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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第一章──はじめの一歩⑦

 工事の音が反響する中、ツマーチーフはいち早く俺たちを見つけ、声をかけてきた。

「久しぶりだな、彩夏。今日はまた別の女の子を連れているな」

「誤解を招く言い回しはやめてください。彼女はデンマーク空軍から傭兵団に移籍した……」


「ああ……噂になっている姉弟の一人か。ようこそ、ツマー工房に。俺はここを仕切っているチーフのパブロ・ツマーだ。よろしくな」

「ノア・ニールセン少尉です。これからお世話になります」

「で、要件は何だ? ただの顔見せでもあるまい」


 俺は軽く肩をすくめて応じた。

「みつばち広場のツマー女将に話を聞いたんですが、ゲルマニア本国じゃBf109のF型が飛び始めているようですね。それで、何かそちらに情報がないかと伺ったんですが……」

 ツマーチーフは相好を崩した。


「大まかな情報は入ってる。エンジン出力が若干強化、水平尾翼にあった斜め支柱が取り払われ、すっきりした形になった。それがF型だ」

「E型と比べて、手強いですか?」


「今まで翼内に二〇ミリを無理に載せていたが、F型じゃ主翼構造をより厚く、根本強化して命中精度が高くなっている」

「主翼に二〇ミリを載せているんですか?」


「ああ。ゲルマニア製のMG151/20を両翼にそれぞれ一門、それとエンジン内装発射も一門だから全体火力が高くなっている」

 俺が元いた世界よりこの世界のBf109は強化されている。


 内心でそう思った。史実ではBf109Fの二〇ミリ機銃はエンジン内装一門だけのはず。それがこの世界では三門だ。

「フランス戦が始まるまで、ここにF型を用意できませんかね?」


「向こうも情報漏れを警戒しているから、難しいな。とはいえ仕様と全体の重量は判っているから、想定される性能は計算で出せる」

「その計算だとスピットファイアマークⅤと比較して……」


「ほぼ互角ってところだな。武装は二〇ミリ四挺を載せたスピットファイアマークⅤの方が強いし、軽快さも上回っている。低速旋回戦に巻きこまれなきゃ、つまり、一撃離脱を中心に戦いを組み立てればそんなに恐い相手じゃない。俺はそう見積もっている」


 俺は思わずため息をついた。俺が元いた世界と色々と違っているが、Ⅴ型で戦える相手と判ったのは大きな安心材料だ。

「ただし、上昇性能はF型の方が上かも知れない。その意味じゃ今度はF型が一撃離脱戦を仕掛けてくる公算は充分に高い」


「心に留めておきます」

「うん、そうしてくれ。ノア・ニールセン少尉は俺の工房と整備の契約をしなきゃいかんが、書類は持ってきたか?」

「こう言うこともあると思って、用意できています」


 バックから書類を出したノアに笑みを浮かべたチーフは、手馴れた調子で書類をめくり簡単な説明と共にサインを続けた。受け取ったノアもサインをして契約は完了する。

「既に二人から聞いてると思うが、ドラゴンの整備は別棟で担当する。ここでやれるのはC整備までが限界で、それより大きな損傷がある場合、より専門的な部署に回される。質問はあるか?」


「いいえ。概略は既にクレア中尉から伺っています。これから整備をよろしくお願いします」

「ああ。こちらこそ」

 愛想良く応じたツマーチーフの背に、部下から呼び出しの声がかけられる。

「チーフ、フランス戦の出張整備計画について話があると、シャール少佐がお呼びですぜ」


「判った。というわけで、あとはよろしくな。ドンパチが始まったら玩具箱をひっくり返したような騒動になるから、今から大わらわだ」

「よろしくお願いします」

 俺たち三人は声を合わせて唱和し、工房を後にした。


「さてと。残りはニールスに弁当を届けるだけだけど……」

 ノアが視線を走らせ、続けた。

「私がコーヒーとスープを用意するから、彩夏はそのまま会議室に向かって」

 クレアが伺うように告げる。


「彩夏、私も一緒に行っていい?」

「ノア、構わないよな」

「もちろんよ。私たち三人はチームなんだから。じゃあ取ってくる」

「先に行くからよろしく」


 声を掛け合って俺たちは二手に分かれた。会議室も食堂も一階フロアにある。

 会議室に戻るとニールスはタイプライターを前にひと息ついてるところだった。

「もう出来たのか?」

 そう声をかけるとニールスは笑みと共にこちらを見た。


「おおざっぱなところまではね。細部の詰めはこれからだけど、実際には資料次第で変わってくるところもあるし」

「オイラー大尉の渡した資料は役だったかな?」


「裏取りに充分使えたよ。部分的にデンマーク軍情報部のそれをしのいでいたし、フランス軍の作戦計画案は恐らく本物だろう。それがあったからよりマンシュタインの考えがはっきり判ったよ」

「そうか……ところでもう昼時だからおなかが空いてないか? 俺たち三人はみつばち広場で昼食を済ませていて、これはニールス宛のお弁当だ」


「ちょうど小腹が空いていたんだ。嬉しいな」

 そう応じつつ弁当を開けたニールスは相好を崩した。

「これ、郷土料理のレシュティだね。一度食べて見たかったんだ」

 と、早速口をつけ始めた。


 ノックもなしにトアが開いたのはその時だ。相手はノアだった。

「お待たせ。スープと食後のコーヒーよ」

「ちょうど食べ始めたところだからいいタイミングだな。俺たちはその間にニールスの作戦計画に眼を通そう」


 うなずいたクレアとノアは着席した。俺が読んだ書面をクレア、ノアの順に回していく。

 会議室に書類をめくる音とスープをすする音が暫し交差した。数ページまで読んだところでクレアが呆れたように口を開く。


「これ……まるで現物を見て来たように書かれているわね。本当にマンシュタインはこんな計画を立てたの?」

「ほぼ確定だと、俺とニールスは思っている。なぜか判るかい?」

「全然。あまりに突飛すぎて、こんなギャンブルを犯す理由が見あたらないわ」


「そう。この作戦はある意味、危険に満ちている。俺、ニールス、それにデンマークとリンデベルンの情報部は、アルデンヌの森を戦車が通行可能と見積もっているけど……」

「万が一、通行不能だったら作戦は根本から崩壊するわね」

 ノアの声に俺は頷いた。


「その通り。でも、ゲルマニアはポーランドを攻撃した段階であらゆる戦略リスクを犯し、ついに一線を越えた。ヒトラーはポーランドを攻撃してもフランスとブリタニアが参戦しないと見積もったけど、現実は去年の九月三日、両国はゲルマニアに対し宣戦布告した」

「たとえポーランドに勝ってもゲルマニアは大幅に不利ね」


「そう。この時点で戦略的にゲルマニアは圧倒的不利に立たされた。それを打開するために、あらゆる突飛な、敵の意表を衝く作戦を立てて成功するしか、ゲルマニアに選択肢はなくなったんだ」

「それがゲルマニア装甲部隊のアルデンヌ奇襲計画ってこと?」


「敵の意表を衝き、敵戦力を分断、包囲殲滅する作戦で、圧倒的な戦略的不利を打開するのがこの作戦の趣旨なのさ。本来、戦略の失敗を作戦の成功で覆す事は不可能とされているけど、マンシュタインは不可能を可能とする作戦を立てたと言える。ニールス、付け加える事はあるかな?」

 ちょうど弁当を食べ終えたニールスはスプーンを置いて頷いた。


「いい要約だよ、彩夏。付け加える事は何もない。特に、戦略の失敗を作戦の成功で覆す事は不可能、という点の指摘は良かった。普通の戦略家は誰もが皆そう考え、それが常識なんだ」

「それをひっくり返せるかに全てがかかかっている作戦だものな。よかった」

「午後一番にもシャール少佐に渡して、そこから参謀本部のオイラー大尉に渡れば完璧だね」


「あとは参謀本部がどう判断するかだが……」

 ニールスはため息をついた。

「こればかりはやってみないと判らないよね」

「そうね」と、ノア。


 俺は逢えて楽観的な口調で切り返した。

「そうかな。ドラゴンナイト三名とニールスの存在は無視できないと思う。一ヶ月、デンマークにゲルマニア軍を足止めした意味はそれなりに大きい。小国でも制空権を維持できれば大国相手に一定時間戦えることを証明して見せたんだ。とにかく、今はシャール少佐への提出が先だな」


「そうね。すべての話はそれからになるわ」


「現時点でやれるところまでまとめました。眼を通してくれませんか、少佐」

 士官室で俺はシャール少佐に作戦計画案を手渡した。少佐は瞬いて応じた。


「あれから二時間も経ってないぞ。もうまとめたと言うのか?」

「ニールスは仕事が速いんですよ。とにかく、眼を通したら……」

「判った。参謀本部に提出して検討に入ってもらう。それでいいな?」

「はい。よろしくお願いします」


「うん。それと一つ簡単な任務を頼みたいんだが……」

 二分ほど少佐から話を聞いた俺は承諾し、一礼して士官室を出た。

 足取りは軽かった。リンデベルンは小国とは言え参謀本部を持つ。そこには一定以上の知的水準を持つ者たちが日々戦略、作戦、戦術、兵站を検討し、国益のために働いている。決して暗愚な存在ではあるまい。


 作戦案の提案を終えた俺は格納庫に向け歩き出した。

 今は一九四〇年五月一三日。俺が元いた世界では本格的なフランス戦がとうに始まっている頃だが、今のところ目立った動きはない。デンマーク降伏を史実の四時間──四月九日から約一ヶ月引き延ばした効果がどれほどのものなのか、今のところそれを相談できる者は……。


「ニールスに話せたらなあ……」

 思わず口を継いで出た言葉に俺は若干狼狽した。俺は慌てて歯を食いしばり、心の中で彩夏に語りかけた。

『すまない、彩夏』


(いや。俺に聞かれても応えられない問題だから、ニールスを頼るのは判るよ)

『そうか』

 俺、鳥飼理人が二一世紀から一九四〇年に精神転移した事を知るのは、今のところこの身体の持ち主、黒田彩夏のみ。だが戦略的判断が絡むとなるとこの状況にも変化が生じるかも知れない。


 心の中から彩夏の声が響く。

(ニールスなら、俺たちの状況も受け入れられるんじゃないか? これまでの変更点と言えば過去じゃなく、未来から転生して来たという一点が中心だからな)

『確かに……』


(まずは、ニールスに話すかどうかを選択肢に入れて行動していこう。それに……)

『判ってる。ニールスに話すって事は、ノアとクレアにも伝わるってことだからな』

(真実を知る人が一気に三人になるんだ。慎重な決断が必要だ)


 完璧な要約だった。

 俺の視界に格納庫が見えてきた。シャール少佐から参謀本部に作戦草案が上がって、返事が来るまで最低半日はかかるだろう。それまでに俺が出来る事をやるのだ。

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