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第4話『Tの法則』-3

 その日の放課後、綾と日高はまた、例のファミレスで落ち合っていた。


「き、今日は、大変、だったね……」

「……だったら少しは助けてよ」


 眉間に(しわ)を寄せながら、綾は薄いコーラを、ごくん、と飲み下す。

 

 香織の質問攻めは、ついに一日中終わらなかった。六限目の体育では、復活した岬も加わって、綾はあれこれと気まずい尋問を受けたものである。


 そんな彼女の気苦労を知ってか知らずか、日高はカルピスをストローでかき混ぜながら、呑気(のんき)に外の景色を眺めていた。聞こえていないフリでもしているつもりなのだろうか。


「で? 日高はB面のあたしに会ったわけ?」

「うん。向こうの朝霧さんも、事件の解決の為に動いてくれてるみたい。昨日はいくつか質問されて、僕らが知ってることを教えたんだ。僕も彼女が知ってることを教えてもらった」


 予想はしていたが、色気のない話である。とはいえ、香織の話の通り、学校を去った後も日高とB面の自分がイチャついていたとすれば、己の名誉を守るために、綾は二人に全力で説教していただろう。


 しかし、そんな内心は露ほども感じさせず、綾はグラスの中の氷をストローで(もてあそ)ぶ。


「じゃあ、聞いたんだね。山崎先生が『敵』だって事も」

「え? それは聞いてないよ? ずるいなぁ、朝霧さん。僕は知ってることちゃんと教えてたのに。そんな大事なこと隠してたなんて」

 

 裏切られた事をそれほど気にしていないのか、日高は悔しそうな素振りも見せずに笑う。

 


 それが何か、綾の中で引っかかった。



「……なんか、あんまり驚いてないね? 先生のこと」


 日高は綾の、少しだけ静かになった声のトーンに気づかない。それどころか、彼はつまらなさそうに、窓枠の隅に溜まった埃に視線を移していた。


「ある程度は予想してたよ。『向こうの朝霧さん』も言ってた。B面でセカンドスキルを得た奴が、A面にやってきて、僕や朝霧さんを別の並行世界に送り込んでるかもしれない、ってさ」

「セカンドスキルで、あたしや日高を世界移動させてる奴がいる……?」


 空恐ろしい話だが、そう考えると話の辻褄(つじつま)が合ってくる。

 自分が徳の高い人間だとは思わないが、特別誰かに恨みを買うような人生を送ってきたつもりもない綾は、この仮説を聞いて、途端に背筋が寒くなる。


「A面とB面、どちらかの世界に入り込んだ異邦人、それが山崎だったんだ。朝霧さんも昨日はB面の学院に行ってたんだろ? 教室にきたのは神崎先生だった? それとも山崎だった?」

「…………神崎先生の代わりに担任をしてたのは、鬼塚っていう女の先生だった」

「やっぱりね。ほら、犯人は山崎で決まりだ! これでやっと僕も、向こうの世界に帰れるよ」


 心底嬉しそうに、日高は空になったグラス手にして席を立った。

 

 客入りが激しいファミレスの中を、ウエイターがせわしなく行き来している。

 席から離れた位置にあるドリンクバーへ向かう日高をよそに、綾は掃除の行き届いていないテーブルのシミを、指で擦っていた。

 

 本当に日高の言う通りなのだろうか? 

 事件の犯人は山崎で、これで全てが解決するのだろうか?

 だとしたら何故、綾と大輔は何の理由もなく香織と岬に襲われたのだろう?


 問題は、まだ何も解決していない。

 少なくともB面の綾はそう思っているはずだ。

 携帯電話が鳴り出したので、綾は思考を切り上げた。軽快なリズムを奏でるそれを、スポーツバッグから取り出すと、なんとはなしに通話ボタンを押す。


「はい?」

『……よう』


 大輔だった。


「なんだか久しぶりだね。どうしたの大輔?」

『何言ってんだよ。昨日も学校で会ったろうが』

「ああ、そういえばそうだね。何言ってるんだろ、あたし……」


 思えば彼は昨日、B面の朝霧綾に会っていたのだ。綾とは感覚が違っていて当然である。

 彼女がそんな事を考えていると、大輔は突然真剣な声を出した。


『お前、やっぱり最近様子おかしいぞ? 何かあったのか?』

「別に。何もないよ。ってかさ、何かあったら、こんな風に余裕かまして喋ったりできないっしょ?」

『ねえだろ、余裕。なんつうかお前、気合いが足りてねえぞ』

「うるさい体育会系め」

『ああそうだ。俺は体育会系だよ。何があった?』


 あくまでも引き下がらない大輔に、綾はわずかに(いら)ついてしまう。

 今ばかりは、彼の勘の鋭さが(わずら)わしい。大輔は大輔なりに、ここ数日の朝霧綾の変化に気付いていたのだ。とはいえ、何も知らないA面の住人を、綾の抱える問題に巻き込むわけにはいかない。


 我ながら冷たい態度だとは思いつつ、綾は大輔を突き放した。


「ごめん、今友達といるから。またね」

『……なぁ』

「なによ?」


 綾は、もうこれ以上、何も詮索しないで欲しかった。

 自分の命が狙われている今の状況で、セカンドスキルを持たないA面の大輔を守り切る自信など、彼女にはない。事件に関する情報は絶対に漏らすまいと、綾は心に決めていた。


 しかし、大輔が口から出たのは、予想外の台詞だった。


『お前、やっぱり日高と――』

「――バカじゃないの? あんた」


 切った。

 

 携帯電話をバッグに放り込み、綾は熱くなる頭をばりばり掻きむしった。

 無駄話をして、時間を浪費するわけにはいかなかった。今は、それどころでは、ないのだ。

 だいたい、綾と日高がどういう仲になろうと、大輔には関係がない。


 綾はストローに口を付けながら、ドリンクバーの前で順番待ちをしている日高を見た。香織とそう変わらない小柄な体格の彼の前には、高校生らしき年齢の近いグループがいる。

 この街にいる以上、彼らも九条学院の生徒なのだろうが、綾には特に見覚えはなかった。


 異変が起こったのは、その時だった。

 

 日高の前にいた男の一人が、誤ってジュースを床に零してしまったのだ。それも、ちょうど日高の足元にかかる形で。


「あっちゃー」


 綾はジュースを零した男の方より、日高の鈍臭さに手で目を覆ってしまう。

 ところが、ジュースを零した当の男は、何故か日高に文句を付け出したのである。どうやら日高が彼を故意に押したのだと、勘違いしているようだった。


「いきなり何すんだよ。俺がお前に何かしたか? なぁ?」


 あきれた物言いだが、日高は言いわけをするでもなく、これに頭を下げた。


「あの、すみません……。その、悪気はなくて……」

「気ィつけろよなー。ったく……」


 一方的に文句を付けた男は、そのまま仲間の席へ戻って談笑を始めた。

 

 ウエイターがモップで床を拭きだしたのを見て、日高はジュースも入れずに席に戻ってくる。

 周囲でその(いさか)いを見ていた他の客は、明らかに非のない日高に同情の視線を送っていたものの、当然声など掛けなかった。残ったのは、白けたような空気だけ。

 

 空のコップをテーブルに置いて、日高は頭を掻いた。


「あ、あはは。ドジっちゃったよ」

「どこが? っていうかさ、自分が悪くないのに、謝るのはどうかと思うけど?」

「えっと、なんで朝霧さんが怒ってるのかな?」

「……それ、言わなきゃ分かんない?」


 道理に反した行動が嫌いな綾は、横目で彼を睨みつけた。


「なんだよ。朝霧さんには関係ないだろ? 絡まれたのは僕なんだしさ」

「はいはいそうですね。だからあたしは自分の意見を言っただけだよ」

「じゃあこの話はおしまいだね」

「だからそう言ってるでしょ?」


 最後は話も聞いていなかった綾である。

 それがまた、日高の気に障ったのか、彼も綾の方を見なくなる。


 窓の外では、溶けた夕日が山向こうへ沈んでいく最中だった。カラスかコウモリか、よく分からない残影が、やけに美しい茜空の中へ消えていく。その空も、すぐに暗んだ。


「……なんかさ、引っかかるんだよ」 


 夜に飲み込まれた夕焼けを、綾は眺め続けている。その横顔に、日高は思わず釘付けになった。夕暮れの残りに輝く彼女の赤髪は、見る者の心を握り潰すような破壊力がある。

 だから日高はいつかのように、そうした気持ちを自分の中から排除した。


「引っかかるって……。これ以上何を考えるのさ?」

「きっと、あたし達はどこかで“思い違い”をしてるんだと思う」

「思い違い、っていっても……」

「A面の日高を殺した犯人が山崎だったとしても、どうしてセカンドスキルがB面の二年一組に蔓延してるんだろう? それが分からないんじゃ、解決とはいえないでしょ?」


 綾はあえて口には出さなかったが、他にもまだ懸念材料はある。

 

 悩む彼女をよそにして、日高はすでに肩の荷がおりた様子だった。


◆     ◆     ◆


ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。


感想・レビューなど頂ければ幸いです。

ブックマーク、高評価もぜひお願いいたします。


それでは、この後もお楽しみ下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の謎が深まってきて、これからどうなるのか緊張しますね。 大輔と日高の三角関係?もどうなるのか、先が気になります!
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