最終話 また一緒に。
もしも人生をやり直せるなら、と。
そう考えたことのある人は少なくないと思う。
それは、後悔を抱えていない人間などいないことの証明であり、人はどうしたって後悔をしてしまう、どうしようもない生き物だということにもつながる。
あの時ああしていればよかった。
この時はこうやって行動すべきだった。
そんな思いの連続だろう。その頻度こそ減らせはするが。
もちろん、俺にだってそういう後悔はある。
小学生の時、葵ともっと思い出を作っておけばよかった。
葵が転校した後も、手紙を書き続ければよかった。
会いに行けばよかった。
強く思い、行動すれば、どれも叶うようなことだ。
でも、当時の俺はそれをしなかった。
なあなあに生きて、葵以外にも大切な存在ができるだろう、と。
むしろ彼女に執着し過ぎるのも良くない、と。
どこか消極的になっていたのがいけなかった。
当時はそれが正解だと思っていたのに。
今は、その行動が不正解でしかないのだ。
「……っ!」
目を覚ませば、世界は朝だった。
俺の左側には眠っている陽花がいて、それはいつも通りの光景で。
どこか安堵していた。
昨日の夜。
遊星と瑠香の一件が解決した後、コンビニで九条部長に言われた言葉がずっと俺の胸に突き刺さっていたのだ。
『挨拶には早めに来るんだよ。いなくなってしまう前にね』
今さらだが、何も彼女は未来の出来事がわかる特別な存在ではない。
それは自分で言っていたことだ。
昨日のそのセリフも、お得意の茶かしみたいなものだろう。
「……はぁ……ったく」
仰向けになった状態でため息をつく。
わかっているのにも関わらず、彼女に翻弄されている。
その事実がどうにも受け入れられなかった。
苛立ちも多少募る。
つくづく小悪魔っぽいというか、嫌な部分を突いてくる人だ。
「……ん……とら……くん……」
寝起きから嫌なことばかり考えているが、それを振り払うかのように陽花が眠ったまま俺の腕を抱き締めてくる。
季節的にも朝は寒い。
部分的にめくれていた毛布を改めて陽花にちゃんと掛けてやり、俺はそのまま息を吐く。
視界に映る天井は、この世界にやって来た時と何ら変わらない。
それでも、状況は大きく変化した。
もはや、俺と陽花のイチャラブ生活を邪魔する者など存在しないのだ。
遊星も瑠香と恋人になったし、一から強固な関係を築いていくと誓っていた。
ようやく当初目標にしていた生活が送れる。
つまり、俺の異世界生活はこれからなのだ。
だから、こんな状態で現世還りなんて起こるはずがない。
……起こる……はずが。
「ん……むぅ……ぅ……おはよ……とら君……」
考え込んでいたところで、今度こそ起きた陽花に泥沼のような思考を途切れさせられる。
「おはよ。よく眠れたか?」
グルグルと良くないことばかり考えていたのを誤魔化すように、俺は切り替えて陽花に問いかける。
妹は目をこしこししながら、まだ眠そうに頷いた。
「とら君が横にいるしね……昔から傍にいてくれたら……よく眠れる……」
何というか、胸が救われた気分になった。
やっぱり俺、どこに行ってもいいけど、この子とはずっと一緒にいたい。
「……奇遇だな。俺も陽花が傍にいてくれたらよく眠れる」
ぐちゃぐちゃになっている陽花の前髪を整えてあげながら言うと、妹はへにゃりと笑って、
「相思相愛……だね」
「だな。俺、もうずっと陽花と一緒にいたい」
すごくいい。
こんな落ち着いた気持ちでできるイチャラブ、一体いつ以来だろう。
少なくとも、ここ最近は本当にできてなかった。
俺の求めていたものは、今ここにある。
「……ねえ、とら君?」
「どした?」
「とら君さ、私が葵さんだ、って言われた時、どう思った?」
すごく唐突な質問だった。
考え込むように、俺は「んー」と声を漏らす。
「簡単に言えば『嬉しい』だけど、果たして実妹とガチ恋できるのか、と。正直不安になった」
俺の冷静な発言に、陽花は毛布の中でクスクス笑う。
「でも本当だぞ? だって、俺は転生したわけだけど、体は陽花と血が繋がってるわけだ。恋愛なんて普通に禁忌でしかない」
「あー、じゃあ私にちゃんと葵さんとしての記憶があればよかったんだ。変に血縁関係とか意識しなかっただろうし」
簡単に言う陽花だけど、そういうことでもない気がする。
俺は微妙な思いを顔に出し、苦笑してみせた。
「……陽花、もしも……もしもの話だけどさ?」
「ん? なーに?」
俺の方に体を寄せ、顔を腕にくっ付けてくる陽花。
甘えるような仕草をしながら返事してくれた。
俺は続ける。
「ひょんなことから俺が元の世界に唐突に戻ったとして、今度はお前が俺のところに来てくれたりとか……できるかな?」
「ふふふっ。まあ、そんなことが起こるかどうかは別として、それはもちろん行かせていただきますよ? だって、もう離れないって言ったもん」
そのセリフ、そのシルエットが、一瞬昔の葵とリンクしたように思えた。
俺は呆気に取られて固まり、思わず小さく笑んでしまう。
やっぱり、陽花は葵だ。
葵で間違いない。
「……ありがとう。それ聞いて、俺元気出た」
言って、陽花のことを抱き締める。
陽花は「何それ」と少しだけ不服そうに応える。
「今まで元気無かったの? だったらそれ、早めに言って欲しかったよ?」
「ごめん。でも、もう元気出たから。陽花のおかげ」
抱き締める力を少しだけ強めると、彼女は観念したようにまた笑う。
これからも、俺たちの朝はこうありたい。
いや、朝だけじゃない。
朝も、昼も、夜も。
今度こそ、ずっと彼女の傍にいたい。
俺はこの世界に転生して、改めてそう思った。
●○●○●○●
結局、俺はその数日後、九条部長が言っていた通り、元の世界に戻った。
現実では時間の経過がそこまで無くて、けれど一週間ほど俺の意識は無かったらしい。
父さんと母さんも、涙ながらに俺の生還を喜んでいた。
こんなのでも、どうやら俺はちゃんと愛されていたようだ。
今度から、ちゃんと親孝行はしよう。
そう思って、数ヶ月に渡る治療とリハビリを終え、奇跡的に実生活へと戻ったわけだが。
心残りなのは、隣にいてくれたはずの女の子の不在。
あの日の朝、陽花にはちゃんと言っておいた。
『俺が元の世界に戻ったら、今度は陽花の方から会いに来てほしい』
それは、葵としてじゃなくてもいい。
別の名前、別の姿でいいから。
意識としての葵が根底にある、彼女の生まれ変わりのような存在として、また俺のところに戻って来てくれ。
そう願っていたのだが……。
「……現実はそう甘くないよな」
呟き、家の玄関扉を開けて外に出る。
外は、晴れ晴れとしていて、俺の顔を太陽が照らしつけた。
いつか会いたい。
ずっと待っているから。
そう心の中で呟き、一歩、二歩と前へ進む。
とにかく今は、頑張って日常を取り戻そう。
強く、そんなことを考えていた矢先のことだ。
「……とら君……じゃないんだよね? 今は」
背からした声に、俺は勢いよく振り返る。
そこには、同じくらいの背丈の見慣れた女の子がいるのだった。




