表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/49

エピローグ『ロストレンジ』-1

   エピローグ『ロストレンジ』


 光の中で、女は目を覚ました。


 招かれざる『来訪者』に襲い掛かった、そこまでの記憶はある。

 しかし銀髪の女には、突如現れた光の渦に巻き込まれ、その後自分がどうなったのかが全く思い出せなかった。もちろん、完全な記憶喪失に陥っているわけではない。女はあくまで『アンゴルモア』を名乗ったままの異形に違いなかった。


 ただし、布団に寝かされている、という異常事態ではあったが。


「……ど、どういうことだ? ここは一体……、痛ッ」


 体を起こそうとすると、全身にあり得ないほどの痛みが走った。


「がッ、怪我だと? 馬、鹿な……、私が?」


 不死身のはずの肉体は、みるからに傷だらけだった。

 傷の回復が異様に遅い……否、復元能力そのものが機能していない。不死の力が消えたとでもいうのだろうか、女はますます混乱した。

 

 満足に体が動かせないので、女は枕に預けたまま、周囲を観察することにした。

 はじめに分かったのは、ここが天井の隙間から晴天の破片が見えるほど、みすぼらしいあばら屋だという事だ。自作と思われる神棚は、左右のバランスを欠いて見事に傾いている。彼女がさらに首を回すと、ボロ雑巾同然の麻布で組まれた上着が一着だけ、天井の(はり)に干してあった。


 他に何かないか、女は再び首を回そうとして――、


「――、生き返っとるなー」

「きゃああああああッッッッ!?」


 (がら)にもない声を上げてしまった。


 女の目と鼻の先、額が擦り合うような位置に、山のような巨躯(きょく)があった。

 骨太の顔に似合わない小さな瞳を持ち、熊の毛皮を頭から被った狩人のような男である。上背が異様に大きい、完全に二メートル半は超えているだろう。本当に人間なのか怪しかった。


 熊よりも熊のような男は、顎髭をこすって困り顔になる。


「そうか、生き返ってしもうたかー。それじゃあ、喰えんわなぁー」


 物騒に過ぎる発言を残し、のそのそと戸口から表へ出て行った。


「……なんだアイツは?」


 精神的脅威が去ると、銀髪の女は少しだけ冷静さを取り戻す。

 そしてすぐに混乱した。


 人が、いた? 

 今の男。人間かどうかは怪しいところだったが、生物には違いあるまい。


「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()?」


 信じがたい思いに駆られ、とにかく女はすぐにでも外へ出てみたかった。

 

 緑はあるのか? 動物はいるのか? いやそれよりも、あの男以外に人間がいるのか?

 しかし、体はやはり動かない。綿の詰め具合をけちった掛け布団の重みでさえ、今の女には押し返す事ができなかった。女は自力での移動は無理だと悟り、諦めて天井にき直る。


 そこで、干されていた着物に、一匹の蝶が留まっているのが、見えてしまった。


「……………………あ」

「――、うおッ? 今度は泣いとる!?」


 表から戻ってきた山男が、女の顔を覗き込んでいた。


「な、泣くか馬鹿者ッッ! ……ちょっと待て。なんだ貴様、その髪の色は?」


 男は、先程まで頭に被っていた熊の毛皮を付けていない。

 代わりに今は、その下に隠れていた『赤髪』が晒されている。……見覚えのある、赤い髪だった。


 それを見ただけで、銀髪の女には全ての合点がいった。


「……小娘は『この未来』を、あの時点で読んでいたのか」


 女は自分が殺そうとした二人の少女を思い出す。そのうち、髪を(まと)めていた方の戦い方に、妙な郷愁(きょうしゅう)を感じた瞬間があった。

 つまり、あのカウンターは当然の帰結だったのだ。


「借りが、できてしまったな」


 自分の顔を覗きこもうとする男を、女はもう一度確認した。だが彼女にはどう頑張っても、あの美しい少女と目の前の山男に、『髪』以外の共通点を見い出す事はできなかった。


 それにこの男、よく見れば片腕である。とはいえ、残る一本に常人の三倍は太さがあるが。

 女の視線に気付き、男はない方の腕を隠すどころか、誇らしげに掲げてみせた。


「これが気になるか? これは生まれつきじゃぁ。髪の色も生まれつきじゃぁ。可笑(おか)しかろ? 可笑しかろうよ。儂も可笑しいわ、がっはっはっは!」


 それは一般的に、悲劇、と分類されるだろう。

 少なくとも女はそう思ったし、コイツは絶対阿呆だ、とも思った。


「しっかしまぁ、見つけた時はおっ()ぬもんだとばっかり思っとったが、なかなかどうして、お主頑丈よなぁ。髪も儂に負けず劣らず豪快な色じゃし、胸尻もでかいしの。ああ、アレか? お主、ひょっとして蛇穴山(さらぎさん)のヤマガミサマか? がっはっはっはっは!」


 遠慮の欠片もない男の笑い方が、女はひどく(かん)(さわ)って仕方がない。本人にその気はないのだろうが、どうにも無闇に馬鹿にされている気がするのである。言動に知性が感じられないのだ。


 大体、ヤマガミ云々と彼女の胸尻の大きさに、何の関係があるというのだろう。


「……、馬鹿笑いしおって、人間風情(ふぜい)が」

「がっはっはっはは……、あん? お主、もしかして怒ったか?」

(おご)るな人間。私、いや、我は――、〈白蛇〉。そう、我は『蛇穴(さらぎ)白蛇(しらへび)』よ。……決めたぞ。今日この日より、貴様のその性根、叩き直してくれる」

「や、ややややっぱり本物の神さんじゃったかあぁっぁぁああーッッ!?」


 男は神の口上を信じ切り、慌てて横柄な態度を一転させると、土下座を始めてしまう。小さく折りたたまれた巨躯が床に額を打ち付けるたびに、あばら屋全体が不安なほどの軋みをあげた。

 女は布団を被りながら、怒ったように男を(にら)んでいたが、


「…………くす」


 しかし、すぐに(こら)えきれなくなった。


「……な、なんじゃぁっ? 神さん、今度はどうなってしもうたんじゃぁ?」


 恐る恐る、布団を盗み見た男は……、その瞬間、息をするのを忘れてしまう。


 アンゴルモアが人生百回分の時間を費やしても、手に入れる事ができなかった可能性。その可能性が今、現実のものになっている。


 銀の前髪で隠すように、太陽の眼は弓なりになっていた。

 白磁(はくじ)の頬を(ゆる)ませて、桜色の唇は穏やかに広がっている。


 そして透き通るような声を上げながら、



 一万年前の娘は、一万年ぶりに笑っていた。



◆     ◆     ◆


ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。


感想・レビューなど頂ければ幸いです。

ブックマーク、高評価もぜひお願いいたします。


それでは、最後までお楽しみ下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ