表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/49

第5話『整合する事情たち』-4

 群青だった大空が、赤潮のような夕焼けに溶けていく。


『何もない世界』、と言ってしまえば、誤解が生まれるだろう。生きとし生けるものは、確かに姿を消している。しかし、そこかしこに乱立する建造物が、かつてこの世界に人の生活があった事を証明しているのも、また事実だった。


 人間は、一人では生きていけない。その原則に従うのなら、今この世界に存在する者はすなわち異邦人である。この場所とは一続きになっていない、別世界からの(おとな)い人に違いない。

 日高颯太の“転移”によって、朝霧綾が降り立ったのは、そんな異世界だった。


「……、ヘンな気分だね」


 一人が笑って言うと、


「――――、そうだね」


 と、もう一人も可笑(おか)しそうに頷いた。


 今、横っ(つら)を焼くような夕日を浴びて、二人の少女が対峙している。

 髪をアップに結んだ、ロングコートとデニムパンツ姿の『A面の綾』。

 やや長いミディアムヘアで、ブルゾンとショートパンツ姿の『B面のリョウ』。


 初対面で顔見知りという、この奇妙な友人との邂逅(かいこう)を、綾は自分でも驚くほどあっけなく受け入れていた。おそらく、目の前の彼女も同じ気持ちなのだろう。


 確認するまでもない。男子顔負けの長身に睫毛(まつげ)の長いつり目。そして何より『朝霧綾』が持つ個性的な赤髪が、向き合う二人の綾が共に“本物”だという事を告げている。

 

 コートを着た綾は、もう一人の自分に言った。


「初めまして、っていうのも変だよね。なんて呼べばいいんだろ? はは」

「『リョウ』でいいんじゃない? あたしもあんたをそう呼ぶからさ。どうせ『あたし達』しかいないんだから、片方が呼べば、それが相手の事だって分かるでしょ?」


 当たり前だが、自分とまったく同じ声が返ってきたことに、いまさら綾は感心する。その言葉遣いから仕草まで、彼女こそ、綾が手紙を読んで想像していた通りの『リョウ』だった。


「なんだか、ややこしいね」

「しょうがないよ。『あんた』は『あたし』だし、『あたし』も『あんた』なんだからさ」


 ブルゾンを着たリョウが笑うと、コート姿の綾もつられて笑ってしまった。

 この一週間、手紙でやりとりしていた相手が目の前にいる、それが不思議と心地良いのだ。住む世界は違っても本質は変わらない。もう一人の自分に同族嫌悪を感じなかった事が、綾は素直に嬉しかった。

 しかし、いい加減、綾は気を引き締めた。


「――、で? 『あたし達』の『敵』はどこ?」


 この世界には、今回の事件の真犯人がいる。B面の世界でセカンドスキルをばらまき、鬼塚に人間狩りを指示していた者。綾も、リョウも、それを止めるために、ここへきたのだ。

 

 リョウは黙って、遠く街並みを指差していた。


「律儀なもんだよ。『あいつ』、あんたが来るまでずっと待ってたんだ。先にここへ来てたあたしには、見向きもしなかったクセにね」

 

 リョウにはそれが気に入らないらしい。彼女は胸元で何度も拳と手の平を叩き合わせると、今までの鬱憤(うっぷん)を晴らすように、大声で『それ』を呼びつけた。


「いい加減にしてよ! こっちはさっさと終わらせて、家に帰りたいんだってば!」


 その叫びの先にいるのが、今回の事件の真犯人なのだ。

 綾が目を細めると、荒廃した都市の中心部に瓦礫(がれき)の山をみた。幾度(いくど)もの砂嵐によって擦り減った瓦礫の中に、ひっそりと飾り気のない玉座が鎮座している。

 おそらくは、日中もほとんど日陰になっていると思われるその場所に、『それ』は座っていた。


 夕日の逆光で、形も曖昧(あいまい)なその人影は、音もなく立ち上がる。

 

 次の瞬間、人影のいる地点で、水気を失った地面が砂糖菓子のように弾けるのを、二人の朝霧綾は見た。人影の足元が爆発したのだ。


 傍目(はため)には歩いているようにしか見えなかったが、人影は恐るべき速度で都市部を突っ切り、丘の上にいた二人へ急接近した。そうして、綾がその姿を確認できる距離まで近づくと、ようやく人影は停止する。

 砂まじりの乾いた風が、文字通り吹き(すさ)び、綾は思わず息を飲む。


……人影の正体は、女だった。


 八頭身。否、下手をすると九頭身以上のスタイルである。

 刺青(いれずみ)の入った手足が異常に長くみえるのだが、それでいて不快を感じないのは、女の顔の造形が完璧だからだ。三つ編みに結われた銀糸の髪は、百九十センチに届こうかという身長の、足元まで伸びている。


 着ている服にしても、時代やセンスがぐちゃぐちゃだった。穴だらけのチャイナドレスのような上着、下はカーゴパンツにブーツという組み合わせである。

 なにより、嫌でも目につくのが、相手を射殺すような赤い眼差しだった。



「……“完全失敗作”に“無能”だけか。“転移”はどうした? 小娘共」



 この世の(きら)めきを結集したような美貌(びぼう)から、心の底を削り取るような声がした。


「悪いけど、“転移”の能力者はここには来ないよ。あたし達は、アンタを止めに来ただけ」

「つうか、断ったら速攻で殺すからね? あんた、どう見てもまともな人間じゃなさそうだし」


『A』と『B』の順番で、朝霧綾が言った。しかし二人の忠告と警告は、長身銀髪の女には届かなかったらしい。

 彼女は無言で片腕を持ち上げると、そのまま地面に拳を突き落とした。

 

……地面が柔らかいわけでも、ましてセカンドスキルを使った様子もなかった。

 ただ、あり余る膂力(りょりょく)にものをいわせて大地を叩いた女の拳を中心に、半径五メートルに渡ってクレーターが出来上がる。衝撃で大地が悲鳴を上げていた。

 

 間髪入れずに振り抜かれた、女の回し蹴り。そこから発生した突風が、二人の朝霧綾をさらに数メートルも後ろへ吹き飛ばす。彼女達が立ち上がった時には、すでに女は遠く間合いを広げていた。

 あの奇妙な歩法のせいで、三人の距離感覚が徐々に狂っていく。もちろん銀髪の女は、単純な力でも化け物じみていた。


「ほ、本当に人間じゃ、ない……」


 白仙で受け身を取った綾をして、そう言わしめるだけの力が、その女にはあった。まるで虫と恐竜を比べるように、場違いな種族差を感じるほどの圧倒的実力差。間違いなくあの女は、綾がこれまで出会った敵の中でも、異次元の強さをもっている。


 しかし、動揺する綾とは裏腹に、リョウの方はそれほど(おく)した様子がない。彼女はブルゾンのポケットから取り出した革手袋を、悠々と利き手に()めている。


「上等」


 怪訝(けげん)に思った綾が言葉にするよりも早く、リョウは片手でそれを制していた。


「まぁ、見てなって」


 砂漠の中で三つ編みを左右に揺らし続ける(くだん)の女は、綾達から五十メートルほども離れた場所にいる。

 

 辺りには、荒野と廃墟が並ぶだけ。

 はたして、自信満々のリョウがどんな戦法を用いるのかと思えば、彼女はその場に両足を固定し、フルスイングの拳を繰り出さんと、上半身を(ひね)ったのみだった。


 前述の通り、目標は五十メートルも先にいるので、見当違いもいいところだ。今度はリョウのスイングよりも、綾が怒鳴るのが先だった。


「こんな距離から届くわけないでしょ! あんた、石でも投げるつもり!?」


 だがリョウのスイングは止まらない。


「――――、悪いね。『距離』も『時間』も関係ない」


 ただその拳が、ぼんやりと歪んで見えていた。


「え?」


 次の瞬間――、パムッ。という、間抜けな音がした。

 何が起こったのかはわからない。とにかく音が聞こえた瞬間、同時に五十メートル先で立ちつくしていた銀髪の女が、いきなり地面に倒れたのだった。


 振り抜いた拳を引き戻し、リョウは目を(すが)めた。


「終わったよ。脳味噌を撃ち抜いてやった」

「いや、あのさ……。言ってる意味、全然分かんない。ごめん」


 綾が混乱するのも無理はない。

 相手に触れてもいないのに、拳を振っただけでリョウはあの化け物を倒してしまったのだ。


「これがあたしのセカンドスキル、“無距離の決闘(ロストレンジ)”。相手の位置が分かった状態から拳を振っただけで、そこに打撃が届く。ただ、それだけの『力』だよ」


 そんな単純な能力で、リョウは女を仕留めたのだという。

 しかし、説明には続きがあった。


「だけど、もしちゃんと対象の位置が理解できてたら、たとえ地球の裏側にいても、あたしの拳はそいつに届く。逃げられないし、受けられない。問答無用で『的』になる」

「だから“無距離の決闘”? じゃあもしかして、あんたがB面の香織と岬から逃げてたのは……」

「うん。能力戦になると手加減ができないんだな、これが」


 無闇に“無距離の決闘”を使えば、間違ってあの二人を殺してしまう危険があったのだ。

 

 体表面の急所はおろか、体内にまで届くリョウのセカンドスキル。

 破壊力は極小だが、その効果は抜群である。撃ち殺された当の女は、自分が何をされたのか理解が及ぶ間もなく絶命したのだ。

 リョウの放った、神出鬼没(しんしゅつきぼつ)の魔拳によって。


「さぁて。じゃ、どうやってここから帰るか考えなきゃね」


 一仕事を終えてリョウは大きく伸びをする。ところが、彼女の隣にいた綾は、それを目撃してしまった。


「ねえ、リョウ……。『あれ』、何?」


 脳を破壊されたはずの銀髪の影が、砂漠の中で立ち上がっていた。


「……大体理解した。『拳』が存在する“確率”を撃ち抜くわけか。振り抜く瞬間、一時的に『拳』の存在確率を減少させて、対象物の近距離に出現させている――、と。この失敗作め」


 手品のタネを明かしているのは、まぎれもなく、死んだはずの銀髪女だった。


「生きて、る……? なんで?」


 喋りながら、ゆらゆらと、女はまたあの奇妙なステップを始めている。

 突風が砂塵を巻き上げた。もとより土と砂としかないこの世界では、これも貴重な現象の一つなのかもしれない。ならばあの女こそ、自然現象を司る『神』なのだ。


「どういう事? “無距離の決闘”はちゃんと当たったはずなのに……」


 あからさまに動揺するリョウの姿に、ステップを刻む女は上機嫌になった。


「自己紹介がまだだったな。お前達の世界観に合わせるなら私は……、そうだな、アンゴルモアでいい。分かり易いのが一番だ。ああ――、別に覚えなくても構わんぞ? 死体に記憶は必要ない」


 女のステップが加速を始めると、二人は背中を合わせ、死角を作らないよう神経を張り巡らせた。即興のコンビネーションだが、動きは機敏そのものである。


「はん。じゃあもう一発ぶち込んで、今度こそぶっ殺して終わりだね」


 殺伐としたリョウの言葉も、背後の綾には頼もしい。

 つまるところ、彼女のセカンドスキル“無距離の決闘(ロストレンジ)”は、一対一の戦いにおいて無敵も同然の能力なのだ。

 綾の白仙など、(かす)んでしまうほどに。


 だがそれも、アンゴルモアと名乗った赤眼の女が、絶望的な真実を告げるまでの事だった。



「実現可能ならそうして欲しいが――、()()()()()()()()()()()


 

◆     ◆     ◆



ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。


感想・レビューなど頂ければ幸いです。

よろしければブックマーク、高評価もお願いいたします。


ぜひ、最後までこの物語を見届けて下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ