第3話『ダブル・キャスト』-6
……刃物を持った学生がヤバい目つきで深夜徘徊しています助けておまわり。
そんな通報が入れば、すぐに“お縄”だろう。
だが、少なくとも叶大輔のいでたちは、そう判断されても仕方のない風体であり、本人もまたそれを承知でこのような非常識を通しているのだから、始末に負えない。
大通りに出た綾は、地獄坂の先にジャケットとジーンズ姿のクラスメイトを発見した。
遠目に見てもはっきりと分かる彼の長身痩躯は、綾のもといたA面の世界では、いつも女子生徒達の話題をさらっていた。この通り、黙ってさえいれば、叶大輔は並ぶ者を探すのが難しいほどの男ぶりなのである。
……ただ今は、その腰。彼のベルトに手挟まれている無骨な日本刀の存在が、爽やかなはずだった青年のイメージをぶち壊しにしていた。
しかも、こちらの大輔は常に好戦的な笑みを浮かべている。それは、見る者により狂気的な印象を与えることだろう。もちろん綾は、早くも頭痛がしていた。
「あ、ん、た、ねぇ……。もう少し常識を考えて行動したらどうなのよ?」
「あん? 考えてるだろうが」
律儀なことに、大輔は綾と別行動をとっている間も、夜は学院周辺の異常を調べる算段でいたようだ。ところが、情報収集に精を出すべきはずの大輔は、なぜか戦闘する気満々で武装しているのである。
怒るよりも呆れが先に立ってしまい、綾は思わずジト目になった。
「じゃあその刀は何よ? そんなもん持ってくるな」
「俺がほいほい“剣弾”を使って、街が穴だらけになってもいいなら、そうしてやるけどな」
「うっ……」
綾は継ぎ句に困った。
……この男、考えている。
大輔は大輔なりに、この街へ配慮をしているのだ。一昨日の夜、学院での破壊行為を反省して、セカンドスキルの使用は最小限に抑えるつもりらしい。好戦的な彼らしからぬ思いやりだ。
それ以上、大輔への苦情を諦めた綾は、自分よりもう少しだけ高い彼の背中にしぶしぶ顔でついていく。冷たい風が、一昨日大輔に切られた頬の傷に染みていた。
車を一台も見かけない大通りで、意味もなく点滅を繰り返す信号の光が、赤から青へ。
今夜も、街を出歩く者はない。
「誰もいないね」
考えてみれば、これもおかしな話である。
なぜB面の蛇穴市の夜からは、人が忽然と姿を消してしまうのか。そして、なぜ綾と大輔はその例外なのか。冷静になればなるほど、気味の悪い話だった。
「ここ二週間ばかし、ずっとこんな感じだ。気味悪くて仕方ねえ」
「へぇ。あんたもそんな風に思うんだ? やっぱり怖い?」
「うるせえ」
仏頂面のまま、いつの間にか肩を並べて歩く大輔が、綾は不思議と気になった。そういえば、こんな風に二人で歩いた事はなかったなと、彼女は一瞬状況を忘れてしまいそうになる。
わけもなく、綾は顔が熱くなった。
B面の叶大輔は、A面の彼とはかなり違う。
今もそっぽを向いたままではあるが、B面の大輔はそれでも歩幅を綾に合わせて歩いてくれている。綾は大輔を見つめる視線を前髪でごまかしながら、自分より背の高い彼との微妙な距離を保った。
「……なぁ」
しばらくして、突然大輔が口を利いた。
「どうして今日もまた、学校に行くんだよ?」
納得がいかない様子の大輔に、綾はなんだそんなことか、と嘆息した。
「……あんたがぶっ壊した校舎、全部直ってたでしょ?」
「ああ」
「『直した』ってことは、『壊れたまま』じゃ都合が悪いヤツがいるってこと」
「……どういう意味だ?」
察しの悪いクラスメイトは、ここでようやく綾の顔をまともに覗き込んだ。またしてもA面の彼とは違う真面目な表情に、調子を狂わされそうになりながら、彼女は軽く咳払いをして説明する。
もちろんその前に、彼から一歩、身を引いたあとで、だ。
「わざわざ校舎を直したってことはさ、直さなきゃならない理由があったって考えられない?」
「お前は誰かが、あの校舎を直したってのか? 何のために?」
「その『理由』が何であれ、『そいつ』はあたし達が戦ってたのを観てたはず。観てて、止めもしなかったのよ。捕まえて、たっぷり話を聞かせてもらわなきゃね」
「なるほどな」
当てずっぽうに蛇穴の街を探し回っても、勝ち目の薄い“かくれんぼ”である。
失踪しているのは九条学院の生徒だ。
破壊しても修復されていた校舎。
尻尾を掴ませない手際とは裏腹に、あまりにも分かりやすい犯人の立ち振る舞いが浮き上がる。
たとえこれが罠であろうが、二人に行動選択の余地はない。
それに大輔には話していないが、綾には並行世界を移動するために残された時間も、軽視できないのだ。あと何度、まともに二つの世界を行き来できるのか、今も彼女には見当がつかない。
油断すればすぐに沸きあがろうとする焦燥感を、綾は心でひねり潰した。
「早く、A面の日高を殺した奴を見つけないとね」
何気なくつぶやいたその一言が、隣を歩いていた大輔には感じるところがあったらしい。彼は、一瞬だけ表情を緩めると、感慨深そうに星空を仰ぎ見た。
「考えてみりゃ、変な話だよな。俺は、知りもしない奴の葬式に出て、泣いてたのか……」
「でも、日高颯太って人間が死んだ事には変わりないよ。人が一人死んだんだ。この世界でね」
大輔の泣き顔など想像もつかないまま、綾は複雑な表情で吐き捨てた。
「……そういや、『こっちの日高』は『お前の世界』で生きてるんだよな?」
「そうだよ。今もA面にいる。けど、それがどうかした?」
「いや、あいつがこの世界から消えちまう前に、町田とつるんでたのを思い出しただけだ」
意外すぎる人物の名前が出たことに、綾は目を丸くする。彼女の知るかぎり、A面の世界では日高はまだ、町田とまともに会話さえした事がないはずだ。
「町田君、日高と仲良かったんだ? そういえば、あの子も学校に来てなかったね」
「だいぶ前に失踪したよ。日高みたいに、別世界に飛ばされちまった可能性もあるけどな」
それはあまり考えたくない可能性だ、と綾は思った。
飛ばされたのは、日高だけだと信じたい。
会話がなくなると、途端に気まずくなって、綾はまた黙ってしまった。疑問が解決した大輔は、ジーンズのポケットに利き手を入れて、いつでも抜刀できるように体温を保っている。
こういうところは、A面の大輔と同じだった。
試合前は、集中力を高めるために座禅を組むのが、大輔のルールらしい。
以前、綾は興味本位でその様子を覗いてみた事があるが、周囲を一切気に掛けず、ただ純粋に己の闘志を研ぎ澄ます彼の姿には、怖れを通り越して尊敬の念さえ覚えたものだ。
そうこうしている間に、二人は地獄坂を抜け、九条学院へ到着した。
並び立つ校内灯の一本一本に虫が集っている。
学内は当然閑散としているものの、今日はどこか、一昨日とも雰囲気が違っていた。その違和感の正体に、綾はまだ気づけない。
ただ、正体不明の感覚が肌に刺激を与えている。
綾も大輔も、それにはすぐに気付いていた。
効率を考えれば、二手に分かれて校舎を調べていくのがベストだったが、犯人のセカンドスキルが分からない現状では危険である。
……もしかしたら、犯人はセカンドスキルを持たない素の人間なのかも知れないが、その可能性は低いと二人の勘が告げていた。
多少面倒だが、グラウンドを迂回し、一番近い校舎から侵入して虱潰しに不審人物を探していくのが得策だと思われた。もちろんこの時点で、綾も大輔も充分不審人物には違いなかったが。
「……あの、よ。昼間、言い忘れてた、んだけど、な」
歯切れ悪く大輔が切り出したのは、いざ校舎に忍び込もうと、綾が中庭に面した窓ガラスを割る段になった時だった。
「何よ? ガラスくらいあんたも割ってたでしょ。いまさら文句言うつもり?」
目尻の下にある頬の傷は、少しだけひりひりとしたが、綾は半眼になって大輔を非難する。
しかし大輔は、綾を押しのけて窓ガラスを叩き割ると、彼女の方は見ないでぼそり、と言った。
「そうじゃねえ。あ、の、……顔の傷、悪かったな。痕が残ったら……責任取るからよ」
彼がいきなり思い詰めたようにそう言ったので、これには綾の方が慌ててしまう。
「あ、えっと、いや、き、気にしないでよ。ね? ほら、あたしも納得してケンカしたわけだしさ。あはは、な、何? あんたそんな事気にしてたんだ?」
「……悪かったな」
「だ、大丈夫だって、こんなの痕なんか残んないよ。だからさ、そんな顔してないで――」
大げさに両手を振る綾の台詞は、そこで遮られた。
「――――お熱いねぇ、おふたりさん」
妙に、聞き覚えのある、声がしたのだ。
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