第32話 よかった。
「お疲れ様。ほら、君と、君にも。私が買ったこの肉まんをプレゼントしよう。ゆっくりお食べ」
コンビニの外で陽花と並び立っていると、買い物を終えた九条部長が俺たちに肉まんを一つずつくれた。
「ありがとうございます……ですけど、あれだけのことがあった後にこのノリは、ちょいと軽すぎやしません?」
苦笑するように俺が言うと、先輩は微笑み交じりのいつもの表情で、「わかっていないね」と返してくる。
「あれだけのことがあったからこそ、こういう雰囲気が大事なんだろう? といっても、軽いとこなんてないよ。私はいつも他人に奢ったりなんてあまりしないからね。ふふふ」
意外とケチな人だった。
こういうところ、すごく寛大そうな雰囲気出してるのに。
「……でも、よかったです。瑠香先輩が、最後の最後で遊星先輩のことを認めてくれて」
安堵したように、静かに実感を込めて言う陽花。
本当にその通りだ。
瑠香が遊星のことを受け入れてくれてよかった。
「頭を下げた時、私はもしかしたら拒否でもするのかと思ったけどね。幸いそんなことはなかった。安心したよ」
「安心したんですね。あなたのことだから、大方面白い玩具が無くなった、みたいな感じでつまらなさそうにするかと思ったのに」
皮肉っぽく言うと、彼女は珍しく表情を崩し、俺にジト目を向けてきた。
「流石にそこまで性格悪くないかな。君は私のこと、だいぶ腐った人間だと思ってるみたいだね」
「そりゃ仕方ないでしょ。瑠香のことを知らなかった時、あれだけ傍で翻弄するようなことばっかしてきてたんですから」
思い返すと苛立ちを覚える。
今もその感は拭いきれないが、この人は敵なのか味方なのか、イマイチ掴めない。
微妙に信用できないのが困る。
「けどまあ、それももういいですよ。皆が皆、どういうポジションで戦ってたのか、なんとなくわかりましたしね。瑠香の事情を知った時はさすがに驚きましたけど」
言いながら、貰った肉まんを齧る俺。
九条部長は、俺たちとは色の違うピザまんを食べながら、面白げに頷いていた。
「私も実際のところは大変だったんだ。史奈繋がりとはいえ、よくわからないことを言ってくる後輩女子だな、と。そういう風に捉えていた」
「転生がどうとか、物語の黒幕みたいなこと言ってましたよね、先輩」
皮肉っぽさ盛り盛り。
俺の言葉に、九条部長はまたクスクス笑いながら返してくる。
「あれはあれで、君も楽しかったんじゃないのかい?」
「楽しいわけあるか。困りに困り果ててましたよ。訳わかんねー、って」
「あはははっ! ひどい顔をしていたものね! 思い出したら笑えてきた!」
「っとにひでー人だわ……」
けど、こうして屈託なく笑う九条部長を見たのは初めてかもしれない。
ヤバい人だと思ってたけど、もしかしたらちょっと可愛いのかも……。
「……とら君?」
なんて考えていると、傍から凄味のある陽花の声がした。
すぐにすみませんでしたと返す。
何も変なことは考えていません、と。
「っふふふ。しかし、君の妹さん……というか、葵さんなのかな? この子もなかなかのジェラシーさんだね」
九条部長のセリフを受けて、陽花は俺にくっつきながら否定した。「別に嫉妬とかしてません」と。
それがまた面白いのか、先輩はクスクス笑って続ける。
「心配しなくても、私は正木俊介君のことなんてなんとも思わないよ。彼がドキドキする分には知らないけどね?」
小悪魔っぽく、ペロッと舌を出して言う九条部長。
なんだかんだ言って、この人もラバポケの登場人物ってわけだ。
攻略対象ではなかったが、こうした絶妙な魅力がある。
「とら君、もうこの人とは関わっちゃダメ。瑠香先輩の件は終わったんだし、関わる必要は無いから」
俺の手を取り、束縛してくる可愛い妹。
けど、頷こうとしていた矢先、
「そうだ、正木君。週末、私とデートしないかい? ちょっと可愛い下着を買いに行きたくてね」
「行かせません! 下着なんて一人で買ってくればいいじゃないですか! とら君連れてく必要どこにもない!」
とまあ、こんな感じで俺をからかってくる九条部長。……と、反抗する陽花。
改めて思った。
俺も俺で、遊星に負けないくらいラブコメ主人公してるな、と。
「……しかし、これでひと段落だな」
言い合う二人を横に、俺は清々しい気持ちで暗くなった夜空を見上げる。
なんとなく、自分がこれからどうなるのか、先のことも気にはなった。
というのも、葵の発見と、遊星や瑠香たちの和解の手伝い。それらが一つのルートとのように思えて、今のこの状態は、いわゆるエンディングだと考えられるわけだ。
もちろん、俺は元いた世界から転生してきたわけだし、死んでるから、逆戻りっていうのもちょっと考えづらい。
ようやく見つけた葵との生活、つまるところ、陽花とも一緒にいたいし、心置きなくイチャつきたいから、このままのんびり生活したいけど、何か微妙に引っかかる。
俺は、この世界にい続けられるのだろうか。
嫌な不安が襲ってきていた。
星空はこんなに綺麗なのに、ここはゲームの中の世界なのだ。
「とら君、もう私と一緒に帰ろう? こんな人、ここに置いてていいから」
「いやはや、ひどいこと言うねぇ葵ちゃん。お姉さん、一人にされると寂しいなぁ」
「嘘ばっかり。全然そんなこと思ってないくせに」
「ふふふっ。バレた?」
クスクス笑う九条部長を前に、俺の手を引いて歩き出そうとする陽花。
俺も、彼女の先導を拒否することなくついて行き、九条部長の方へ軽く挨拶する。
「また学校で」と。
すると、彼女は控えめに手を振ってくれながら、
「早めに挨拶には来るんだよ」
「……? 挨拶?」
「いなくなってしまう前に、ね」
彼女の言葉は、まるで預言者のようだ。
俺は軽く冷や汗を浮かべ、しかし動揺したのを悟られないように苦笑するばかりだった。




