第4話『Tの法則』-6
「か、かかか叶君ッッ!? どどど、どうして?」
町田は驚きのあまり、失禁寸前になっていた。
パソコンを壊された事よりも、この場に叶大輔が現れたことのほうが、町田には衝撃なのだろう。彼がセカンドスキルを使ってまで、逐一行動を把握していたはずの大輔に、一体なぜこの場所が分かったのか、と。
「そりゃ、あんだけデカイ音立てりゃなぁ」
「くそ! やっぱり亀甲縛りにしとくんだった!」
「げっほ、けほっ。大輔、あんたねー。“剣弾”撃つならもうちょっと考えてやりなさいよ! ったく、危ないったら……」
足元で喚く声を聞き咎め、大輔はコンクリートの粉塵を大雑把に振り払う。
「助けてもらっといて、文句言ってんじゃねぇよ。だいたいこいつは、お前の不手際だろう……が…?」
途端に、大輔の歯切れが悪くなる。
まともに視界が確保できるようになった矢先、彼は使い古したマットの上で両手足を縛られた綾の姿を、ばっちり拝見してしまったのだ。……下着姿の、綾を、である。
大輔の中で、刻が止まった。
理解が及んでいなかったわけではない。大輔とて健康な男である。初めて綾に出会った当初から、彼女が並々ならぬスタイルの持ち主である事は知れていた。
しかし、彼の目の前にあるものは、それまで剣道一筋に打ち込んできた彼の青春を、根底から覆しかねないほどのインパクトを秘めていた。
綾の豊満な肢体を包むのは、今や心許ない二枚の布切れのみ。
これが多少色気づいたものであったならまだしも、彼女の『それ』はストライプをあしらっただけの、シンプルなものだった。それが逆に、大輔には生々しい存在感を与えてしまう。
たっぷり間を取ったあと、彼の喉から出た言葉は、こうだ。
「ふおッッ!? なんつーカッコして…ッ! ちょ、おま、なんで服着てねえんだっ!?」
「だーっ、うっさい! あたしだって脱ぎたくて脱いだんじゃないっての! そこの変態眼鏡に言え! っていうか、じろじろ見るな!!」
ゴムチューブで手足を縛られたまま、綾は柳眉を吊り上げる。
さっきまで話をしていた町田は、少なくとも見たかぎりでは平然としていたので、綾もそれほど意識しなかったが、大輔のようにあからさまな反応をされると、さすがの彼女も恥ずかしい。
「なッッ、何やってたんだお前らッ!? ……いや、まて、俺知ってるぞ。前に後輩がDVD持ってたんだ。ええと、そうだ、確かSMとかいうやつだ。そうなのか? そうなんだろッ!?」
大輔は混乱している。
「うっさいうっさい! こっち見んな! ヘンな想像すんな! いいから早くこれ解いてよ!」
綾は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして怒鳴り続けた。だというのに、大輔は危険極まりない綾から遠ざかって、そっぽを向いてしまう。
「ふ、フンッ! 人が心配して探し回ってたってのに、テメーは暗がりでお楽しみかよ?」
「あ、あんたねぇ……。こ、この状況のどこが楽しそうに見えるわけ? いっぺん死ねば?」
「んだとコラ! せっかく見つけた鷹山と西井を、ほったらかしてまで来てやったのによ!」
憮然とする大輔に、綾は毒気を抜かれたように目を丸くした。
「は? 今日も来てるの? あの二人。だったらなおさら早くこの手を――、って、おいこら! どさくさに紛れてなに逃げてんのよ町田ッ。まてーっ!!」
二人の言い合いを尻目に、町田がコソコソと壁の大穴から脱出していた。
「待ちやがれ変態野郎ッ!」
「だからこれ解いてから行ってよ! 大輔ッ! 大輔ってば!」
すぐさま後を追おうとする大輔に、綾はもはや半泣きで叫んだ。
屈辱だったが、見られてしまったものは仕方がない。しかし、まかり間違って朝まで放置された場合は、『事』である。考えたくはなかったが、学校関係者にこの姿のまま発見された日には、まず間違いなく、綾は不登校になるだろう。
だが、叶大輔は朝霧綾の叫びに一瞥もくれず、
「見失っちまうだろうが! それぐらい自分でなんとかしろ!」
無情にも行ってしまった。
「あんた何しにここへ来たのよ~ッッ」
下着姿のまま放置された綾は、泣きそうになるのを寸前で堪えた。もはや一刻の猶予もない。彼女は意を決し、ぎこちない動きで、床に落ちたパソコンの下まで這っていく。
掃除とは無縁らしい体育倉庫の床を進むたび、砂や埃が綾の柔肌に付くが、気にしても仕方がなかった。
「あいつら二人とも、ただじゃおかない……」
パソコンに突き刺さった大輔の“剣弾”は、すでに元の窓ガラスの破片に戻っている。綾は慎重に上半身を起こして後ろを向くと、背中側で手首を縛るゴムチューブをそこに押しつけた。
皮膚を切らないようにゆっくり動かすと、ほどなくして手応えは返ってきた。
鋭いガラス片で分断されたチューブは、パツン、というあっけない音をたてて綾を解放した。そして、自由になった両手を使って足の拘束を紐解き、彼女はようやくまともな動作を取り戻す。
何はともあれ、まずは服の捜索が先決だった。
嫁入り前の柔肌を、これ以上衆目に晒すわけにはいかない。そこら中に散らばる機材やボールを蹴散らして、綾はもちろん下着姿のまま、服を探し続けた。
とりあえず町田は殺そう。人殺しはいけない事だ。だから町田は人じゃない。
そんな風に、綾の思考回路はうまくできていた。
「さっむ……」
いい加減、冷えてきた肩をさすって周囲を調べていると、綾はついに、変形したロッカーからはみ出たコートの裾を発見する。壊れた扉を引っぺがすと、そこにはなぜか綺麗に折りたたまれた服一式と、しっかり磨かれた靴がセットで現れた。
「…………」
衣類には特に妙な細工はされていなかった。が、アイロンでも掛けられたのか、少し暖かい。
そして、服の奥に隠されていたデジカメを冷静に叩き潰すと、綾は神妙な面持ちで服を着た。
……本当に、何もされていないと信じたかった。
いまだかつてないほど気持ち悪かったが、感情を殺して服を着終えた綾は、町田の始末……もとい、捕獲に向かうことにする。
騒ぎのある方へ進んでいけば、いずれ大輔とも鉢合わせだろう。スクラップになったデジカメのレンズを見下ろして、彼女はさらに覇気を高めた。
ところが、いざ壁の大穴を抜けて月夜光に身を晒した綾の四方から、タイミングを計ったように『声』が降り掛かったのだった。
『――、こんばんは、リョウ。とりあえず“上”を見てよー』
わざわざ校内放送用のマイクを使っているあたり、その人物の自意識過剰が見て取れる。スピーカーから聞こえてくる声に惑わされないように、綾が周囲を見回すと――、いた。
視力二・五を数える白仙使いの双眸が、三年棟の屋上に、小柄な人影を捉えていた。その姿、見間違えるはずもない。
制服を着こなす深夜の襲撃者、西井香織がそこにいた。
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