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第3話『ダブル・キャスト』-4

 B面の世界で浴びた初めての朝日は、眩しかった。

 

 自分のいた世界よりも若干冷たい風の行き交いに、綾は目を細める。季節は当然、A面と同じ秋なのだが、今日は冬の気配が強い気がした。

 

 九条学院へ続く地獄坂では、登校中の生徒達がのろのろと歩を進めている。しかし、日高の言っていた通り、綾と同じ学年の者が極端に少ない。


 失踪者が出ているのは、彼女の所属する二年一組だけらしいが、他のクラスの生徒達も気味悪がって、何人かは休みがちになっているようである。無理もない話だった。

 

 そしてどうやらこちらの世界でも、朝霧綾の髪の色は敬遠されているらしい。ちくちくと、刺さるような周囲の視線に孤独を感じつつ、彼女は地獄坂を登りながら思案に(ふけ)っていた。


 そこへ、


「――、()()()()()()()?」


 突然、真後ろから剣呑(けんのん)なプレッシャーが向けられた。


「……ああ。なんだ、大輔か」


 気抜けた顔で綾が振り向くと、バックを肩から提げた青年が仏頂面を作っていた。大輔もまた綾の物言いを聞くなり、やる気をなくしたように肩の力を抜く。


 ちなみ、にこれが綾が初めて見る敵意のない彼の顔だったりした。


「朝っぱらから脅かすなよ、リョウ。思わず斬っちまうとこだったじゃねえか」

「脅かしてるのはどっちよ。そんな事ばっか言ってると、しまいにはモテなくなって――」

「も、モテないのは関係ねえだろうがッ!?」

「あ、ゴメン……。モテないんだ? え、マジで?」


 せっかく警戒心を解く事ができたのに、さっそく大輔を不機嫌にさせてしまった。どうやらこちらの叶大輔は、A面の彼よりも女ウケが(かんば)しくないらしい。

 

 普段ではあり得ない事だが、そっぽを向いて先を行く大輔を綾が追いかけていく。


「そういえば、気になってたんだけどさ。……学校、大丈夫なの?」


 実は、今一番の心配事がそれだった。

 一昨日、綾は大輔との大喧嘩をやらかしたばかりである。


 大輔のセカンドスキルである“剣弾”は、とにかく環境を破壊する。

 綾との戦いで吹き飛んだ九条学院の校舎やグラウンド、設備の数々は記憶に新しい。あの様子では生徒や教師が校内へ入る事もままならないはずだった。“剣弾”を蹴り払った綾にも、責任はある。


「ああ、その事なら気にすんな。“戻ってる”から」

「戻ってる?」


 意味深な発言に綾は眉を顰めたが、大輔はそれ以上口を利かず、黙々と地獄坂を登っていく。

 やがて坂を昇りきった綾が見たものは、A面の世界と寸分違わぬ九条学院の姿だった。


……もちろん“剣弾”による破壊の跡がない、という意味である。


 おかしなことに、あの夜、確かに大輔の“剣弾”が打ち抜いたはずの給水塔も、穴だらけになったグラウンドも、全部が全部元通りになっていた。


「また謎が増えていく……。で、これどういうこと?」

「さぁな。考えるのはお前にまかせる」

「うわ、テキトーなヤツ。ちょっとは考えろっての」


 靴を履き替えてさっさと教室へ向かう大輔に、綾は口を(とが)らせた。

 

 校舎の中はいつもより活気がない。廊下を行く生徒達の顔に精気がないからだろう。だがそんな事すら些細な違和感だったのだと、その直後に彼女は知った。

 教室に入った綾は、我が目を疑う光景に声を失った。


「なに、これ……?」


 予鈴が鳴るまであと二分もないが、MAX四十人を収納するはずの教室には、着席している生徒の数は三分の一ほどしかなかった。


「……あんまり驚いてると、ヘンに思われるぞ」


 視線を外して言う大輔に、綾は無言で(うなづ)いた。

 どうやら席は彼の隣らしい。ろくに中身も入っていない鞄を下ろし、綾も椅子に座った。

 

 それにしても異様な有様である。


“歯抜け”や“間引き”どころの話ではない。

 二年一組の教室は、出席している生徒が『黒』なら、負け試合のオセロのような有様である。よくも学級閉鎖にならないものだった。


「ところで、学校にくる時から思ってたんだけど、あたしって『この世界の朝霧綾』と何か違うところがあるの? なんか、普段より周りの視線がイタかったんだけどさ」


 ボソボソと小声で尋ねると、大輔は腕を枕にして机に寝そべったまま、綾の髪を指差した。


「髪型だろ。朝霧の野郎はゴムで纏めてなかったからな。そのまんまにしてた」

「そういうコトは早く言えっての。あんたも狙われてるかもしれないんだよ?」

「そんときゃそん時、返り討ちだ。倍返しでな」

「あたしも、あんたくらい気楽になりたい……」


 呆れた綾が髪ゴムを外すと、待ちかねたように予鈴が鳴った。


 当然だが、教室にはA面の日高はいない。他に香織や岬の姿もなかった。

 大輔によると、欠席している二年一組の生徒達は大半が自宅に戻っていないのだという。

 

 彼らは自ら失踪したのか、それとも攫われたのか。もし後者ならばせめて一カ所に固まっていてほしいものだと綾は思った。最悪の場合、彼らは日高のように別の並行世界へ飛ばされてしまった可能性もある。そうなるともう手の打ちようがない。

 

 予鈴が鳴って一分ほどは、綾もいなくなったクラスメイト達の事を考えていた。しかし、この数日で聞き慣れた足音が廊下から近づいてくると、一時問題を保留した。


「……こっちの山崎先生は、けっこう時間にルーズなんだね」


 大輔にしてもそうだが、A面とB面の世界で存在するキャラクターは同じはずなのに、性格や能力に奇妙なズレがある。

 定時に教室へ来ない山崎の行動も、そんなズレの一部なのだろうと綾は思った。


 ところが、教室のドアがスライドした瞬間、彼女は今日一番の衝撃を受けた。



「――ごめんなさいね。ちょっと職員会議が長引いちゃって。おはようみんな」



 そんな事を言って、見覚えのない『女』が二年一組へ入ってきたのだ。


「うそ……。山崎じゃ、ない…?」


 教卓の前に立ってクラス名簿を開く女は、A面世界の非常勤講師である山崎哲夫とは似ても似つかぬ人物だった。

 胸元の大きく開いた白のスーツを大胆に着こなす、三十前後の女である。岬ほど、とまではいかないが、髪はショートに切り揃え、切れ長の双眸が敏腕キャリアウーマンを思わせた。


「あら? 朝霧さんじゃない。久しぶりね」


 教壇に立った女教師の眼は、黒一色の教室に赤髪の異分子を捉えていた。

 黒瞳の視線が合うと、プラスチック製の机に伏せっていた綾は、この女教師に引け目を感じた。女の視線には山崎のそれとはまた違う、何か意味を込められたものがあったからだ。


「……ども」

「何の連絡もなしに二週間も休んでおいて、言う事がそれだけ? まぁいいけれど。中間テストで泣きを見ないように、あとで誰かに二週間分の授業内容を聞いておきなさい」

「はぁ。……すいませんでした」


 心ここにあらずの体で、綾は口を動かすだけだ。

 女教師はそれ以上言及せず、淡々と名簿を読み上げていく。綾はまた顔を机に伏せがちにしたまま、出席確認をだるそうにしている大輔を小声で呼んだ。


「……ねぇ。()()()()()?」

「あん? 誰って、()()()()()()()()()()()()()非常勤の鬼塚だろうが。何言ってんだ?」


 またも、A面世界とは違う事実を大輔は打ち明けた。

『あちら』で“事故に遭った”神崎は、『こちら』では“失踪した”事になっているらしい。


「あの先生の名前って、本当に鬼塚? 山崎じゃなくて?」

「誰だ山崎って? あぁ、めんどくせえからその説明は後でな」

「あんた、昼間は本っ当にやる気ないのね……」


 寝息を立て始める大輔を放置して、綾はとりあえず状況を整理する事にした。


 山崎と鬼塚、A面とB面で起こりえるはずのないキャラクターの相違が、問題解決のキーであると綾は直感していた。そして神崎の身に起こった事故と失踪の違い。


 並行世界であるはずのA面とB面の世界には、明らかに何者かの手によるズレが生じている。


 存在するはずのないイレギュラーキャラクターが、並行世界の同調を阻んでいる。

 それが山崎なのか、鬼塚なのか、それともやはりB面の自分の仕業なのかは分からなかった。


 少なくともこれから先は、これらの問題をどう解決していくかで勝負が決まるだろう。

 

 むしろ綾が気がかりだったのは、自分に残された『時間』の方だった。


◆     ◆     ◆


ここまで読んで下さった読者様、ありがとうございました。


感想・レビューなど頂ければ幸いです。


この後も、お楽しみ下さい。

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