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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第四章──頑迷なるガムラン②

 昼食時でないため、食堂は空いていた。

 俺はポットから出がらしのコーヒーを二カップ、角砂糖とスプーンをそれぞれ一個取ってからテーブルに向かった。すでにニールスは車椅子毎座席に着き、こちらを待っている。

「お待たせ、ニールス」


「ありがとう、彩夏」

 そうやって俺たちはのんびりとコーヒーを啜った。が……温和な時間はこの時までだった。

 コーヒーを半分ほど飲み終わった……と思った瞬間、いきなりニールスが俺に疑問をぶつけてきたのだ。

「ねえ、彩夏……交通渋滞が発生するって彩夏は言ったけど、その発想は僕にはなかったな。よく思いついたね」


 そりゃ、元いた世界のアルデンヌ突破作戦最大の危機だからな。

 史実知識がある故の発言だったことを思い出しつつ、俺は何とか誤魔化そうとした。

「それは、戦車を集中してアルデンヌの森に集めようとすれば、必然的に発生するものだろう。考えれば判る話しゃないか」


「それはそうだけど、あの場で自信たっぷりにシャール少佐に説明できたのは、やはり凄いよ」

 うん。元いた世界で実際に起きた話だからな。

 俺は心の中で呟いた。


 ドイツはアルデンヌ方面に装甲師団五個師団、自動車化歩兵師団二個師団を集中したクライスト装甲集団を編成、集められた戦車の数は戦車全隊の七割に達し、実に一二二二輛に及んだ。

 これに補給任務を含む様々な車両を集めた結果、四万両にも達する数が一方面にひしめいた。渋滞の距離が二五〇キロにも達したのはむしろ必然だ。


「とにかく、戦車や車両を無理に集めたら渋滞が発生するのは、考えれば判る事なんだ。ただ、それだけだよ」

「ふーん……やはり彩夏は凄いね。精神転移する二〇年前の世界では国語の教師だったと聞くけど、日本の軍事教練ってそんなに凄かったわけ」

「いや。基本的な銃の撃ち方とか、それだけだよ。戦略学なんて習ったこともない」


「だとしたら、彩夏には才能があって、今まさに開花しつつある、ということだね。納得した」

 俺は渇いた喉に残りのコーヒーを流しこんだ。そんな俺にニールスは顔を覗きこむようにして訊ねた。

「彩夏ってひょっとして……いや、今はまだいいかな」

「何だよ、思わせぶりに」


「誰にでも秘密の一つや二つはあるのが普通だからね。僕だって人の事は言えないから」

 なんだか尋問を受けている気分になった俺は、思わず背伸びをした。

 とにかく、俺が未来からやってきた精神転移者であることは隠し通さねばならない。この秘密を知られたら、ニールスを初めとする関係者も各国機関の標的にされてしまう。


 そこへ足音がした。振り向くと、ノアとクレアがそろって姿を現していた。ノアが前置きもなく切り出した。

「シャール少佐との話し合い、どうなったの?」

「出撃は明後日の朝と決まった。それまでは偵察と待機だ」


「待機ね……」と、クレア。

「その間、なにをするの?」

 ノアの声に、クレアはふと思いついた顔で訊ねた。

「実は、ちょっと気になっていたんだけど、二人ともドラゴンナイトの空戦術教本に眼を通した?」


「デンマーク空軍にそんなものはなかったわ。ドラゴンナイトは私も含め二人だけだし、空軍も従来の空戦術の延長線上で私たちを教えていた」

「なるほど……そういうことだったのね」

 クレアは合点がいった表情でノアと俺を見た。


「実は、二人の空戦記録をこないだ少し読ませてもらったの。二人とも最大四〇〇〇メートル前後の距離で敵戦闘機、ドラゴンと戦っているわね」

「それがなに? なにか……変なことなの?」

 クレアは申し訳ないような、それでいて珍しく自慢げな表情で俺たちを見た。


「中ランクのドラゴンナイトは、一万五〇〇〇メートル以上先の敵戦闘機を視認できるのよ」

「ええ?」

「あ……そうか!」

 愕然とする俺たちにクレアは先を続けた。


「私たちはドラゴンナイトの能力転移者だから、こつさえ掴めば見えるようになるわ。ノア、あなたは空軍教官の言う事を鵜呑みにして、四〇〇〇メートル付近の敵機と空戦するのが正しいと思いこまされていたのよ。彩夏は……どうして『そうか』と言ったの?」

 俺は説明に少し困った。


 帝国海軍の撃墜王、坂井三郎は、本人自称で二〇キロ先の敵機が見えると書いていたことを思いだしたからだ。

 むろん、この場でそんな説明はできない。やむなく俺はこう答えた。


「地上の見越し距離で言っても、人間の眼の高さで見える水平線の距離は約四キロだからな。空を飛べば当然もっと遠くが見えるようになる」

「その通り。だから、せっかくの余剰時間を視力強化訓練に使わない?」

「賛成よ、クレア。教えて」


「俺もだ。転生前の俺の視力はせいぜい一・五だったから、こつがあればぜひ知りたい」

 クレアは微かに肩をすくめた。

「コツも何も、水平線の延長をイメージして、リラックスすれば敵機が見えるようになるわ。と言っても、最初は胡椒の粒くらいの大きさよ」


 俺は一歩前に出た。

「クレア、今から俺たちの訓練に付き合ってくれないか?」

「私も、お願い、クレア」


「もちろんそのつもりよ。では、飛行服に着替え、スピットファイアに搭乗ね。二人はドラゴンと融合後、六キロ先を飛ぶ私のスピットを見つける。いいわね」

「わかった。早速着替えてくる」

「私も!」


 俺たちは慌ただしく宿舎にとって返した。

 クレアも続くが、その足取りはどこか余裕がありそうだった。


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