第5話『整合する事情たち』-5
決戦の舞台に選ばれた屋上には、爆竹の破裂音にも似た、激しい嘶きが断続的に轟いていた。
A面世界では、今夜蛇穴市内で秋祭りが開催されており、地元有志による花火大会が催されているらしい。日高から話を聞いていた西井香織と鷹山岬は、これ幸いと大暴れを画策したが、それは彼女たちの敵である山崎哲夫も同じ事だった。
廊下で二人と鉢合わせた山崎は、いきなり襲い掛かるような真似はしなかった。しかし、かといって彼女達を見逃すつもりもないらしく、言葉巧みに二人を屋上まで誘い出していた。
正面きっての殴り合いでは無敵の自信を持っている岬は、この非常勤講師の罠にまんまとかかり――、彼の予想を上回る破天荒を披露した。
屋上に到着するなり、岬は引き千切った入口の鉄扉を山崎に投げつけていた。
虚を突かれた中年教師は、だが冷静に、飛来する鉄扉を蹴り返す。すると、山崎に跳ね返されたそれは、地面に落下することなく、空中で停止してしまった。
「と、止まってる……!? なにあれ?」
「答えてやる義理はない」
香織の疑問を一蹴した山崎は、彼女が呆気にとられているのを良い事に、空中で停止したままの鉄扉を踏み台にする。そして彼は猫科の猛獣のように、香織へ飛び掛かった。
ところが、この異常事態にまったく動じていない者がいた。
鷹山岬である。
岬はセカンドスキル“転換”の身体強化をフルパワーで発揮して、屋上のコンクリートタイルを次々と引っぺがし、フリスビーよろしく山崎に投擲する。中年教師はコンクリート片を顔面にめり込んませ、きりもみしながらフェンス際まで吹っ飛んだ。が、彼は倒れるどころか、着地と同時に走り出していた。もちろん、普通の人間なら間違いなく病院送りである。
「こっちの非常勤は、ずいぶんいい根性してるねえ!」
言いながら、岬は残りのタイルを山崎に投擲するが、二番煎じは通じなかった。A面の大輔が何度も部活中にやられたように、山崎は無駄な動きを極限まで削ぎ落した体捌きで、無数のタイルを翻弄する。
さらに、彼が指先で触れたすべてのタイルは、先ほどの鉄扉と同様に、空中で固定されてしまう。どうやらこれが、山崎のセカンドスキルなのだろう。
「停止か、固定、ってところかい。あんたのセカンドスキルは」
「心停止が嫌なら大人しく答えろ、鷹山。“転移”の能力者はどこにいる?」
「さぁね。反抗期なもんで」
岬はセカンドスキルの出力を全開にしたまま、山崎の元へ殺到する。当然、中年教師は聞き分けのない教え子を停止させるべく、彼女の拳を手で払いのけていた。
しかしどういうわけか、肝心の能力が発揮されない。
「な……に?」
山崎哲夫の手が触れた瞬間、岬は体を熱波で覆い、彼との接触を物理的に阻んでいた。山崎のセカンドスキルが触れたものを停止する、もしくは固定するという能力ならば、前提条件を成立させなければよい。岬は瞬時にそう判断し、勝負を決めにかかった。
しかし、山崎も負けてはいない。弾かれた手で拳を握り締め、なんとしてでも超人・鷹山岬に一撃を入れるべく、一気呵成に攻撃を開始する。
一発。たった一発でも掠れば、彼はこの少女の心臓を永遠に止めてやれるのだ。
苦し紛れとも取れる山崎の回し蹴りが、鷹山岬の鼻先を通過する……否、当たっていた。
「でも――、痛くないんだなぁ。これが」
そうなのだ。
確かに、山崎の繰り出す攻撃は全て岬に当たっている。だが当たるだけで、ダメージには繋がらない。それどころか、攻撃を加えた山崎の体の方が、岬を覆う熱波によって摩耗していく。
その様子を屋上の入り口で眺めていた西井香織は、戦いが始まる前に切り取っておいた岬の『髪の毛』を、ガスバーナーで炙っている最中だった。
これが、綾の考案した『彼女達』の作戦である。
岬の身体と、切り取った彼女の髪の毛を香織の“接続”で繋げ、バーナーで髪を炙る。同時に岬が“転換”を使い、得た熱を身体強化に回して、エネルギー常時供給型の戦闘スタイルを確立しているのだ。
セカンドスキルの同期連携――。その結果が、前述の光景を実現させていた。
なお、岬の身体強化は“接続”で繋がった自分の髪の毛にも適用されるので、バーナーで炙ろうが何をしようが、髪が燃えてしまう事はない。そして岬は熱が供給され続ける限り、この世の終わりまで戦い続ける超人となる。
決着の瞬間、山崎は『供給源』を絶つために、香織のいる方へ俊足を発揮した。
だが、魔人がそれに気付く方が僅かに早かった。彼女はのろのろとガスのノズルを開いて、バーナーの火力を『最大』にする。
――直後、爆発的な熱量を得た岬が、先に走り出した山崎を追い越して正面に回り込み、ショートフックで胸板をぶち破った。
途端に、山崎哲夫の肺腑から噴出した黒い霧のような物が、彼の身体ごと夜景に溶けていく。霧はまもなく出尽くして、残った彼の衣類がその場に崩れ落ちた。
一仕事を終えた岬は、こきこきと首を鳴らして、控えめな大きさの胸を張る。殺風景な屋上に彼女の勝利を称える拍手はなかったが、代わりに山崎が空中に停止させていた鉄扉やタイルが、思い出したように地面へ落下した。
「はっはっは。いやぁ、楽勝だったね」
「そうだねー。超楽勝だったねー」
ガスバーナーの火を切った香織は、異世界の街並を屋上から見下ろした。
花火大会は終わってしまったらしい。地獄坂を下った先、市街地に連なっていた祭りの提灯明かりが、ひとつ、またひとつと消えていく。香織にはその様が、山崎哲夫の最期とダブってみえた。
こうしてA面世界では、また明日から、当たり前の日常が続いていくのだろう。
超人と魔人は互いに笑顔を作り、しばらくして、同時に真顔になった。
「……『ハズレ』だったな」
「……『ハズレ』だったね」
予想以上の手応えのなさに、二人はそれ以上、言葉が出てこなかった。
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