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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第一章──はじめの一歩②

 ニールスの車椅子を押しつつ、俺はノアたちに話しかけた。

「さてと、七番会議室ってどこにあるんだ?」

「ちょっと待って……ああ、そこを左に曲がってすぐみたいね。というわけで、結論が出たら教えて。その間、私たちは外で空戦の戦技訓練でもしているわ」


「わかった」

 あっさり了承した俺とニールスは会議室の鍵を開けた。二人で打合せをするには充分な広さがそこにあった。俺は軽く頭を掻きつつ押えた口調で言った。

「さてと……どこから始めるかな」


 その時ニールスが遠慮がちに声を発した。

「まずは資料だけど、僕が速読して彩夏に回すという事でいいかな?」

「速読?」

「八歳のころ、身につけたんだ。これくらいの資料なら五分以内に読んでしまえるよ」


「俺も速読はできるほうだけど、二〇分はかかる量だぞ。とりあえず読んだ端から俺に回してくれ」

 頭の中で彩夏が話しかけて来た。

(速読ができるなんて初めて聞いたぞ。いったいいつから……)

『精神科の病棟を出て、まっさらになった記憶を何とかしようと無理矢理覚えたんだ』


(ふーん……大変だったんだな)

 俺はこちらを顎で使い、精神崩壊を引き起こすきっかけとなった軍事モンスター、小鳥遊厳たかなしいわおの事をほんの少し思い出すが、脳裏から追い出した。今は現状把握が第一だ。


「だいたい判ったよ。僕がデンマーク時代に集めていた資料と比べ、遜色ない。一部はそれ以上に纏まっている」

「まずはゲルマニア陸軍の指揮系統。総統・首相・最高司令官がアドルフ・リッター・フォン・ヒトラー、これは問題ないね」


 俺は慌ててニールスを遮った。

「待ってくれ。俺は二〇年前から精神転移して来たんだ。もう少し詳しく説明してくれないか?」

 アドルフ・リッター・フォン・ヒトラーの事は、精神転移直後に簡単に聞いた記憶があるが、詳細は不明だ。今のうちに歴史概況をしっかり聞いておく必要がある。


 なぜなら、元いた世界のヒトラーと言えば、ただのアドルフ・ヒトラーで、もちろんフォン(貴族を現す称号)はつかない。

 それがこの世界では根本的に異なっている。事情を知らねばならない。

 同時に俺は、二〇年前の過去から精神転移してきたという自らがついた嘘に感謝した。


 この設定がある限り、一九二〇年以後に起きたあらゆる事象は俺にとって未知なるものになり、俺は自由に質問を許される。そんな俺の安堵にも似た微かなため息に気がつかず、ニールスは応じた。


「ああ、そうか。彩夏の過去はそうだものね。ヒトラーはバイエルン生まれで、一時期画家を志していたけど、結局は士官候補生としてバイエルン王国陸軍野戦砲兵連隊に入営、観測機と出会った。そこで士官学校卒業後、航空偵察の訓練を受け、観測中に敵機を撃墜しパイロットの素質が開化、戦闘機撃墜の功績により一級鉄十字章を授与されるんだ」


「そりゃ凄いな。ヒトラーには空戦の才能があったという訳か」

「まあね。先を続けるよ。一九一六年六月にはヴェルダンの戦いに従軍し、戦闘機七機撃墜の功績によりマックス・ヨーゼフ勲章を授与されると同時に「騎士(Ritter)」位の叙爵を受け、一代限りの貴族に列せられた。それ以降彼は「アドルフ・リッター・フォン・ヒトラー」と名乗るようになったのさ」


 元いた史実とは偉い違いだな。ボヘミアの伍長上がり、平民出身のヒトラーがこっちでは一代限りとはいえ貴族とは……。想いをよそにニールスの説明が続く。

「ヒトラーが総統と首相と国防相、全軍の最高司令官を務めている。ここまではいいね。陸軍総司令部──OKH総司令官がヴェルナー・フォン・フリッチュ上級大将。参謀総長がエーリヒ・フォン・マンシュタイン大将」


「参謀総長がマンシュタインだって?」

「彼を知っているの、彩夏?」

 知ってるも何も、元いた世界では『作戦の神様』として今でも多くの軍人やミリオタたちの尊敬を集めている存在だ。


 史実では、この時期のマンシュタインは政争に巻きこまれ、歩兵軍団長として左遷されているはずだが……いったいどういう絡繰りでこうなった?

「ゲルマニアの軍事をまとめた簡易入門書で読んだことがあるくらいさ。結局、ルートヴィヒ・ベック参謀総長の辞任後、その後任としてマンシュタインが任命された……ということかい?」


「端的に言えばそういうこと。彼はベックの右腕として参謀総長になる事が約束された人物なんだ」

「それだけ有能だったと言う事かい?」

「作戦を立てさせたら参謀本部内でかなう者がいないくらい優秀なようだよ。ただし、あまりに優秀すぎて方々から恨み妬みも買ってるようで、そのせいでOKHとはまた別にもう一つの統帥機構、OKWの誕生を招いてしまった」


 OKWの事は知っているが俺はあえてとぼけた。

「OKWって?」

「国防軍最高司令部の事で、軍政面を直接指揮下に置いたヒトラーの飼い犬みたいな組織だね。このOKWの長官がヴィルヘルム・カイテルさ」


「カイテルね。ヒトラーの子飼いって事は、我が世の春だよな」

「そうでもないよ。心あるゲルマニア軍高級将校たちは、ゲルマニア語で『従僕』を意味する『ラカイ』をもじって『ラカイテル』と彼を呼び、影ながら完全に馬鹿にしているって話を聞いているから」

「ある意味、それも凄い……て、ニールスはどこでそれを知ったんだ?」


「デンマーク時代につちかったゲルマニア軍情報部のコネからだよ」

「情報部?」

「ゲルマニア軍も一枚岩じゃない。中には密かにヒトラーに対し反旗を翻す者もいるんだ。情報部の高官もその一部さ」


「ふーん……」

 元いた世界でそれに当たるのは、海軍情報部のヴィルヘルム・カナリス提督あたりだろう。疑問を素早く引っこめ、彩夏はニールスに先を促した。


「そのカイテルとマンシュタインは対立関係にある。理由は、カイテルが全身全霊を以て作り上げた兵站(補給)計画の欠陥をマンシュタインがあっという間に見抜き、修正を迫ったからだ。満座の席で恥をかいたカイテルは以後マンシュタインに対し深い憎しみを抱くようになり、OKW長官就任後にマンシュタインの参謀総長罷免をヒトラーに願ったそうだよ」


「でもヒトラーは受け入れなかったと。理由は?」

「マンシュタインに対する私怨を見抜かれたのと、マンシュタイン自身の軍事的才覚をヒトラーなりに評価していたからだろうね。それに軍隊自体の指揮は、国防軍最高司令官であるヒトラーが執るから、カイテルの仕事は書類事務が中心で軍事的実権はほとんどないとも言われている。陸軍に対して少し長くなりすぎたね。続いて空軍、海軍の指揮官を見ると……」


「空軍がヘルマン・ゲーリング元帥で、海軍がエーリヒ・レーダー提督か」

「御名答。他に目に付くものといえば、武装SSが一定の陸軍戦力を有している点だね。SSについて彩夏はどこまで知ってる?」


「SSはゲルマニア語でシュッツシュタッフェル──国民社会主義ゲルマニア労働者党に属する組織。最初はヒトラーの小規模ボディガード部隊として発足したけど、ハインリヒ・ヒムラーを組織に迎えてからは急拡大、刑事警察機構やゲシュタポ──秘密国家警察を掌握した後、一九三六年にヒムラーがゲルマニア警察長官に就任してSSと警察の統合が実現した。こんな理解で合っているかな?」


「ほぼ正解。他には保安諜報部──SDの創設や、ゲシュタポとSDが統合され、国家保安本部に改称、責任者としてラインハルト・ハイドリヒが任命される等、いろいろあるけど、兎に角ゲルマニアにおける警察実権と諜報・秘密国家警察や強制収容所の管理運営権を掌握しているのがSSだね」


 思わず俺は瞬いた。

 ラインハルト・ハイドリヒ?

 その名を聞いたことはある。記憶の一部に確かに残っている。

 だが──。

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