第一章──はじめの一歩④
俺はニールスを見つめた。
「では、具体的な対抗策となると……」
「ディール計画を中断、戦略予備を多めに確保、アルデンヌ方面に戦力を回し、敵の突破に備える。この三つだね」
「判った。俺は概要を口頭でシャール少佐に報告する。ニールスはその間により具体的なマンシュタインプランを書面で記してくれ」
「了解だ」
そこから俺たちはバタバタと作業に入った。A4サイズの白紙一束とタイプライターを用意し、ニールスに渡す。白紙を広げたニールスはキーを叩き始め、早速執筆を始める。
「じゃあ、行ってくる。昼食の時にまた会おう」
そう言って俺は部屋を出た。シャール少佐のいる士官室に向け歩みを始める。
廊下を進むにつれ外への出口が眼に入り、そこから今や見慣れたシルエットが姿を現した。
飛行服姿のノア・ニールセンが入って来た。
飛行帽を降ろしつつ彼女は押えた口調で言った。
「どう、進捗は?」
「ニールスとのディベートで結論はまとまった。具体的には……」
「悪いのね。それもかなり悪い」
「なぜ判る?」
ノアは肩をすくめた。
「あなたの顔にそう書いてあるわ。ニールスの発想は、凄いでしょう?」
「ああ。感服したよ。今、具体的な作戦案を会議室で起草してもらっている。俺はその前に概要をシャール少佐に報告、参謀本部に起草案を提出する準備をしてもらいにいくところだ」
「そう……こっちはクレアとの模擬空戦でヘトヘトよ。シャワーを浴びてすっきりしたら、仮想敵機のBf109の性能アップ申請を少佐にしないといけないわ」
「フランス戦でよりパワーアップしたBf109が出て来る、という想定かい?」
「今使っているのは型落ちのE型だもの。ゲルマニア本国じゃ、改良されたF型が飛び始めているとの情報もあるし……」
「おやっさん──整備部のツマーチーフに頼んで改修かな?」
「クレア曰く、あの人ならBf109のエキスパートだし、少佐の許可を取って想定されるF型の仕様で改修型を造ってもらえるわ」
「そうか。汗もかいてるだろうから、さっさと着替えた方がいい。俺の方は……」
「シャール少佐のところね。健闘を祈るわ。じゃあね」
そう言い終えるとノアは二階への階段を上がっていった。一瞥した俺は士官室に向かう。
一端事が動き出すと次々とやる事が出てバタバタする。何度も経験しているが、本格的な大戦争──ゲルマニア対連合軍の戦いがこれから控えていることを考えると、若干胃が痛くなってきた。
俺は首を軽く横に振ると弱気を振り払った。
客観的に見れば、敵味方の作戦計画をニールスが割り出し、参謀本部に上申できる所まで来ているのは奇跡みたいなものだ。
あとはシャール少佐がそれを信じてくれるかどうかだが──。
「話としては面白い」
士官室でシャール少佐は開口一番俺にそう告げた。続ける。
「フランス軍の警戒、防御が最も弱いアルデンヌの森を装甲部隊とドラゴンで抜け、海岸に向け一挙に突破を図る。確かに意表を衝く、大胆な作戦だ。ゲルマニア軍内で作戦の天才と評されるマンシュタインの性格にも合致している」
「では参謀本部に上申を……」
俺の一言に少佐は頭を軽く掻いた。
「そう簡単にはいかないな。おおざっぱで構わんから、具体的な作戦案としてまとめて欲しい」
「断言は出来ませんが午後にはお持ちできるかと」
「ニールスの能力には俺も一目置いてるが、そんな短時間にまとめられるのか?」
「彼が示した主攻軸は正しいと思います。フランス軍が立てている作戦計画も妥当なものでしょう。それらが合わさると、今回のゲルマニア/フランス戦は壊滅的な結果になると思われます」
「ともあれ作戦案を具体的に示してくれ。俺自身はほぼ納得しているが……」
「参謀本部はそうはいかないと?」
「ここ数年で急拡大した組織だからな。ギザン将軍は例外として、幕僚や参謀総長もまだまだ経験が足りない。検討するにはそれなりの典拠が必要だ」
「その状態でリンデベルンの国防は大丈夫なのですか?」
「国防方針は一〇年以上前から方針が決まっていて、それなりに練り上げられている。一言で言えば、ゲルマニア軍の進行に伴い、主要トンネルや橋、交通の要職を爆破し、軍そのものは南方に立て篭りゲリラ戦を仕掛ける計画だ。ゲルマニアはリンデベルンを占領するのに何年もかかるし、我が国と結んでいる外貨取引の一切を失うことになるから、ヒトラーにほんの少しでも理性が残っているなら仕掛けては来ないだろう」
その発想と展開は元いた世界におけるスイスの戦略とも合致している。俺はひとまずリンデベルン参謀本部を信用することにした。
「判りました。ニールスの様子を見て、出来ることなら手伝いをしてきます」
「そうしてくれ」
「では、失礼します」
一礼した俺は士官室を後にした。そのまま今来た廊下を戻っていくと階段でクレアが上に登っていくのが見えた。
「戦技訓練、お疲れ様。どうだった?」
クレアは肩をすくめた。
「Bf109Eで敵機を担当したけど、一〇分もかからずノアに撃墜されたわ。スピットファイアマークⅤとE型じゃ、マークⅤの方が全般的に勝っている感じね」
「それは対フランス戦においては良い話だけど、俺たちの配属はどうなるんだろうな」
「フランスは自前で空軍を持っていて、国産機も開発済みだからフランス直轄という感じではなさそうね。同じスピットファイアを使う点から言ったら……」
「ブリタニア派遣軍か?」
「そっちの方が補給やメンテも受けやすそうね。まあ、結局は私たちの判断じゃなく、上層部がどう決めるかで変わってくるでしょうけど」
「傭兵部隊単位で派遣、所属が決まる方があり得そうだな」
「そうかも……私、着替えてくるからいつものショップ、ジュエルに行かない?」
ジュエル……ああ、弾薬提供を一手に引き受けているあの武器屋のことか。
俺はニールスへの手伝いとジュエルを秤にかけ……ジュエルを取った。
俺は作戦計画の書き方、フォーマットも知らないし、行ってもニールスの足を引っ張るだけだろう。
それよりは、来たるべきフランス戦に向け自分の装備を調えていた方がいい。とはいえ、一言ニールスには謝っておいた方がいいだろう。
「実はニールスの手伝いを命じられているんだが、一言謝ってくるよ」
「え? それでいいの?」
「俺がニールスに手伝えることは恐らくほとんどないからね。謝罪の間、クレアは着替えて衛門の近くで待っていてくれないか」
「じゃあそうしましょう。それじゃね、彩夏」
上機嫌に応じたクレアは足取りも軽く女性区画の階段を駆け上がっていった。軽く見送った俺は素早く会議室に戻り、扉を開けた。
「進捗はどうだい、ニールス?」




