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第5話『整合する事情たち』-8

「……そもそも、君達がセカンドスキルと呼んでいる『それ』は、元はただの『種』のような物だったのよ。『種』は人間の中で能力として『発芽』して、私と山崎が『収穫』するの。『農場』には蛇穴市全域を選択したわ。でも、なぜかうまく『発芽』したのはこのクラスの生徒だけ。適性があったのかしらね? ――、とにかくそういうワケよ。桃太郎さん」


 何も無い場所から、鬼の声だけが聞こえていた。


 視界はゼロ。あちこち消火器が排出した白煙に覆われ、不用意に動くこともできない。……とはいえ、異形剣士はすでに指一本と動かせはしなかったが。


「は……は。すげ。ま、まだ、し、死んで……ねぇ」


 自分の頑丈さに感心しながら、大輔は血反吐(ちへど)を吐いた。

 

 老朽化した消火器が起こす、暴発事故の例は多い。底の鉄板を締めているボルトが外れたり、何かの拍子に、密封されていた消火剤が一気に外界へ飛び出す事があるからだ。

 暴発した消火器は、それこそロケットのように飛ぶ。その様は、見た目こそペットボトル・ロケットのそれと代わり映えはしないが、信じがたい事にその衝撃は、一トンを超えるのだ。

 

 叶大輔の周囲には、実に十七本もの消火器が散乱していた。


「……が、ふ…ッ」


 鬼塚はわざと大輔を廊下に逃がす事で、逆に『直線に飛ぶ消火器』からの逃げ場を無くしたのである。まんまと女教師の策にかかった異形剣士は、知覚外の空間からいきなり現れた『空飛ぶ消化器』に、蜂の巣にされたのだ。


 即刻“剣弾”を造り出して応戦に出ようとした矢先、背後から現れた鬼塚が野球部の金属バットを振りかぶり、彼の後頭部めがけてフルスイングしたのである。

 すべてが終わるまで、わずか数秒の出来事だった。


「結局、今回も“転移”は生まれなかったのね。これも適性の問題かしら?」


 鬼塚は、すでに姿を異空間に潜り込ませる事をやめていた。大輔が瀕死状態の今、わざわざセカンドスキルを使うまでもないと判断したのだろう。

 

 B面世界最強のセカンドスキル“箱庭(パンドラ)”の前に、異形剣士はもはや戦闘不能の有様だ。しかし、叩き割られた頭部から大出血があるにもかかわらず、鬼塚奈津美の発した何気ない一言が、大輔に安易な気絶を許さない。


「てめえ……。今、『今回も』……って、言った、な? まさ……か、これまで、何度も……?」

「あら? 意外ね、叶君。赤の他人の事が気になるの? もっとクールな子だと思ってたんだけど。……そうね。答えはイエス。けど、君が気に病む事はないのよ? 今までの『栽培』で失敗したサンプルは、全部『別世界の苗』なんだから。アハハハハハ!!!!」


 この時、まさに鬼塚の哄笑(こうしょう)が、叶大輔の中にある、何かを切った。


 この女教師の中身は、ただの人形だ。人に似ているだけで、生物でもない。ゆえに殺す、という表現には語弊が生まれる。大輔はこのいけ好かない非常勤講師を、『停止』させることに決めた。


「はは……。停止、だぁ……?」


 手ぬるい、と、大輔は考えを改めた。

 もっとも適切な表現は? ――ぶっ壊す、だ。それがこの異形剣士に、もっとも相応しいやり方だった。

 

 体のあちこちに、打撲や骨折箇所がある。おまけに出血多量で意識も朦朧(もうろう)としていたが、気が付くと、大輔は廊下に残った壁に背中を預け、半身を起こしていた。

 

 ここまでする理由は、もう大輔にも分からなかった。ただ、ここで負けを認めてしまったら、彼は取り返しのつかない後悔を背負う羽目になる。それだけは、確かだった。


「ここまでやられて、まだ諦めないの? しつこいわね。まさかとは思うけど、人質の事を忘れたわけじゃないでしょうね? 叶君はとーっても大事なんでしょ? クラスメイトのお友達が」


 その台詞は、いつかくると思っていた。こちらを試すような問いかけをしながら、空の消化器をヒールで小突く鬼塚へ、大輔は覚悟をみせてやる。

 その、常軌を逸した覚悟を。


「死んだ」


 大輔のつぶやきを、鬼塚が聞き逃すはずがなかった。


「……今、なんて?」

「あいつらは死んだんだ」

「お馬鹿さん。二年一組の生徒も担任も、しっかり生きてるわよ。君が抵抗したら殺すけど」


 ここへきて、鬼塚は冷静になっていた。どうやらこの小僧、頭を打たれすぎて狂ったらしい。

 だが、当然といえば当然だった。衝撃力一トンを超える消化器の連射を浴び、足が止まったところを金属バットで滅多打ちにしてやったのだ。


 一旦半殺しにはしたものの、仲間の居場所を吐くまでは、鬼塚も大輔を生かしておくつもりだった。ただこれ以上軽口を続けるようなら、それも考え直さなくてはならない。非常勤講師はこの愚かな教え子の始末を、本気で視野に入れはじめる。


 残念ながら、叶大輔は自殺志願者だった。


「いいや、あいつらは死んだ。お前に皆殺しにされたんだ。……そうじゃねえと、仇がとれなくなる」

「何言ってるの、あなた?」

「……てめえをぶっ殺そうと思ったら、人質がいるなんて状況、しち面倒くせえだろ。日高は死んだ。他の奴らも死んだんだ。もういねぇ、ってよ。……そう、思う事にした」


 一切の迷いを断つ。それが異形剣士の覚悟の形だった。

 失う物は何もない。だから前に進める、相手を斬れる。複雑怪奇にみえる物事の本質は、いつだってシンプルなのだ。一直線に飛んでいく、彼の“剣弾”と同様に。


「失敗作が何を偉そうに……」


 鬼塚は怒りのあまり、視界が真っ赤に染まっていた。

 もはや異形剣士は四肢一つ満足に動かない、たとえ体調が万全でも勝機は望めまい。絶対窮地(きゅうち)に立たされた叶大輔の脳内を塗り潰すのは、まぎれもなく絶望のはずだった。


 消化剤の白煙は、(もや)の形を保ったまま、空中を漂っていた。

 度重なる大輔の挑発で、醜悪な形相に変貌した鬼塚は、そのままどこかへ消えてしまった。どうやら、とどめの一撃を“箱庭”で造り出した異空間から繰り出すつもりらしい。念の入った事だった。


 すでに失われつつある全身の感覚に、大輔は生と死の境を意識した。

 

 勝機はある。だがその勝機を掴むには、叶大輔は『あるもの』を差し出さなければならない。彼がもっとも大切にしている、命よりも尊い『あるもの』を。

 あえて葛藤は生まれなかった。目的の為に手段は選ばない、彼はその考えに従うだけだ。

 叶大輔は、まるでゴミクズでも捨てるように『それ』を差し出した。



「――、聞こえるか、町田? いるんだろ? ……()()()()()()()()()()



 中央階段の角に潜んでいた町田は、我が耳が狂ったものかと本気で疑った。


「う、嘘…だろ……?」


 あの叶大輔が、プライドを捨てて助けを求めた?

 だが、聞き間違いではない。天上天下唯我独尊、傍若無人の申し子が、その存在理由を確かに投げたのだ。鬼塚奈津実を破壊するという、たったそれだけの目的の為に。

 

 その場から一歩も動けないでいる異形剣士は、もう意地を張らなかった。 


「見ての通りだ……。やられたよ、ボロボロにな。“剣弾”は撃てて、あと一、二発が限界だ。……でも、それだけあれば十分だ、お前が、手伝ってくれんなら、な。……だから、頼む」


 鬼塚は、まだ姿を見せない。大輔にとどめを刺す『武器』を、彼女なりにこだわっているのかもしれなかった。人形には似合わないその無駄な行動が、大輔にとっては最後のチャンスだった。


「自慢、していいぞ、町田。……お前、俺に、ここまで言わせたんだからな。それだけで……、どんな記録や賞状よりも価値があるぞ。……それぐらい、解るだろうが? ええ?」


 言われるまでもなく、町田が誰よりもその言葉の意味を理解している。

 正攻法でこの男にこれだけの事を言わせようと思ったら、それはもう魂を飼い慣らすか、もしくはそれと同等の暴挙に出なければ不可能だろう。


「……昨日の夜、自分が言ったこと覚えてるか? ……お前、『ヒーロー』になりたいんだろ? なら……、狩られる側から、狩る側に回りゃ、いい。……安心し、ろ、絶対、うまくいく。たった一回、それも一瞬でいい。ほんの少しだけ、根性見せてくれたらよ――――、


―――――、俺がお前を、今日のMVPにしてやる」


 突然、爆音が二人の頭上から降り注いだ。

 

 なかなか戻ってこないので、てっきり学院中の消火器でもかき集めているのだろうかと思っていた大輔の予想は、見事に外れた。鬼塚奈津美は叶大輔を葬る為に、最後の大判振る舞いに出たのだ。


……爆音の正体は、『給水塔』だった。

 固定されているボルトを解いたのか、とにかく、鬼塚によって給水塔は校舎の頂点を離れ、四階の天井を障子紙のように突き破った。その際に巻き込んだ瓦礫と自重でもって、三階へ墜落し、大輔が倒れている二階の廊下まで一直線に降下してくる。

 大輔は舌打ちした。皮肉にも、彼自身がセカンドスキルで穴だらけにしてしまった校舎が、給水塔の重さに耐えられなくなっている。


「練習、してる暇は、なさそうだ……。覚悟はいいか? 町田?」

 

 チャンスは一度きり。

 狙うは“剣弾”と“追跡”の、セカンドスキル同期連携――。

 全神経を針のように集中させて、大輔は空気の膜で形成した“剣弾”を造り出す。


 自動追尾式(エア・ホーミング)真空剣弾(ソード・バレット)

 

 未曾有(みぞう)の破壊力と奇跡の必中性能を合わせ持ち、かつ目視不能という驚天動地の必殺技だ。“剣弾”は発射された。あとは町田が、“追跡”のセカンドスキルを発動するだけである。


 給水塔は、もう叶大輔の頭上数メートルのところまで迫っていた。超スローモーションに流れていくそのフィルムの動きを、町田慎平は異形剣士に取り付けた“追跡”のアンテナから感じ取る。

 

 その瞬間、町田の脳裏を本物の走馬灯が駆け抜けていた。

 すべてが始まったあの日。日高颯太は別世界の自分を殺し、この世界から逃亡した。逃亡を助けたのは町田の“追跡”だった。その見返りとして、彼は日高に身を守る術を教えられたのだ。

 それが、例の籠城作戦である。


 交わされた逃亡の密約は、けして互いを裏切らない事だった。それは、孤軍奮闘を余儀なくされた町田の中で、徐々に揺るがぬものになっていった。

 

 今この瞬間、叶大輔の『命』を、天秤に掛けられるそれまでは。


「僕は……、ぼ、僕は……」


 やっぱり無理なんだよ。


 それが、彼の心が出した結論だった。


◆     ◆     ◆


ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。


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ブックマーク、高評価もぜひお願いいたします。


それでは、この後もお楽しみ下さい。

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