第4話『Tの法則』-8
コート姿の相棒に背中を任せると、異形剣士は自分の敵を睨み上げた。
彼がいる中庭から三年棟の屋上までは、直線で五十メートルほど。“剣弾”を使えば飛べない距離ではないが、飛行中に撃ち落されてはかなわない。より確実に西井香織を追い詰めるため、大輔は三年棟の校舎際まで疾走を開始する。
しかし、件の魔人にはそれこそが狙いだった。
彼女は剣士を見下ろしつつ、あらかじめ屋上に持ち込んでいた学生鞄を掲げてみせる。
彼女の真下まで移動した大輔が、その中身を確認しようとした矢先、香織の持つ鞄から紅葉が一枚、はらりと落ちてきた。
「……落ち葉?」
たかが枯葉一枚で、何をしようというのか。
不可解な内容物に、大輔は警戒心を強めた。少なくとも、本人は警戒したつもりだった。
紅葉は、風に舞う間抜けな軌道を――、しかし描かない。
信じがたい事に、紅葉は空気抵抗を無視した速度と軌道で、地上へ一直線に降ってきたのだ。
直後。避け損なった異形剣士の頬を、前代未聞の凶器がばくり、と切り裂く。さらに紅葉はコンクリート敷きの地面に突き刺さると、そこから折れも曲がりもしなかった。
「な、なんだ? あいつ、一体『何』を『落ち葉』と“接続”しやがった?」
大輔は、鮮血の溢れ出る頬を歪ませた。この切れ味、殺傷力は本物である。
一方、彼の問いなど聞こえてもいないくせに、香織は律儀に返答していた。
『包丁だよー』
「な、に……?」
瞬時に理解が及んだのは、単なる大輔の直感だった。
鷹山岬とやりあった家庭科室に、充分な数の包丁があったではないか、と。
小細工を仕掛ける暇は、なかったはずである。あらかじめ“接続”は終わっていたのだ。となると、香織が綾に話した『町田とコイン』の“接続”は、ブラフだったのだろう。
大輔は“接続”が同時に二組以上の行使ができないと考えている。
いくら彼でも、これほどの能力をほいほいと使われては、勝ち目も何もあったものではないからだ。
家庭科室での争いで木刀を失っている異形剣士は、無手のまま身構えた。
『何をー、安心ー、してるのかなー?』
魔人はまだマイクを手離さず、校内放送を続けていた。異様に間延びしたその声に、大輔は再び闘争本能を刺激される。……が、次の瞬間、彼は本気で絶望した。
西井香織が、鞄の中に仕込んでいた、『大量の紅葉』を掲げてみせたのだ。
まさかあの袋の中身、『全部』が――?
「なぁ、リョウ。……逃げたくても逃げられねぇ時は、どうすりゃいい?」
異形剣士の予想通り、魔人は死の刃を夜空にぶちまけた。
◆ ◆ ◆
五度目の回し蹴りが、鷹山岬の顔面を叩き潰した。
衝撃で吹っ飛ぶ彼女の上へ馬乗りになると、赤髪の白仙使いは即座に両拳を叩き込む。
一瞬でも岬を気絶させる事ができれば、あるいはこのセカンドスキルは解除されるかもしれない。そんな綾の目論見は、しかし、猛攻をもろともせずに起き上がった超人によって、あっけなく阻まれた。
「ちぃーっとも効かないね。でも朝霧、あんたがこんなにやるとは思わなかった」
「そりゃどうも。……ところであんた、もしかして不死身?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。自分で考えな」
摂氏百度以上の熱エネルギーを、身体強化へ“転換”するセカンドスキル。
その言に間違いがないのなら、岬はガスコンロやライターなどの火器からも、エネルギーの転換が可能なはずである。
戦いのステージを陸上トラックに移した二人は、文字通り、殴り合いを繰り広げていた。
白仙の修行を経て、人外の戦闘力を発揮せしめる朝霧綾に対し、セカンドスキルを駆使する鷹山岬は、体内にストックした熱エネルギーを『身体強化』に転換して迎え撃つ。
新品同然のタータントラックは、九条学院が誇る設備の中でも、特に豊富な資金を費やして造られたものだった。だが今の岬に、そんな物への配慮などあるはずもない。コースを仕切る白線の塗料ごと、ゴム敷きの地面を蹴りや拳が次々にえぐり取っていく。
この光景、どう考えてもダメージを受けるのは、攻撃を繰り出した本人なのだが、強化の恩恵で岬はかすり傷一つ負ってはいなかった。
大気を揺るがすほどの空振りに合わせて、綾は超人の喉元へ手刀を一閃する。まともな人間ならば気道閉塞に陥る一撃だ。
しかし、これもノーダメージ。セカンドスキルを使う岬は、すでに常人ではないらしい。
“転換”による強化部位は、やはり全身に及んでいるのだ。気の遠くなるような馬鹿さ加減だが、攻めあぐねた綾が手を止めると、恐ろしいことに、岬はまだ息も切らしていなかった。
「昨日はトラックの爆発で、限界一杯までストックしたからね。丸一日殴り合っても、『熱』が無くなる事はないよ。諦めて死にな、朝霧」
香織が一年棟へ突っ込ませた昨夜のトラックは、岬へのカンフル剤だったのだ。
あれだけの炎なら、当たり前に摂氏百度を超えていただろう。綾は岬がどこかへ消えたと思っていたが、実はあの炎の中で、彼女はセカンドスキルを使い続けていたのだ。
じりじりと発散される熱気に押されて、綾は汗を拭う。
……そこで、妙案が浮上した。
「熱の『吸収』と『放出』か。……いいね、悪くないアイデアだ。試してみる価値はあるかな」
白仙使いは、拳を握り直した。
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