かあったらこれを押せば、私かウェイトレスが対応するわ」
俺は頭を下げ押えた口調で言った。
「ありがとうございます。ところで今日のお薦めはなんですか?」
「ルツェルナー・クーゲルパステーテのセットさ。ルツェルンの名物料理でね、パイの中に牛肉とマッシュルームが詰まっている郷土料理だよ」
「俺はそれにするけど、皆はどうする?」
「僕もそれで」
「私も」
「私もそれでお願いします」
「OK、ルツェルナー・クーゲルパステーテのセットを四人前だね。温め直すだけだから、すぐに持って来るよ。他に何かあるかい?」
俺は思案の表情を返した。長年ここを仕切っている女将なら、抱えている難題の突破口になるかもしれない。そう思ったのだ。
「女将さん、知り合いに、気象や天気に詳しい人は居ませんかね?」
「なんだい、藪から棒に?」
「作戦開始日を割り出すのに天候が重要なんです。知り合いの伝を頼って何とかなりませんか?」
女将も思案の顔つきで俺を見つめ返した。
「あんた……いや、あんたら、秘密を守れるかい?」
「心当たりがあるんですか?」
「テーブルについてちょっと待ってな。料理と一緒に連れて来るから」
そう応じると女将はそそくさとトレイの水を配り、部屋から出て行った。
「料理と一緒に……って、何だろうな?」
俺の問いかけに残りの三名はいずれも「判らない」と言う顔つきで返事をした。こっちも訳が分からないまま、料理を持って来るまでの時間は瞬く間に経った。
不意にノックの音がし、扉の開く音が続く。
「おまちどおさま」
カートに載せた四人分の昼食が運ばれ、女将が配膳する。全員の分を配り終えたゾマー女将は、扉に向け声をかけた。
「照れずに入っておいで。みなさん、お前をご所望なんだよ」
「はい……」
小声で返事があり、小柄なウェイトレスが入ってきた。身長は一四五センチほど、年の頃は一四歳くらいだろうか。黒髪黒眼の美しい少女だ。




