第一章──はじめの一歩⑤
テーブルから顔を上げた少年はタイプライターを打つ手を止め、小さく肩をすくめた。
「半分くらいは打ち終わったかな。あとは作戦案に合う地図をざっと書いて完了だよ」
「始めてから一時間と経ってないのに凄い進み具合だな」
「資料がある程度そろっているからね。ただ、ゲルマニア空軍のドラゴン頭数がはっきりしないのがネックだけど、戦前の想定にあった六〇頭をベースに組んでいるよ」
「六〇頭……そんなに居るならデンマーク戦の時、もっと投入していれば……」
「恐らくポーランド戦での消耗が酷いんだと思う。ポーランドは、戦前は中欧の軍事大国を自認していた国だから、ドラゴン戦力はそこそこ持っていたんだよ」
「なるほどね。俺は他に用が出来てちょっと外出するけど、いいかな?」
「もちろん。こっちも最低あと一時間は集中するから、独りでちょうどいいんだ」
「わかった。じゃあ、また後でな、ニールス」
俺はほんの僅か後ろめたさを覚えつつ扉を閉め、衛門に通じる廊下を歩いた。
五〇メートル歩いて左に回り、ドアを開くとそこはもう外だった。衛門の警備兵に身分証を見せた俺は、門を出て外を見回す。
三メートルと離れぬ場所に私服のクレアと……ノアがいた。
「あれ? ノアも一緒なわけ?」
クレアが微笑み返す。
「一言声をかけたら、是非行きたいとノアが……傭兵として戦う以上、ジュエルの存在は外せませんからね」
言われてみればその通りだ。デンマーク軍にいた頃とは違い、今後は自機の武器弾薬はツマー商会を通し自分で管理することになる。弾薬も自ら脚を運んで発注するのが基本だ。
俺たちは、武器屋ジュエルに向け歩みを始める。
行くのは二度目なので特に緊張はなかった。
いや。別種の緊張はある。
クレアたちはなぜ私服なんだろう。
軍服姿を想像していた俺にはいさささか眩しい。普通の女の子──否、二人の美少女を伴い出かける凡庸な少年の気分だ。
その間にも後ろではノアとクレアが、お薦め弾薬セットや魔術付与された防弾鈑の話をしている。入りこむ暇もないまま、ジュエルの看板が見えてきた。
「こんにちわ」
一声かけつつ俺は店の扉を開いた。
店内は前回訪れた様子そのままだった。
異世界アニメのダークものやノベルズによくある、鈍く輝く照明と店内に炊かれた香の臭いが鼻腔をくすぐる。奧には黒を基調とした魔法着を着た婆さんが座っている。これもまた前回来たまんまだ。
「おや……今日は三人でおいでかい、クレア?」
「はい。前回案内した彩夏と、つい先日傭兵団に加わったノアです」
「お客さんが増えるのは大歓迎だよ。今日も装備一式の話かい?」
「魔力弾セットについては説明してあります。彩夏もレベル一と二の混合弾で構わないわね?」
「もちろん。ノアも異論ないんだろ?」
「デンマーク軍でもそれが標準だったわ。どこでも変わらないものね」
ケースに陳列された魔装具を眺めつつ、ノアが応じる。
その様子をプラチナブロンドの老婆がじっと見つめ、微かに相好を崩した。
「目つきがもうベテランだね。ドラゴンをこれまで何頭墜としたんだい?」
「彩夏との共同撃墜で合わせて三頭……ベテランを名乗るほどの実績じゃありません」
「デンマークの戦いは一ヶ月ほどだったんだろ? 期間を考えれば立派なものさ」
「それで今、この店のお薦めは何があります?」
ノアの質問に老婆は立ち上がった。右奥からサンプルらしい鋼板を出し、差し出す。
「これさ」
「防弾鋼板ですか?」
「魔力付与された防弾鋼板の最新版さ。まだ市場にはほとんど出ていない」
「どれくらいの防御力があります?」
「厚みは一二ミリで、レベル二の魔力弾を喰らっても貫通しないね」
「レベル三なら?」
「当たり所によりけりだね。運が悪けりゃ貫通するけど、幸運の女神が微笑むなら防ぐ。うちの自信作だよ」
俺たち三人は顔を見合わせた。真っ先に口を切ったのは俺だった。
「俺は欲しい。二人は?」
「異論はないわ。コクピット周りに装備で問題ないわね」
俺たちは頷いた。となると後の課題は──。
「防弾はそれでいいとして、魔力弾をどれほど持っていくかだ」
「今度はフランスで、ゲルマニア軍と戦うんじゃろ? 補給に戻って来る暇なんでないんじゃないかい?」
「だったら……」
俺は軽く息を吸いこんだ。
「一人あたり、一万発の混成弾でお願いできますか?」
「一万発!」
クレアが息を飲み、ノアが微かに眉をひそめる。
「激戦になる以上、それくらい持っていってもいいと思うわ。前線での補給はシャール少佐と協議が必要でしょうけど、考え方は間違ってない。乗るわ」
「私も……これまでで最大の戦いになるでしょうからね」
「心得たよ。あとは防弾鈑と弾薬の金額になるけど、一人あたり四万リンデフランになるね」
「それで小切手帳が役に立つのね」
ノアが呟きつつ、バックから小切手帳を取り出した。金額と共にサインを記し、俺とクレアもそれに続く。
「毎度あり。夕刻までには整備部門に渡しておくよ。あとは……新式のアクセサリでも見ていくかい?」
老婆の声に俺たちは顔を向けた。
「何か面白いものでも……」
「あるんですか?」
俺とクレアの声に老婆は笑みを浮かべ、ショーケースから指輪を三つ取り出した。
「あんたらはチームのようだから、それぞれ一つずつはめておけばいいよ」
「ただの指輪じゃありませんよね。何の効力が……」
「心の中で念じると、録音が始まり、周囲の音を記録するのさ。これまではワイヤーレコーダーなんて、馬鹿でかく無粋なものでしか記録を取れなかったけど、これがあればいつでも録音ができる」
「音声記憶の指輪ってわけですか? いったい何に……」
俺の声を遮り、ノアが複雑な笑みを浮かべた。
「これがあれば、遺言が残せるわね。最後の思いを記録に残せるわ」
俺とクレアは思わず沈黙した。
ノアの脳裏をよぎる光景は撃墜され、最後を迎えた瞬間、弟のニールスに捧げる遺言なのだろう。クレアが複雑な顔をしているのは、ノアにも増して家族──両親が居るためだ。
「これ、幾らです?」
「三人そろってなら五千リンデベルンでいいよ」
「録音時間は?」
「約一〇分。再生を命じれば記録音声が流れ、リセットを命じれば消去される。まあ、一種の御守りと思って身につければいいさ」
「買います。お金は俺が出すから、三人で身につけよう」
「判ったわ」
「ありがとう、彩夏」
ケースから出された指輪は俺たち三人の中指にあつられたように収まった。
「それじゃ、また来るね、婆さん」
「三人とも、生き残ることを祈ってるよ」
「ありがとう」
返事と共に扉を閉めた俺たちは路地裏を歩き始めた。




