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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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プロローグ──会合/ 第一章──はじめの一歩①

 霧が立ちこめる中、俺──鳥飼理人は立ち尽くしていた。

 濃霧だ。数メートル先も見えない。でも気配は感じる。前方に向け、俺は声を発した。

「いるんだろ、彩夏?」

「ああ……理人だよな?」


 足音と共に少年の影が姿を現す。

 身長は一七五センチほど。筋肉質で引き締まった体つきをしている。年の頃は一六、七歳。目鼻立ちの整った顔が姿を現す。

「夢の中だと……分離できるんだよな、俺たち」


 俺の声に彩夏は微かに肩をすくめた。

「そうみたいだね。でも、目が醒めたら身体は一つになって、コントロールの大半は理人が握ることになる」

「すまないな、彩夏」


 俺の言葉に彩夏は首を横に振った。

「これも運命かな。異世界の未来からこの世界に精神転移して来るなんて……誰にも予想できない」

「原因も不明なままだ。誰がこれを仕組んだのか、それとも単なる偶然の産物なのか」


「しかも目が醒めたら、いきなりドラゴンナイトになっていた。ドラゴンに騎乗し、操る、数十万人に一人の割合でしか現れない貴重なドラゴン乗りだ」

「誰の思惑でこうなったのか、判らないのが現状だよな」

「本当に、すまない」


 頭を下げる俺──鳥飼理人二七歳に黒田彩夏は微笑んだ。

「そろそろ時間だ。俺は図書館の管理に戻るよ」

 図書館──俺の半壊した記憶を彼はそう名付け、資料の修復、整理を手伝ってくれている。精神転移前、虐待を受け欧州戦域に関する記憶の大半を治療薬で破壊された俺の記憶を何とかしようと手を尽くしてくれている。


 その間、俺は黒田彩夏の身体を使い、日常から戦闘まで様々な実務をこなしている。一つの身体を二人の精神で同時に使っているのが日常だ。始まって一ヶ月も経ってないが、今や俺たちはそれを使いこなしていた。

 黒田彩夏が悪手の手を伸ばす。


「じゃあ……心の中でまた会おう、鳥飼理人」

「ああ……」

 俺は握手をした。途端に身体が霧のようになり、俺の身体は黒田彩夏の中に吸いこまれていった。

「…………」


 俺──黒田彩夏こと鳥飼理人は目を醒ました。

 毛布を跳ね上げるとそのまま起き上がる。

 場所はリンデベルン傭兵部隊の個室士官室だった。周囲には俺の他だれもいない。俺は歯を食いしばり、心の中にいる彩夏に話しかけた。


『起きてるか、彩夏?』

(ああ。ちょうどぴったり目が醒めた。そろそろ起床の音楽だろ?)

 その瞬間、スピーカーから音楽が鳴り響いた。戦闘的なクラッシックの音楽。デンマークのカール・ニールセン作曲『不滅』第一楽章だ。


 ほぼ間を置かず、扉を開ける音が次々と響いてくる。この音楽を起床の合図に今日も一日が始まる。次の戦いに向けた第一歩がアグレッシブな曲と共に始動するのだ。

 俺の最初の任務、ゲルマニア軍に対するデンマーク軍の降伏を、俺の世界の四時間から一ヶ月に遅延させる任務は四日前に終了した。

 今はデンマークからリンデベルン──元いた世界における国名スイスに戻り、航空傭兵部隊の一翼を担っていた。


 俺──周りからは黒田彩夏と思われている俺は──カップと歯ブラシ、手ぬぐいを持って外に出た。まずは歯磨きと洗顔だ。今日も慌ただしく一日が始まる。自転する日常と共に新たな任務──恐らくはゲルマニア──元いた場所ではドイツと呼ばれていた強国と、フランスとの戦いに参戦する日が訪れるまでこの日常は続くのだ。


□第一章──はじめの一歩①

 いつものメンバー──一四歳でPh.D.──博士号を取得した車椅子のニールスと、その姉でドラゴンナイトのノア。

 それにゲルマニアからリンデベルンに亡命してきたサミア人──元いた世界ではユダヤ人と呼ばれていたドラゴンナイトの娘、クレアと朝食を終えた俺たちは、早速呼び出しを喰らった。


 相手は俺たち直属の上官にあたる中隊長のクリスティアン・シャール少佐だ。

 士官室に通された俺たちに身長一八〇センチを超える長身の上官、シャールは鷹揚に告げる。

「何の用で呼ばれたか、聡明なお前等なら見当はついているよな、彩夏?」

「次にある戦い、ゲルマニア対フランスの正面切った戦争の事でしょうか?」


「正解だ。まあ、デンマークとノルウェーを降伏させたゲルマニアが取るべき選択肢としては、あまりに当然だな」

 応じつつ、彼は傍らに立つ眼鏡をかけた女性士官に視線を向け、続けた。

「正規軍情報部のエルナ・オイラー大尉だ」


 オイラー大尉は身長一五五センチほどの小柄な女性だった。髪を短髪に整え、薄緑色の角縁眼鏡をかけたその姿は士官より大学の教員を思わせた。

「オイラーです。ご活躍の程はかねがね伺っていますわ」

 社交辞令を言いつつ、彼女はニールスを一瞥した。


「あなたがデンマーク軍の戦略学者、ニールス・ニールセン博士ね。あなたの論文、『地政学的視点から見たゲルマニアとデンマーク』は読ませてもらったわ」

「ありがとうございます」

「とてもリアリズムにあふれた、現実に即した論文だと情報部の評価も高いわ。そこで……」


 オイラー大尉は手にした一束の資料をニールスに渡した。

「リンデベルン情報部でまとめたゲルマニア軍の動向です。既にお手持ちの資料とダブるかも知れませんが、御参考までに眼を通して戴ければありがたいですわ」


「ニールスがこの件で呼ばれたのは今ので判ったけど、俺たちはどうなるんです? 資料を見る資格があるんですか」

「あなたたち四人はチームのようなものと伺っています。構いませんわ」

「そりゃどうも。しかし、機密書類の束な訳でしょう? いいんですか」


「お前たちは、国王専用機事件の時、暗殺を間一髪で阻止した事を高く評価されているんだよ。疑問点があればニールスを通して遠慮なくぶつけて構わない」

「わかりました。ところで、初歩的な質問で恐縮ですが、リンデベルン軍の軍のトップ、最高司令官はどなたですか?」


 オイラー大尉は眼鏡の端を軽く戻すと告げた。

「アンリ・ギザン大将ですが、なにか?」

「ギザン大将? 少将ではなく、大将ですか?」


「数年前まで少将でしたが、軍の規模拡大に伴い、大将に進級されました。参謀本部も常設となり、我が軍も近代化が進んでいるところです」


「というわけで、要件はここまでだ。今日はオイラー大尉との顔合わせと資料の受け渡しが済んだらそれでいい。資料の検討は任せる。彩夏、ニールス、気になる点があるなら俺を呼べ。内容に価値があると判断するならオイラー大尉から参謀本部に渡す。資料の検討は七番会議室を閊え。鍵はこれだ。終わったら返しに来てくれ」


 そこから彩夏たちはあっさり解放された。扉の閉まる音を背に元来た廊下を歩いているとき、彩夏が心の中で話しかけて来た。

(なあ、ギザン大将を少将と呼んだのはなぜだい?)

 俺は歯を軽く食いしばり、心の中で思った事を彩夏に伝えた。


『俺が元いた世界じゃ、スイス軍の最高司令官はギザン少将だったんだ。この世界じゃ国名が変わると共に軍の規模も恐らく拡大しているから進級したんだろう』

(その上、永世中立国じゃなく傭兵の貸し出しで国を護っているし、規模が大きくなるのは当然だな)

『そういう事になるかな』

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