賢人は語り継がれ
庭師の爺さんが亡くなった。
80歳の大往生を遂げたその顔は、安らかで、実に満足げであった。
短い間ではあったが師と仰いだ爺さんの死に顔を見て、セルヴィは、自分が思っていたよりも遥かに強くかの頑固な職人を慕っていたのだと気付かされた。自然と涙があふれたのだ。三日三晩、仕事もせずに悲しみに暮れた。
そして4日目の日ノ出。朝露に濡れた王宮の庭が、かつての精彩を欠いていることに慄いた。目が覚めた。爺さんが半身のように大事にしてきた宝を、一時であれ自分はなおざりにしたのだ! こんなことでは、彼も天国で心安らかでいられないに違いない。自分こそ彼の全てを受け継いだ後継者なのだ。彼亡き今、この庭を輝かせられるのは自分しかいない。
セルヴィは取り憑かれたかのように仕事に没頭した。たった一人、広大すぎる庭を無我夢中で世話した。そしてふた月かけて、大庭園を順調なサイクルに乗せたのだった。
余裕が出てくると、爺さんのことを思い出すようになった。彼は植物を愛し、対話の出来る優秀な庭師だった。セルヴィもその心を受け継いだ。そんな自分に、もっと出来る事はないか? そう考えるようになった。
そして行き当たったのが、“ガーデンデザイナー”という道だった。
庭師と作庭家とは、区別される。前者は樹木の剪定や草花の維持管理を主な仕事とする、言わば職人である。一方で後者は、庭を“デザイン”する、芸術家とも言える存在。セルヴィは後者、作庭家――ガーデンデザイナーという可能性を、自身に見出したのだった。
きっかけは、実家の庭の一角を造り替えた事。実家――レイナ・ヴァスカ夫妻の暮らす古い屋敷は、遠い昔に森を切り開いたまま、ほぼ手つかずの自然に任せていた。かつてのセルヴィの小さな花壇や畑以外は、わざと残した森の木や野花など、自生するままに植物が育っていた。
しかし、ある日。半分外に張り出した、ガラス張りのサロンでくつろいでいる時、ふといじってみたくなったのだ……その庭を。自然なのも良いが、もっと、どんな角度からも美しくて、楽しめて、且つ実用的な庭を作れないものか、と。
それから王宮での仕事の合間に設計図を書き、樹や花を手配して植え、その小さな庭園は完成した。サロンから見るのはもちろん、ガラス扉を開け放って、外に出て楽しむこともできる。さらにカモミールやレモングラスなど、摘みたてを美味しく使えるハーブもたくさん植えた。レイナが大層喜んで、毎日サロンに行ってしまうとヴァスカがぼやくのを聞いた時は、なんだかくすぐったい感じがした。
王宮お抱えの庭師という前評判も手伝って、セルヴィの作庭家としての実力はすぐに広く知れ渡った。上流貴族の間で彼の庭が大流行した。しかし彼は平等で厳格な職人でもあったので、望まれれば貴族だけでなく民家の庭やちっぽけな公園のデザインも喜んで請け負った。
そうこうしているうちに弟子入り志願者がどんどん集まった。セルヴィとしては庭や植物の魅力を知って分かち合い、広めてゆくことを自身の使命と考えていたため、願っても無い申し出だった。セルヴィを中心としたその集まりは、やがて、作庭からその管理までを請け負う会社となり、後世まで末永く続く由緒正しい庭のプロフェッショナルとなった。
『……これこそ、僕の天命だったのかもしれない。僕の設計した庭を、僕が綺麗に整えて、そこで誰かが幸せになる。庭師として、また作庭家として、これ以上の喜びはないだろう』
これは、後に〈“庭園”の偉大なる創始者〉と語り継がれるようになった彼が残した、有名な言葉である。
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「おじいちゃん、このセルヴィって人が、おじいちゃんのおじさんだったの?」
一人の老紳士の周りに子どもたちが群がっている。彼らはみんな、物知りな老紳士の昔話が大好きだった。
老紳士は懐かしそうに目を細め、立派な白いひげを撫でた。
「ああ、その通りさ。そしてこのサロンの庭が、彼が初めに作った庭園なんだよ」
「うん、知ってる! それに、ここはむかし、吸血鬼が住んでたんだって! ママがいつも、ぼくを怖がらせようとするんだ」
一人のやんちゃな男の子が声を上げると、子どもたちはそっちの話に夢中になっていった。やがていつの間にか、かくれんぼやら鬼ごっこやらがはじまって、古い屋敷は子どもたちの明るい笑い声でいっぱいになった。
老紳士は摘みたてハーブのお茶を持ってきた妻の手を、そっと取った。妻は白っぽくなった赤毛を風に靡かせ、庭を走り回る子どもたちを幸せそうに眺めている。
(――父さん、母さん、おじさん。あなたたちの記憶は、今も、これからも、この国に残りそうです――――)
老紳士とその妻は、寄り添い手を取り合って、こぼれるような笑顔を咲かせた――。
これでひとまず、番外編も完結とします。(話が浮かんだらまた書くかもです^^)
まだ消化しきれてない部分や、あえて語らなかったところは、おいおい別連載で書けたらなあと思っています!
ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。
今後とも、どうぞ、よろしくお願いいたします。
―――2013.4.14 木乃梢