第3話『ダブル・キャスト』-7
「――――お熱いねぇ、おふたりさん」
声の発生源は、遙か頭上だった。
間髪入れず、綾と大輔が見上げた屋上から、猛スピードで地上へ目掛けて飛び込む制服姿があった。
「は、はあッッ!?」
「な――ッッ?!」
身構えるまでが〇・二秒。
互いを突き飛ばす形で、綾と大輔がその場から離脱したのが、その〇・五秒後。
そして、その〇・一秒後に、二人が元いた場所へ制服姿が落下した。
人と地面が奏でる打撃音としては、規格外の音量だったろう。何かが破裂するような音の後、落下物の周囲二メートルを、めくれ上がったアスファルトの破片が花壇の一部を巻き込んで、奇妙なオブジェのように包み込む。
だが、制服の人影は何事もなかったかのように、ふらり、と、破壊の中心から立ち上がった。
「――もう、どうしようかと思ったよ。今日も見つからなかったら、丸一週間も成果なし、なんてマヌケぶりを発揮するところだったからね。あー、ホント良かった。邪魔者二人、セットで始末。片付けにカタつけて、仕舞いにしようじゃないか。ん?」
饒舌に言い放つ、痩身短髪の女子生徒。
その正体を、綾は闇の中で見てしまった。
「あんた、どう、して……?」
こともなげに屋上から飛び降りてみせた超人は、皮肉げに笑っている。
その正体は、綾と大輔のクラスメイト、鷹山岬に相違なかった。
「た、鷹山か?」
動揺しているのは大輔も同じだった。
二年一組の中で、真っ先に失踪者リスト入りを果たしたはずの岬が、今、こうして二人の前に立っている。それも『敵』として。
岬は二人の反応がお気に召したようで、口の端を引いていやらしく笑った。
「どうしたもこうしたも、あんたら邪魔なんだよ。大人しく身を引いてりゃよかったのにさ、余計な事に首突っ込むから、妙な目に遭ったり、殴られたり、くたばったりするんだよ」
長台詞が終わるや否や、岬は綾の間合いへ無造作に踏み込んだ。
しかし、綾は警戒していない。先ほどの落下で無事だったのが、岬のセカンドスキルによるものならば、彼女の攻撃自体は常人並のはず、と。
そんな思い込みをしたまま、まともに岬の拳を喰らった綾の体がノーモーションで浮き上がる。混乱する間もなく、赤髪の白仙使いはそのままゆうに五、六メートルは吹き飛ばされた。
「リョウ!」
「か――、はッ」
肺から空気が押し出され、綾の口元に嘔吐感となって突き抜けた。
とっさに受け身を取りきれず、ダメージを緩和できなかった綾の全身に震えがはしる。彼女が夜露に濡れた地面に膝を突くと、冷や汗は遅れてやってきた。
「ありゃ? アンタ、そんなに頑丈だったっけか?」
怪訝な顔で綾を見た岬は、殴った右手の感触を確かめている。内臓破裂を確信していた一発が、セカンドスキルを持たないただの人間に耐えられたのだ。不思議に思うのも当然である。
しかし、ある程度の手応え自体は感じたらしく、岬は蹲る綾のもとへ無防備に近づいていく。もちろん、とどめを刺すためだ。
「動くんじゃねぇッッッッ!」
その怒喝は、見事に岬の足を止めさせた。
「へぇ? 面白いセカンドスキルを持ってるじゃないか、叶」
コンクリートから生えかけた“剣弾”は、すでに鷹山岬に照準を合わせていた。校舎の壁に手を突く大輔は、いつでも“剣弾”を発射できる体勢だ。
だが、岬は挑発的な視線のまま、日焼けの跡が残る手首を裏返す。
「きなよ。お坊ちゃん」
「後悔すんなよッ!!」
校舎へ与えるダメージを考慮してか、大輔が放った“剣弾”は四本ほどだった。とはいえ、一発でももらえばノックアウトは確実である。彼と戦った綾は、その恐ろしさを身に染みて理解できていた。
一撃必殺の威力を秘めたまま、四発分の“剣弾”が一直線に岬を狙い打つ。
当然、回避するものかと思いきや、岬は微動だにせず、眠るように目蓋を閉じた。その間にも、射出された“剣弾”は、依然予定のコースを辿っていく。
そして、すべての“剣弾”が鷹山岬に命中した。
「――、う、ウソだろ? どうなってんだこりゃ?」
「……いやぁ。ウソでもなんでもないんだな、コレが」
岬は無事だった。
“剣弾”を避けるどころか、受け止める事さえしなかったというのに。
「う、受けきった!? 大輔のセカンドスキルを……?」
信じがたいことに、岬の『体』は、大輔の放ったコンクリートの剣を完全に弾き返していた。急所を狙って発射されたはずの“剣弾”は、着弾と同時に軌道を逸れ、彼女を中心に四方のアスファルトへ突き立っている。
「な、何なの? あの子の体……?」
間近で見ていた綾も、ただただ驚愕するしかない。
三者は岬を中心にしてL字型の立ち位置である。だが挟み撃ちにしようにも、岬のセカンドスキルに二対一のハンデはあってないようなものだった。
そもそも、一撃で綾を黙らせる攻撃力を持ちながら、大輔の“剣弾”を受けきるほどの防御力を兼ね備えている時点で、すでに岬は反則じみている。能力の応用範囲が広すぎるのだ。
「分かったろ? 勝てないんだって、アンタ達は」
勝利を確信したように頭を振った岬の顔が、その直後に凍り付いた。
「……じゃ、もう遠慮はいらねえな」
凍りつくような声色で最後通告した大輔が、校舎の壁に両手を付けている。
またしても、岬は“剣弾”をすべて弾き返そうかとも考えたのだろう。……が、彼女はすぐに、大輔がやろうとしている事の真意に思い至り、唖然となる。
ただ、それは味方である綾も同じだった。
叶大輔はフルパワーで“剣弾”を撃ち尽くし、校舎を崩壊させて岬ごと押し潰すつもりなのだ。
「うわバカ! やめ―――」
綾は咄嗟に叫びかけた。
このままでは大輔も、そばにいる自分も巻き添えを食ってしまう。
しかし新たな“剣弾”が発射される寸前、三人は校門の方角に鉄のひしゃげる音を聞いた。
頭に血が上った大輔は、肩眉を吊り上げる。
「チッ、今度はなんだ?」
次の瞬間、中庭にいた三人の視界に、不可解な代物が映った。
頑丈な正門をぶち破って校内を爆進する、影。
「なんか、でかくない……?」
腹を打たれた痛みも忘れて、綾は巨大な影を注視した。
――正体はトラック。派手な電飾や塗装の施された10tトラックだった。
噴水やベンチ類、その他校内の備品をことごとく蹴散らしながら、一直線に中庭へ暴走する大型車輌の威圧感。一目散にその場を離れた岬を捨て置き、大輔は進行するトラックの軌道上で立ちすくんでいた綾を抱きかかえる。岬にもらったダメージが深すぎて、彼女はまだ十分に動けないでいた。
だがそこで、大輔は更なる異常事態に気付いてしまう。
「ちょっと待て! 人が乗ってねえぞッッッ、このトラック!!」
「う、ウソでしょ? 何よそれ!?」
事故の原因は? と聞かれたら、
運転席にドライバーがいませんでした、と。
車輌の走行速度はさらに増していくが、あまりにも馬鹿げた展開についていけず、大輔の脚は地面に縫い付けられたように動かない。
「ちょ、ちょちょ、きてる! きてるってば! しっかりしてよ大輔!」
トラックとの距離は、ついに回避不能域に達する。ようやく我に返った大輔は、間一髪のタイミングで造り出した“剣弾”を片手で掴むと、もう片方の腕で綾を抱えたまま即射した。
残り、わずか一メートルで目標を失った大型車輌は、文字通り校舎へ“突貫”し、大袈裟な音を立てて炎上した。大穴が開いた一年棟の入り口は、すっかり風通しが良くなり、熱風を吹き出すヒーターと化す。トラックは間もなく爆発した。
剣弾の軌道計算まで頭が回っていなかった大輔は、回避先の壁に激突した衝撃で、軽い脳震盪に陥っていた。朦朧とする意識の中、彼は関節の外れかけた腕の中で咳き込む綾の、無事を見届ける。
あたりを包む黒煙の向こう、大型凶器の侵入口である校門には、小柄な人影が立っていた。
「なにそれー? 叶君と仲良くするなんて、リョウらしくないじゃん」
それは綾がもっとも聞き慣れた、しかし、この場にはもっともそぐわない人物の声だった。
「つまんないのー。でも、もう邪魔しないでね? 次は、殺すからー。ね?」
大輔に寄りかかる綾を一瞥し、西井香織は優雅に九条学院から退場していった。
校舎は依然、火災が続いている。トラックが突っ込んだあたりには用務員室があったはずなので、室内のガス管や石油ストーブに引火したのかもしれない。先ほどよりも、あきらかに火の勢いが激しくなっていた。
中庭の芝生の青臭さ、そして建材と樹木が焦げ付く異臭に晒されて、綾と大輔は地面へ崩れ落ちた。
命からがら、とは、まさにこの事である。
「……負けたね」
「……負けたな」
速度を落とす互いの鼓動を聞きながら、綾と大輔は敗北の苦みを噛み締めた。
第三話 終
ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。
第三話はここまでとなりますが、いかがでしたでしょうか?
感想・レビューなど頂ければ幸いです。
ブックマーク、高評価もぜひお願いいたします。
それでは、この後もお楽しみ下さい。




