第5話『整合する事情たち』-1
〈登場人物〉
朝霧綾……主人公。武術家系に生まれた、赤髪の女子高生。
朝霧綾(B)……もう一人の綾。何らかのセカンドスキルをもつ。
叶大輔(B)……綾の仲間。『剣弾』のセカンドスキルをもつ。
西井香織(B)……綾の仲間。『接続』のセカンドスキルをもつ。
鷹山岬(B)……綾の仲間。『転換』のセカンドスキルをもつ。
町田慎平(B)……綾の仲間。『追跡』のセカンドスキルをもつ。
山崎……敵。A面世界での二年一組臨時担任。
鬼塚……敵。B面世界での二年一組臨時担任。
第五話『整合する事情たち』
始まりの日曜日。
早朝に帰宅したA面の自宅で、綾は朝食を取り終えたところだった。
休日の食卓に並んでいたのは祖父好みの日本食で、白飯に豆腐汁、漬け物に納豆と生卵という定番メニューに、鯵の焼き物が付け合わされていた。綾は珍しく白飯をお代わりして、それらをぱくぱくと平らげてしまった。
食事の最中、何気なく交わした祖父との会話の中で、綾は白仙に関する話題に触れた。
幼い頃から何度となく聞かされてきた、白仙の発祥譚。
それは祖父自身も、白仙を習った綾の曾祖父から伝え聞いたものである。今は蔵の中で埃をかぶっているが、探せばきっと、戦前からの文献資料も出てくるはずだ。そんな話をした。
蛇穴の名を持つに土地にあって、蛇の技を使うという奇妙な一致に、綾とて思うところがなかったわけではない。
リアリストである祖父の考えでは、おそらく朝霧家に伝わるこの武術は、祖先が蛇穴の地に定住する際に改名した別流派だったのではないか、と言う。そのような呼称改変や事実の隠蔽、そして誤解は、歴史においてよくあることなのだそうだ。
だが、実際に白仙の技を使い、幾夜の戦いを制してきた綾には、技術の出自はどうでもいい事だった。能力者たちのセカンドスキルに生身で対抗する手段を、彼女は幼少の頃から叩き込まれていた。それだけの話である。
顔はもう洗い終わっているし、歯も磨き終わっていた。化粧をするほど色気づいてもいないので、綾がやる事といえば、髪を櫛で梳かす程度である。
大体、今日は他人に会うわけでもない。
だから綾は、服選びにも躊躇しなかった。ノーブランドのパンツにVネックのニットをチョイスして、今はベッドの上でごろりと寝転がっている。
しばらくすると、設定したインディーズバンドの着信音で携帯電話が騒ぎ出した。特に驚きもしなかったので、綾はあえて相手の名前も見ず、通話ボタンを押す。
『――、あー、綾? おはよー』
「おはよ香織。メールじゃないなんて珍しいね、急用?」
『急用っちゃ急用だねー。…あのね? 今から神崎先生のお見舞いに行かない? 私、岬と叶君も誘ったんだ。だから綾も一緒にどうかなーって』
神崎との繋がりを大切にしていた、香織らしい行動だった。
付き添いの岬はもちろん、おそらく大輔も嫌々見舞いに行くわけではないのだろう。神崎はダメな教師だが、それでも生徒から慕われている。そしてこの世界の彼女達は、本当に気のいい奴らなのだ。
この日常を取り戻したい、と、綾は心からそう思った。
「……ごめん香織。ちょっと先約があるんだ。だからお見舞いには行けない」
『あー、そうなんだ。……そっか。他に約束があるなら今日は行けないね。うん、わかった。じゃあ、私達が綾の分まで見舞ってきてあげるよー』
「ありがと。また今度、あたしもお見舞いに行くからさ」
『オーケーおーけー。こっちはまかせといてよ。じゃ、またねー』
淡泊に振る舞っていたが、香織の気分はきっちり沈んでしまっただろう。
しかし、たとえ相手が親友でも、今は雑念を取り入れるべきではない。気持ちを切り替えた綾はベッドから半身を起こし、あとは夕方まで本でも読んでいようと思った。
本棚に手を伸ばす直前、彼女は何気なく部屋の壁を見た。
そこには、なくなったブルゾンのかわりにロングコートが掛かっている。
なんの事はない。朝方『B面の世界』から戻ってくる際、彼女がコートを着込んだままベッドに入ったために、『A面の世界』に持ち込めただけだ。
パンツのポケットから紙切れを取り出した綾は、丸字で書かれた『彼女』の言葉を胸に刻む。
自分自身から送られた最後の手紙は、
――――、待ってるから。と、
信頼の一言で、締め括られていた。
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