第4話『Tの法則』-11
「――で? お前、何でリョウを攫ったんだ?」
保健室からくすねてきた絆創膏と包帯で、ミイラ化した大輔の言葉だった。
「知ってる事、全部吐きやがれ」
「ううっ。ぼ、暴力はやめろよ叶……」
胸倉を掴まれた町田は、二十センチ近い体格差に圧倒されて、顔を青くする。体育会系の大輔がインドア派の彼にすごんでいるのは、やはりイジメにしか見えないので、綾は仕方なく、彼らの間に割って入った。
「大輔、ストップ」
「ああ? 何言ってんだリョウ。俺もお前も、コイツのせいで死にかけたんだぞ?」
時間はすでに午前二時を回っているが、二年一組の教室には白仙使いと能力者達が集まっていた。
ずぶ濡れになった服から学校指定の体操ジャージに着替えた綾は、深夜の寒さに耐えかねてエアコンのスイッチをいれた。が、暖かくなるには、しばらく時間がかかるだろう。
気絶した香織と岬は、手足を縛って床に転がしてあった。しかし、二人がその気になれば、こんな拘束は何の意味もないだろう。だから大輔は、町田に詰め寄る間も気が気でなかった。
喉を押さえて咳き込む町田は、もとより戦意など持ち合わせていない。さっきから、彼は猛獣の檻に入れられたウサギのように、ひたすら怯えているだけだった。
「ぼ、僕の事を守らせるつもりだったんだ。君たち、すごく強いから……」
綾と大輔は、思わず顔を見合わせた。
「あ、あんたねぇ……。香織と岬から逃げる為だけに、あたしにスタンガン喰らわせたわけ?」
「バッカじゃねぇの? それくらい自分でなんとかすりゃいいだろうが。だいたいお前の“追跡”ってセカンドスキルを使えば、余裕で逃げ切れるだろ?」
二人が同時にそんな事を言うと、
「お、お前らに何がわかるんだよッッッ!」
町田はいきなり、目の前にあった机を蹴り飛ばしたのだった。倒れた机は派手な音を立てて、誰かが置いていった教科書やノートが、空しく床の上に散らばった。
「お前らには分からないだろ? 力のない奴ってのはな、いつも狩られる側にしか回れないんだ! 逃げるのがどれだけ怖いかも知らないで、えらそうな事言うなよ! 能力や環境に恵まれてない奴は、何をどう頑張ったって、『ヒーロー』にはなれないんだよッ!」
「……町、田君?」
「ひっっ!? に、西井!」
頭に血が昇っていた町田は、途端に恐怖の虜になった。唾を飛ばすほどの怒鳴り声が、床に転がされていた彼女の目覚ましにもなったようだ。
綾と大輔はすかさず身構えた。だが、意外にも香織には抵抗の意志がないようで、器用に上体を起こし、壁にもたれかかっただけだった。
「途中から話は聞こえてたよ。……リョウ。あなた、『この世界の朝霧綾』じゃないのね? 信じられないけど……ううん、これで納得がいった」
「香織……」
香織はいつもの間延びした話し方をしていない。それは綾の知る、A面の彼女と同じ、真面目な話をする時の西井香織そのものだった。
「あのね? 私、もう暴れる気はないから、この縄を解いてくれない? 信じてもらえないなら、このままでも仕方ないけど」
「当たり前だ。てめえ、なにいきなり改心したみたいに……おい、リョウ? 何してんだ?」
威嚇する大輔をよそに、綾は迷わず香織の拘束を解いていた。今の香織は、もう無闇に敵対行為をとることはないという確信が、彼女の中にはあったのだ。
自由になった手足を軽く揉んでから、香織はすまし顔で三人の間に割って入る。落ち着いて椅子に腰を下ろした彼女は、次に町田へ眼を向けた。
「町田君。君が“逃げてた”のは、私と岬だけじゃないでしょ?」
確信を突かれて、町田慎平は黙り込んだ。
“追跡”が使える町田が、体育倉庫に籠もってまで逃げ切りたかった人物。それは香織と岬に生徒の誘拐を指示していた、この事件の黒幕に他ならない。
「ねえ香織。あんた達は『誰』の為に、クラスのみんなを誘拐してたの?」
「――――、鬼塚だ。アタシ達は、あいつに脅されてたんだよ」
綾の質問に答えようとした香織を、遅れて意識を取り戻した岬が遮った。
「鬼塚!? あの女が仕組んでやがったのか! おい鷹山、もっと詳しく――」
激昂する大輔を、綾は片手を上げて制止した。彼女は何も言わず、目覚めた岬の拘束も解いてやり、五人が輪になるように移動する。
暗闇の中で、綾は生乾きの髪を掻き上げた。
「大輔、落ち着いて。ちゃんと話を整理していこうよ。ね?」
それぞれの意見をまとめると、こうだ。
「まず、やっぱり犯人は鬼塚だった。あいつが今回の失踪事件を仕組んだ人物。鬼塚に命令された香織と岬は、誘拐の実行犯。で、誘拐の目的は『能力者狩り』、B面の世界で特殊な能力を発現した人間を、何かの目的の為に集めてる。これは、町田の“追跡”で分かった事だよね?」
ここまでの説明に、異能者達は頷いた。
「でもここで、あたしには分からない事が三つあるんだ。一つは、“追跡”で他人の位置を把握できる町田が、どうして鬼塚からは逃げ切れないと思ったのか? もう一つは、なんであれだけ強いセカンドスキルが使えるのに、香織と岬は、鬼塚に従ってるのか」
疑問を挙げると、香織の隣で怯えていた町田が奇妙な事を言いだした。
「アイツは……、鬼塚は“追跡”を続けてると、たまに消えちゃうんだよ」
腕組みをして話を聞いていた大輔が、当然の疑問を口にする。
「意味が分かんねえ。『消える』つったって、お前の“追跡”の反応がなくなるって事か? そりゃ」
「違うよ叶君、反応は消えない。ただ、鬼塚が“移動”してると、ヘンな事が起きるんだ。“追跡”の反応で、アイツの立ち位置が“学校の階段を歩いてる”とするだろ? でも、“その階段に僕が行ってもアイツがいない”なんて事が、まれにあった」
町田は完全に相手の立ち位置を把握する、セカンドスキル“追跡”を持っている。にもかかわらず、彼は“移動している鬼塚の姿”を、現場で確認する事ができなかった、というのだ。
その理由は、岬が説明した。
「……鬼塚は“箱庭”のセカンドスキルを持ってるんだよ。例えば、私達のいるこの二年一組の教室。この空間の裏側に全く同じスペースを造って、そこを“移動”してる」
「だから、町田君の能力を使うと、実際には消えたように見えるんだ。鬼塚は町田君が階段に辿り着いた時、『裏の空間』の階段を昇ってたってことだよー」
毛布を首元まで被った岬は、綾を藪睨みしたまま、説明の後を継ぐ。
「当然、そんな場所に逃げ込まれたらこっちは手が出せないだろ? だからアイツには勝てないんだよ。何をやっても。おまけに“箱庭”がでっち上げた『裏の空間』には、アタシと西井が捕まえたクラスメイトが何人も監禁されてる。ま、体のいい人質ってわけさ」
隔離空間を創り出すセカンドスキル“箱庭”、それが鬼塚の能力。
能力の性質上、おそらく直接攻撃を旨とする町田以外の四人では、ダメージを与える事自体が困難な相手だろう。目標を物理的に認識できないというのは、大きなハンデだ。
四人の能力者が揃って鬼塚攻略に頭を悩ませる中、綾だけは、最後の疑問を口にしていた。
「三つめ、なんだけどさ。香織と岬は、どうしてあたしと大輔を殺そうとしたの?」
実はそこが、綾は一番おかしいと感じていたのだ。
『能力者狩り』をしているはずの岬と香織が、どうしてセカンドスキルの保持者である『B面の綾』と大輔だけは殺そうとするのか。岬と香織に指示を出していた鬼塚には、二人を『殺さなければならない理由』があったはずなのだ。
しかし、香織は椅子に座ったまま首を振った。
「詳しくは知らないよー。ただ叶君と『こっちのリョウ』は、セカンドスキルを持ってても、鬼塚にとって『必要のない人材』だったみたい」
「あぁ? 『必要のない人材』だぁ?」
「落ち着きな、叶。もともと『能力者狩り』は、無作為にセカンドスキルを持ってる人間を誘拐するのが目的じゃないんだ。本当に欲しかった『能力』は一つだけ」
保健室の毛布をもぞもぞと体に巻き直す岬にそう言われ、大輔も黙りこんだ。プラスチック製の机に尻を乗せていた綾は、ようやく乾き始めた前髪を指でいじりながら、何かを考えている。
停滞した場の空気を打ち破ったのは、香織の一言だった。
「鬼塚は私達に、“転移”のセカンドスキルを持つ人間を捜させてたんだよ」
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