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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第一章──はじめの一歩⑥

「遺言の記録か……最後に重いものが残ったね」

 俺の声にノアが気遣うような視線を向けた。

「あなたは二〇年前から精神転移してきた。最後の遺言はだれに残すの?」

「考えたこともなかったけど、今だったらニールスかな」


「弟に? なぜ?」

「話しているうちに、本当の弟が出来たような気持ちになったんだ。俺は一人っ子だから、気の置けない兄弟にあこがれがあるんだよ。ノアは誰に遺言を?」

「私もニールスかな。両親は交通事故で死んでしまったし……」


「それは……悪かった」

「いいのよ。自動車事故で両親とも一瞬の出来事だったから、苦痛はなかったと思う」

「それからはニールスとふたり暮らし?」


「私がドラゴンナイトになる前は叔母に引き取られていたけど、なった後はふたり暮らしよ。ニールスも学術研究が認められ、飛び級でPh.D.を取ってから、生活の心配がなくなったし」

 クレアが肩をすくめた。

「私は両親がまだ健在だから、遺言を残すならやはりそっちかな。それより、おなかが空かない?」


「だったら、『みつばち広場』ね、行くのは」

「店の女将は元ドラゴンナイトで、最新情報が素早く入ってくるわ」

「そしてツマー商会のツマーチーフの妹……だったっけ?」

「その通り。説明の手間が省けるわ」


 細路に入った俺たちの前に見覚えある店構えが現れた。石造りの二階建飲食店、入り口、通路ともバリアフリーになっているのが特徴で、五十名入ってもお釣りが来るほどの広さを持つ堅牢な店だ。

 看板にはフランス語で"Place des Abeilles"とある。

 それで俺は思い出した。


 リンデベルンの公用語は何か。クレアに訊ねようとしてすっかり忘れていた。

 扉を潜りつつ、俺はクレアに自分の疑問をぶつけた。

「英語、フランス語、イタリア語、ゲルマニア語、それとロマンシュ語ね」


 英語が加わり、ドイツ語がゲルマニア語になっているだけで元いた世界のスイスと変わらないことが判った。テーブル席に向かいつつ、俺は微かにため息をついた。英語が使えるのは助かる。ゲルマニア語は苦手だ。


 テーブル席に着くとウェイトレスではなく、赤毛の美人女将シュラバ・ツマー自らが注文を取りに来た。

「久しぶりだね、クレア、彩夏」と、メニューを渡しつつ、ノアを見つめる。

「確か、前回一度来ていたね。あの時は弟さんが一緒だった」

「はい。ノア・ニールセンと申します」


「そう。今度来るときは弟さんも連れて来ればいい。歓迎するよ」

「ありがとうございます」

「ところで今日のお薦めは何です、女将さん?」


「郷土料理の レシュティだね。細切りのジャガイモをカリカリに焼いて、チーズとベーコンを添えたものさ。それにバケットとスープ、コーヒーがセットで出て来るよ」

「俺はそれでお願いします」

「私も」


「私も」

「それともう一つ。レシュティをお弁当にして追加です。基地のニールスに向けたランチにします」

「判った。四人とも レシュティ、一つは弁当だね。食後はツマー商会かい?」

「ええ。Bf109の新型について何か情報はないかと。フランス戦の時、出て来られると面倒ですからね」


 俺の声に女将は肩をすくめた。

「今、前線に出ているのはBf109のE型だね。これも初期モデルから改造が進んで、二〇ミリ機銃はエリコン社からゲルマニア製MG151に更新されているから、次に弄ってくるのはエンジンか、機体構造の弱点だろうさ」


「そこまで判りますか?」

「まあ、伝があるからね。そうでなけりゃ、Bf109とスピットファイアの整備なんて一緒にできないさ」

 そう言い残すと女将は踵を返し厨房へと戻っていった。


 微かにノアがため息をつく。

「情報通とは聞かされていたけど、ああもあっさりと言われるとさすがに驚くわ」

「女将さんで驚いていたら、ツマーチーフと会ったらもっと驚くわよ。ねえ、彩夏」

 クレアの科白に俺は小さく頷いた。


「そもそもブリタニアでも最新型のマークⅤをストックしている段階でどうかしているからね、ここは」

「やはりこっち──リンデベルンに来て正解だったみたい。頭の固いブリタニア空軍じゃこうはいかないわ」

「その件で聞きそびれていたけど……」


 俺はノアを一瞥して続けた。

「ノアたちはなんでリンデベルン傭兵軍に鞍替えしたんだ? 前回の説明じゃ簡単すぎてよく判らないよ」

「まあなんていうか、先にニールスが切れちゃったのよ。提出した今後の戦略や未来予測を参謀本部にほとんど無視されてしまって……」


「デンマーク軍の実績と博士号も役に立たなかったということ?」

「そう。あんなものは小国の軍隊だから取れるもので、ブリタニアでは無意味だとボロクソだったわ。私もそれを聞いて思わずかっとなり……」

「リンデベルン傭兵軍に鞍替えしたというわけか」


「クレアも彩夏もここにいるのは判っていたから、後悔はしてないわ」

 パタパタと足音が聞こえたのはその時だった。大きめのトレイに載せて香ばしい匂いを放つじゃが芋料理が運ばれてくる。


「おまちどおさま。まずはレシュティ三人前だね。スープとコーヒーも付くからすぐ持って来るよ。お弁当はその時に合わせて……」

 慌ただしく話しつつツマー女将は料理をテーブルに並べた。

「じゃあ、また来るよ」


 言い放つや女将は再び引き返した。慌ただしいなと思いつつテーブルを見ると、美味そうなじゃが芋料理が湯気を立てて並んでいた。

 見た目はパンケーキに似てるかベーコンとソーセージが間に入って存在感を高めている。

「これがリンデベルンの郷土料理なの?」


「そうね。レシュティはもともとベルンの農民たちが朝食に食べていたらしいわ。それが全国的に広まって、じゃが芋にベーコンやソーセージを混ぜて美味しくしていったと聞くわ」

「シンプルだけど美味しそうね」

「じゃあ、食べようか」


 と押えた口調で言った途端、女将がスープとコーヒー、それにニールスのお弁当を持ってきた。

「これで注文は全部だね。それと弁当だけど、もしかして弟さんの分かい?」

「そうです」

「確か、車椅子の子だったね。この食堂はバリアフリーが自慢でね、車椅子のお客さんも結構くるんだよ」


「ありがとうございます」

「じゃあ、楽しんで食べておくれ」

「ありがとうございます。戴きます」


 俺はそう告げると、早速フォークを使いじゃが芋を口に入れた。パンケーキを思わせる食感とソーセージが発する芳醇な肉汁が口の中にさっと広がり、美味さが口中一杯に広がる。

「うん、いける」

 俺はそう言いつつ食事を続けた。


 三人でレシュティを食べ終わるまで二〇分もかからなかった。

「ごちそうさま」

 と、俺は食器に手を合わせて一礼した。続いてコーヒーカップを手に取り二人に話しかける。

「ニールスにはコーヒーとスープをつけてあげられないから、どうしようかな?」


「基地の食堂でもらえばいいわよ。トレイに載せて運べばいっぺんで運べるし」

 ノアが応じ、俺は頷いた。

「じゃあ行くとするか。ツマーチーフの所も暇じゃないだろうし、急いだ方がいい」

「賛成ね」


 俺たちは席を立った。カウンターで料金を払い、そのまま外に繰り出す。

「この店がたまり場になる訳が分かったわ。基地の食堂より一段美味い料理が安く食べられるものね」

「夜にはお酒も飲めるようになるけど、ノアは行けるクチなの?」

「デンマークじゃ一七歳からお酒が飲めるけど、リンデベルンじゃどうなのかしら?」


「私たちは歳を取らないから、本来年齢で一七歳を超えていたらお酒も自由よ」

「俺は日本人で心の中は二七だけど、この場合はどうなるんだろうな」

「上の人たちに聞かないと何とも言えないわね」

 そんな雑談を挟みつつ、俺たちは衛門をくぐった。そのままツマーチーフが運用する整備工房に向かう。

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