第4話『Tの法則』-12
「……“転移”? んなモン探してどうするんだ?」
根っからの戦闘狂である大輔にしてみれば、そんな能力者に興味など沸くはずもない。その期待を裏切らず、彼は拍子抜けした様子で机に脚を投げ出している。
エアコンが効いてきたようで、深夜の教室はいくぶん温かくなっていた。しかし、替えの服がない岬は、相変わらず毛布で全身を覆ったままである。
彼女はむくれ顔のまま、首を振った。
「さぁね。鬼塚の考えてる事なんて、分かりゃしないよ。あんた達も知ってると思うけどさ、そもそもセカンドスキルは『二年一組の生徒のごく一部』でしか発現してない。セカンドスキルの正体が何なのか、どうしてそれを鬼塚が把握してたのかは知らないけどさ。とにかくその中に、『転移』の能力者がいないかどうかを、あたしと西井は調べてたんだ」
「そういうことー。『こっちのリョウ』がいれば、もっと色々分かるのにねー」
すっかり調子を取り戻したらしい香織は、A面の彼女と同じ顔で笑っている。
セカンドスキル『転移』。鬼塚はそれを使って、何をするつもりだったのか。そして、『B面の朝霧綾』が『敵』と判断した山崎との関係はなんだったのか。
綾は確認のために、それを言葉に出していた。
「B面の鬼塚は敵、そしてA面の山崎も、おそらくは何らかのセカンドスキルを持ってる」
「気をつけな、朝霧。あんたの世界にいる敵の事はよく知らないけど、少なくとも鬼塚はまともな人間じゃないよ。セカンドスキルと同じくらい、お脳の具合はぶっ飛んでるからね」
軽口を叩く岬の目は、しかしあくまで真剣だ。その正面では、しびれを切らした大輔が頭を掻きむしっている。
「一体誰なんだよ、その“転移”の能力者ってのは? それに、他にもわからねえ事がある。三週間前に、この世界で『A面の日高』を殺したのは、お前らじゃねえのか?」
香織と岬は揃って首を振った。
納得のいかない大輔が神経質なって机を蹴りはじめたので、彼の隣で縮こまっていた町田は、露骨に迷惑そうな顔をした。
町田のセカンドスキルである“追跡”によって、今夜は鬼塚が学校付近に近寄っていない事が分かっている。しかし、だからといって校内でこれ以上大騒ぎを続けていれば、余計な面倒が増えかねない。
西井香織と鷹山岬による今夜の戦闘を見越して、学校周辺の人払いを買って出た鬼塚が、様子見に九条学院へ戻ってこないともかぎらないからだ。その可能性が脳裏にちらつくたび、町田は一刻も早くこの場から脱出したくなるのだろう。
「な、なあ、もういいだろ? 僕は帰るよ。いても足手まといになるだけだしさ」
戦闘能力を持たない町田には、この状況に身を置いておくことが、リスクでしかないのだ。ただ、冷静に考えればそれを理解できるはずの大輔は、持ち前の短気のせいで、なかば反射的に激高してしまう。
「逃げんじゃねぇよ、町田! 元はといえば、てめぇが話をこじらせたんだ。いまさら中抜けしようたって、そうはいくかよ」
「言いがかりだ! そんな事言ったら、元々は西井と鷹山が悪いんじゃないか! こいつら犬みたいに鬼塚になびいて、人間狩りしてたんだぞ!」
「はん。他のクラスメイトを見捨てて、一人で高みの見物してたアンタが言うかい?」
「三人ともケンカしないで、先のことを考えようよー」
能力者たちの諍いを視界に収めながら、綾は静かに考え続けていた。
A面の日高颯太はB面で殺された。
その場にいたのはB面の朝霧綾だった。叶大輔はそれを目撃していた。二人の命を狙っていた岬と香織は、鬼塚の指示によって“転移”のセカンドスキルを持つ者を捜索していた。
裏で動いていたのは鬼塚と山崎、それら全ての動きを、町田は“追跡”で確認していたのだ。
ただし、町田の“追跡”にも穴はある。鬼塚のセカンドスキル、“箱庭”だ。
能力の詳細は不明だが、あの女教師はその力を使って、自分に都合の良い閉鎖空間を生み出しているらしい。初日に綾が大輔と戦った際、蛇穴市内に人がいなかったのも、おそらくはその為だろう。
……そういえば、もうずいぶんこの世界に慣れてしまった自分がいる。元々いたA面の世界に、綾自身、懐かしさを感じてしまうほどに。
「…………?」
その瞬間、朝霧綾は、言い知れぬ違和感を覚えていた。
なにか、今まで整理してきた情報が、あまりにも辻褄が合い過ぎているような、嘘臭さのようなものを感じ取ったのだ。その違和感は、綾の頭の中に一瞬で広がると、秒単位で更新されていく。
本当に、こんな都合よく、物事が噛み合うものなのだろうか、と。
A面とB面。二人の朝霧綾が、互いに並行世界を行き来するタイミングには、ある種のルールがある。
もしも、そう勘違いさせられていたのだと、したら?
「……あー。なんかもう、全部解かった気がする」
「あん?」
「なんだって?」
「どういう事?」
「それホント? 朝霧さん!」
注目を一途に集めた赤髪の少女は、だがどういうわけか、やりきれない様子で額に手を当てている。
教室は綺麗なものだった。
大輔が幾度となく“剣弾”で吹き飛ばした窓も壁も、鬼塚が造り出した“箱庭”による虚像に過ぎない。どれだけ大破壊が行われようとも、次の日には九条学院が元通りになるのには、そういうカラクリがあったのだ。
ゆえに、今夜の戦いで破壊したプールと家庭科室は、元に戻らない。しかしそれは同時に、今夜だけは鬼塚の監視の目を逃れている、という事でもある。生き残る術を考えるなら、今だ。
綾は話を始める前に、町田に二、三の質問をした。
「…………それ、本当? 嘘ついてない?」
「本当だよ。僕は三週間前の『あの日』から、データを集め始めたんだ。それで……」
能力者達は、綾がなぜ今そんな事を尋ねているのか、彼女の思考を計り兼ねていた。とはいえ、セカンドスキルを持たない朝霧綾が、今や彼らのまとめ役である。誰一人、この赤髪の少女の言動を疑いはしなかった。
そうして作戦会議は、教壇に立った綾の前置きから始まった。
「ええと、あのね? あたし……、たぶんこの事件、明日で全部片付けられると思うんだ。でも、それには『ここにいる全員』が手を組まないといけないから、ちゃんと手伝え絶対断るな」
異能者達は彼女の提案に文句を付けなかった。
それだけ、朝霧綾の『作戦』は、ごくシンプルなものだった。
第四話 終
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